純愛ヒート

かねざね

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「早速なんだけど、千紘くんに手伝って欲しいのは僕の研究なんだ」

正面のソファに腰掛けた切り出された相談は良一の本職、研究に関する事だった。
良一の研究の内容はαの抑制剤、つまり統星みたいな体質を持った人が常用できる、バース抑制剤のようなものを作りたいのだと説明された。

「千紘くんの体質を見込んでお願いしたいんだ。勿論、ちゃんと報酬は出るよ」
「あの、僕は一応Ωなんですけど…」

正面のソファに腰掛ける良一はそれは分かってるよ、と笑う。
確かにそうだ、良一には仕事を紹介して貰う時にΩと明かして居たし、その反応について検査をさせて欲しいと言われ実際に目の前でそれはやっている。

「千紘くんのフェロモンが出ないって所を調べたいんだ。若しかするとこの研究で調べたらバースが起きない事についても分かるかもしれない」
「なるほど…?」

成程、と言っても千紘は別にバースしたいとは思ってはいない。
何せここまでせずに生きてきたのだ、Ωである事で職を失う結果を出してしまったが、バースが起きてしまうと今の日常生活が崩れてしまう可能性だってある。

「でも僕はバースしたいとは思っていません」
「え、そうなの?子供は欲しくないの?折角産める身体しているのに」
「こどもは、考えたことないです」
「子作りは好きじゃない?」

良一から子作りと聞いて思わず咳き込んだ。
つまりはセックスが好きかどうか、良一からそんな事を問われるなんて思っても居らず千紘の顔は熱くなる。

「赤くなって可愛いね」

千紘の反応にふふ、と笑いを零した良一はいつも通りだ。
大丈夫?と噎せこんだ千紘に緑茶を勧め、穏やかに自分も飲んでいる。
折角出して貰ったのだし、と口を付けるが良一の直球な質問は止まるのを知らない。
きっと良一は気になる事は問い詰めたいタイプなのかもしれない。

「折角産めるんだから試してみようとは思った事ないの?」
「バース来ないですし、」
「けど、生理現象は起きるんだよね?」
「それは、まぁ…一応男ですし」

それは良かった、と良一は何故だか満足そうに笑うが、はっきり言って千紘は性欲自体そんなに強くもない。
自己処理だって偶にの事で、と気付けば良一にオナニーの頻度まで答えている事に気が付いた。

「…これ、関係ありますか」
「あるある、女性だって生理周期で性欲が高まったりするんだからΩのヒートもフェロモンの周期でそうじゃないかって研究結果があるよ」

いつの間に出したのだろうか、良一の手元にはバインダーがありサラサラと何かをメモしている。
ことも無さげに答えられるが、自分のセルフ性事情を紙面に残されるなんて恥ずかしい所の騒ぎじゃない。

「そんな事まで書かなくても…!」
「駄目駄目、何でも知るところから大事って言うでしょ。こうして千紘くんができる事だけでいいから協力してくれる?」
「…分かりました」

取り上げようとした手は見事空振り、メモをしていたカルテのようなものはバインダーの中に隠されてしまった。
了承さえすれば返してくれるかな、と淡い期待はあったがどうやらそれは叶わないらしい。
いくら新薬の開発の為とはいえ、絶対にオカズは何っていう質問は全く関係ないだろう、とは口に出すのも止めて、渋々と了承する。


「174センチ58キロ…筋肉量が少ないね、筋肉は付きにくい?」
「はぁ…」
「胸囲も腹囲も測るからね、はい、バンザーイ」

バンザーイ、ともう千紘は完全に良一のペースに飲まれてされるがままだった。
どうにか奪取しようと画作した資料はまだ良一の手の中だ。
協力することを了承した途端にこの医療器具が並ぶ部屋へと連れられて来てしまった。

