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最終章 ”ヒーロー”
第38話
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「ふいー……疲れた」
まゆりが疲労困憊といった様子でソファーに座り込むと、「本当にね」と、奏音も力なく笑った。
「ちょっと暗いね。電気つける?」
「カーテン開ければいいでしょ」
「そうだね」
何の実験をするかバレないように締め切っていたカーテンを開くと、太陽の燦々とした光が降り注いだ。
その光を浴びながら奏音は、ひっきりなしにとはあの瞬間のことだろうな、と感じながら午前中を振り返る。
他の出し物をしていた教室に行っていないからどれくらいの盛況ぶりだったかはわからないが、去年を基準に考えるのなら、午前中の来客はかなり多かった。
物珍しさはもちろん、ちょっと寄って、ちょっと体験して別のところに行けるというキャッチ―さも受けた要因の一つだろう。
掲示物の大まかな方向性を示したのはまゆり。
取捨選択をしたのは陽太。
飾りつけは自分。
三人の集大成が大成功しつつあることに満足感を得ながら、奏音は「それじゃ……ヨウくんには悪いけど」と言いながらまゆりの隣に座り、袋を机の上に置いた。
帰りがけに出店をやっていた料理部によって買った焼きそばとたこ焼き、そしてフランクフルト。
普段なら炭水化物や脂質が多くて敬遠する組み合わせだが、今日はしょうがないよねと勢いで購入してしまったお昼たちだ。
「おー、結構買ってるね」
「ふふっ……匂いに負けちゃった」と舌を出し、奏音は焼きそばのプラスチックの箱を開いた。
一気に、ソースの香りが部屋中に広がる。
その匂いにやられてしまったら、もう我慢なんてできない。
いただきます、と言い切るころにはもう箸が動き始めていた。
「おいしー!」
「ホントに……アタシじゃ作れないわ、これ」
確かに、とても素人にはできないおいしさだ。
見てくれも完璧。これを出されて〝不味い〟なんて意見はまず出てこないだろう。
――これ、ヨウくん喜びそうだな……。
「本当にね。尊敬しちゃう。こんなおいしいの作れたらなぁ」
「作れたら、アイツにあげるの?」
「ち、違う! いや、違わないけど……」考えていたことを言い当てられた奏音は顔のほてりを感じながら「あ、そう言えば、まゆりの友達の……高牧さんとか、お昼の時に部室に来るって言ってたけど、来るのかな?」と強引に話を逸らした。
「あー、そういやそうだった」といいながらまゆりは一度その箸を止めてスマホを弄る。
「あ、〝ちょっと遅くなるけど行く〟だって」
「高牧さんたちが手伝ってくれて助かったよね……特にボンボンとか作ってもらったの、助かったなぁ」
みんなの助けで、今がある。
そのことをしみじみと感じながら、奏音はこれからのことを考えていた。
もし空想研究会が存続できれば、陽太と同じ時間をより長く過ごせる。
そのことだけでもかなり嬉しい。
突然の引っ越しという急激な変化によって、その当たり前が無くなってしまうということがあるということを知っているからこそ、そのありがたみが良くわかる。
けれど、本当にそんな〝側にいるだけ〟というだけの関係でよいのだろうか。
同じ部活でも、ずっと仲良く遊ぶ関係でいられる関係なんて、ほんの一握りだ。
現に中学時代に同じ部活だった友人たちとは、すっかり連絡を取らないようになってしまっている。
陽太とも、そんな関係に……疎遠になってしまう――そんな未来を想像すると、出来立てほやほやで一番おいしい状態なはずのたこ焼きでさえも、無味無臭になってしまうほど心が空っぽになる。
あの、いつかで会った時に恥ずかしくない自分でいようとする努力が、今後の人生でずっと続くなんて、考えたくもない。
そんな無味無臭な未来を振り払うようにフランクフルトに口をつけた。
今度はずっと隣にいるという意識の下で頬張る。
すると、先ほどまでの無味無臭が嘘のように、炭火と塩、コショウ、そして肉の旨みが口全体に広がっていった。
――やっぱり、そうだよね。
その旨みを感じながら、奏音はこの文化祭で空想研究会を存続できたら、この思いを伝えることを決心した。
その瞬間。
部室の、扉が開かれた。
「あっ、ヨウ――」
そこまで言いかけて、奏音は体が硬直してしまう。
奏音の視線の先にいたのは、上下を黒のレインコートに身を包んでいる人間だ。
顔もすっぽりとフードを被っておりしっかりとは見えず、正体はわからない。
ただ、夏真っ盛りなこの八月末に、雨も降っていないのにもかかわらずレインコートを身に付けているのは明らかに異常だということだけは見て取れた。
「……誰?」
まゆりの低い声の問いに、その人物が応えることはなく。
声を上げることすらできない。
そこにあるのは、ただただ恐怖だった。
「……静かにしろ」
そのレインコートの人物が、静謐を破る。
低く、重い声は、男のそれだった。
そんな男は言葉と共に、懐から包丁を取り出し「声を出したら、安全は保障できない」と続けた。