着てきた服は取り上げられて、代わりに今は水色の患者衣のような簡易なものに着替えている。
初めは着替えるのを渋ったが「脱がそうか?」なんて親切にも良一から手伝いを申され丁重に断らせて頂いたのだ。
室内は空調が効いているお陰で寒くは無いが、上下五分丈のそれはなんだか心許ないものだった。

「次は血圧と心電図を測るからね」

この診察室のような部屋にはガラスの小窓がついた棚や医療器具が壁際に置かれ、シンプルなテーブルとパイプ椅子が二つ、そして奥には簡易的なベッドが一つ置かれていた。
数字を記入すると測り終えたメジャーを片付けた良一が奥にあるベッドを示す。

自立式の機械を良一が準備をしている間に、そのベッドへ横たわり、硬い枕に頭を置くと薄い色のカーテンが囲うように引かれた。
脇に立つ良一の背後には天井の蛍光灯が覗き、その眩しさに目を細めると影を作るように良一が顔を覗き込んできた。

「何だか疚しいことしてる気分になるね」
「…冗談はオナネタだけにしてください…」
「まだ根に持ってるの?」

アレは記入してないって、冗談だよ。と良一が笑う。
冗談かどうかも怪しいんです、とは言えずに口篭る千紘に良一の手が伸びてきた。
指先にクリップ式になった血圧計を嵌められて、その数字を記入すると、その手は次に上着に伸びて紐を摘む。
患者衣は作務衣のように、脇の下にある紐を左右交互に二カ所留めているだけのもので、紐を指先で引かれるとそれは簡単に解けた。

「ホテルで統星と会った時、千紘くん寝ちゃったでしょ」

確かにあの日、何故か千紘は寝てしまった。
特に睡眠不足でも無かった筈なのに、気を抜いた後から記憶は無い。

「あの日、何か身体に異変は感じなかった?」

異変?と聞かれても正直もう余り覚えては居ない。
あの日は統星のラットが暴走してしまいΩのヒートを引き起こして、その後処理に良一が駆け回ったと聞いただけで、千紘の身体は何一つ異変は無かったと思う。

「…何も、無かったと思いますよ」
「そっか。…あ、少しジェルを塗るから冷たいよ」

どこか納得していない様子だが、千紘が覚えて居ないのならば仕方ないと切り替えて良一はもう一方の紐も解き胸を晒すように開かれた。
肌が外気に触れると自然と身震いが起きてしまうのは仕方ないだろう。
近くでボトルのキャップが開く音がすると、告知されていたにも関わらず、その冷たさに千紘の身体は再び跳ねた。

「……っ、」
「あぁ、冷たいよね。ちょっと我慢してね」
「は、い」

胸や脇と機械と繋がれた電極が貼られ、良一から子供扱いするように動かないでね、と制される。
じわりと緊張してしまうのは良一から注がれる視線のせいだろうか、リラックスしていないと心電図は上手く記録はされない。
その視線を気にしない様に目を瞑り、しばらくするとお疲れ様と言葉と共にベッドに体重が乗る音が響くと弾くように千紘に貼られていた電極が外された。

「あぁ、千紘くんの可愛い乳首まで勃っちゃったね」
「っ、ちょっと、遊ばないでください」
「遊んでないよ、可愛がってる」
「ん…っ、宇佐美さんッ」

これで解放されたと思ったが、覆い被さる影に気づくと距離は思っていたよりも近くて驚いたが、それよりも無防備だった胸を突然触れられて声が詰まった。

指先で弾くように触れられたそこは確かにピンと張っているが、それは直接空気に触れていたせいだ。
弾いたあとを弄ぶように指腹で撫でられて、千紘は制止しようと良一の腕を掴む。

「…抵抗されると燃えるのが男の性だとは思わない?」
「なに言ってるんですか!」
「実は唾液も採取したいんだよね。…あとは、コッチも」
「……!」

掴んだ良一の腕は、細身なその身体のどこにそんな力があったのか聞きたいくらいにびくともしない。
その上、薄い患者衣の上から股間を撫でられて千紘は全身が粟立つのを感じた。