フードの隙間から見えた口元が、どこか笑っているような気がした。
まゆりが疲労困憊といった様子でソファーに座り込むと、「本当にね」と、奏音も力なく笑った。
「ちょっと暗いね。電気つける?」
「カーテン開ければいいでしょ」
「そうだね」
何の実験をするかバレないように締め切っていたカーテンを開くと、太陽の燦々とした光が降り注いだ。
その光を浴びながら奏音は、ひっきりなしにとはあの瞬間のことだろうな、と感じながら午前中を振り返る。
他の出し物をしていた教室に行っていないからどれくらいの盛況ぶりだったかはわからないが、去年を基準に考えるのなら、午前中の来客はかなり多かった。
物珍しさはもちろん、ちょっと寄って、ちょっと体験して別のところに行けるというキャッチ―さも受けた要因の一つだろう。
掲示物の大まかな方向性を示したのはまゆり。
取捨選択をしたのは陽太。
飾りつけは自分。
三人の集大成が大成功しつつあることに満足感を得ながら、奏音は「それじゃ……ヨウくんには悪いけど」と言いながらまゆりの隣に座り、袋を机の上に置いた。
帰りがけに出店をやっていた料理部によって買った焼きそばとたこ焼き、そしてフランクフルト。
普段なら炭水化物や脂質が多くて敬遠する組み合わせだが、今日はしょうがないよねと勢いで購入してしまったお昼たちだ。
「おー、結構買ってるね」
「ふふっ……匂いに負けちゃった」と舌を出し、奏音は焼きそばのプラスチックの箱を開いた。
一気に、ソースの香りが部屋中に広がる。
その匂いにやられてしまったら、もう我慢なんてできない。
いただきます、と言い切るころにはもう箸が動き始めていた。
「おいしー!」
「ホントに……アタシじゃ作れないわ、これ」
確かに、とても素人にはできないおいしさだ。
見てくれも完璧。これを出されて〝不味い〟なんて意見はまず出てこないだろう。
――これ、ヨウくん喜びそうだな……。
「本当にね。尊敬しちゃう。こんなおいしいの作れたらなぁ」
「作れたら、アイツにあげるの?」
「ち、違う! いや、違わないけど……」考えていたことを言い当てられた奏音は顔のほてりを感じながら「あ、そう言えば、まゆりの友達の……高牧さんとか、お昼の時に部室に来るって言ってたけど、来るのかな?」と強引に話を逸らした。
「あー、そういやそうだった」といいながらまゆりは一度その箸を止めてスマホを弄る。
「あ、〝ちょっと遅くなるけど行く〟だって」
「高牧さんたちが手伝ってくれて助かったよね……特にボンボンとか作ってもらったの、助かったなぁ」
みんなの助けで、今がある。
そのことをしみじみと感じながら、奏音はこれからのことを考えていた。
もし空想研究会が存続できれば、陽太と同じ時間をより長く過ごせる。
そのことだけでもかなり嬉しい。
突然の引っ越しという急激な変化によって、その当たり前が無くなってしまうということがあるということを知っているからこそ、そのありがたみが良くわかる。
けれど、本当にそんな〝側にいるだけ〟というだけの関係でよいのだろうか。
同じ部活でも、ずっと仲良く遊ぶ関係でいられる関係なんて、ほんの一握りだ。
現に中学時代に同じ部活だった友人たちとは、すっかり連絡を取らないようになってしまっている。
陽太とも、そんな関係に……疎遠になってしまう――そんな未来を想像すると、出来立てほやほやで一番おいしい状態なはずのたこ焼きでさえも、無味無臭になってしまうほど心が空っぽになる。
あの、いつかで会った時に恥ずかしくない自分でいようとする努力が、今後の人生でずっと続くなんて、考えたくもない。
そんな無味無臭な未来を振り払うようにフランクフルトに口をつけた。
今度はずっと隣にいるという意識の下で頬張る。
すると、先ほどまでの無味無臭が嘘のように、炭火と塩、コショウ、そして肉の旨みが口全体に広がっていった。
――やっぱり、そうだよね。
その旨みを感じながら、奏音はこの文化祭で空想研究会を存続できたら、この思いを伝えることを決心した。
その瞬間。
部室の、扉が開かれた。
「あっ、ヨウ――」
そこまで言いかけて、奏音は体が硬直してしまう。
奏音の視線の先にいたのは、上下を黒のレインコートに身を包んでいる人間だ。
顔もすっぽりとフードを被っておりしっかりとは見えず、正体はわからない。
ただ、夏真っ盛りなこの八月末に、雨も降っていないのにもかかわらずレインコートを身に付けているのは明らかに異常だということだけは見て取れた。
「……誰?」
まゆりの低い声の問いに、その人物が応えることはなく。
声を上げることすらできない。
そこにあるのは、ただただ恐怖だった。
「……静かにしろ」
そのレインコートの人物が、静謐を破る。
低く、重い声は、男のそれだった。
そんな男は言葉と共に、懐から包丁を取り出し「声を出したら、安全は保障できない」と続けた。
フードの隙間から見えた口元が、どこか笑っているような気がした。
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