「冗談は程々にしてください…っ」
「やだなぁ、これは冗談じゃないよ。千紘くんの唾液と精子は採取したい」

抵抗が邪魔なのか、千紘の腕を一纏めに掴むと良一は千紘の身体を跨りベッドに押さえつけてきた。
それでも腰の上に乗る良一に対抗して千紘は上半身を捻るが、取られた腕もベッドに縫い付けられるとそれ以上の抵抗は適わずに、恨めしげに良一を見上げる。
見下ろす良一の方は愉しそうに笑うと片手で白衣のポケットを探り、細長いジップロックに入った長い綿棒の様なものを取り出して、千紘に見せびらかすように目の前に掲げられた。
それは口内の粘膜を採取し調べるDNA検査のものだった。

「これで口の中の粘膜を採取するからね」
「ちゃんと開けるので退いてください」
「はい、あーん」

宇佐美さん、と千紘が念押しするように呼んでも良一はその要望をまるっと無視をして「あーん」と口を開けるように促してくるが、こんな状況で言うことを聞くなど出来るわけが無い。
唇を堅く閉じた上で顔を背け、悪あがきのような抵抗をするとアララ、と声が降ってきた。
けれど抵抗も予想のうちなのか、その良一の声には動揺もなにも感じられず平坦だ。
寧ろ愉しそうに笑いを喉奥で押し殺すような音が届き、腹上でごそごそと再び動く音がし、「仕方がないなぁ」といった独り言を拾った途端、上を向いていた耳へ湿ったものが肌を這った。

「っひ……!」
「ほら、大人しくお口を開けてご覧」
「…ッ、」

湿った水音からそれが良一の舌だとは分かったが、逃げようにも顎から掴みあげるように顔を固定され、上を向くしか千紘には逃げ道がない。
意識的に低くしたのだと思う低音が響くと鼻を摘まれれ、息苦しさに口を開くと細長い綿棒を摘んだ良一の指が口内へ侵入してきた。

「喉を突いたら危ないからね、動くと危ないよ」
「ん゛んん…!」

つまりは動けば喉を突くってことだ。
口に入ってきた異物のせいで分泌された唾液が溢れてくるのが分かるが、拭うことが出来ないまま口端から垂れてきた。
良一はそんな事はお構い無しに、頬の内側を数度擦られると指は綿棒と共に抜けていったが、一緒に何かも失った気がする。

いつの間に嵌めていたのかラテックス製の手袋をしていた良一は、唾液を塗りつけるようにその指で唇を撫で付けてきたため千紘は不快に眉を寄せる。
そんなこと意に介さない様子の良一は、塗りつけていた指を離すとあろう事か次に下穿きへと手を伸ばしてきた。

「あー、やっぱりまだ反応はないね」
「も…っ離して下さい…っ」
「駄目だよ、出さなくっちゃ検査出来ないでしょ?」
「やだ、宇佐美さ…いぁっ」

淡々と話しつつもその手は下穿きの上から揉み込むように千紘の性器を撫でたり、擦って見たりと反応を確かめてくる。
そんな事をされていれば健康な成人男子たるもの、徐々に反応してくるのは当たり前で。
反発するように芯が擡げてくると下履きのゴム紐を引き、下着と纏めて下ろされた。

抑えるものが無くなった性器は半勃ちで、下着から顔を出すとゴム手袋を嵌めた手が優しく包み、そして閉ざされていたカーテンが開かれた。

「うわぁ……これは想定外」
「…遠山さ、ん」

シャッとカーテンが開かれる音がしたと同時に驚きからか、キュッと性器を握られて声が出た。
ベッドの上で仰向けに肌蹴た千紘の上に跨り、千紘の性器を握る良一も予想外だったのだろう、動かずカーテンを開いた状態で固まった和真を見ていた。

「はぁ…何してるんだ」
「精子の採取」
「…無理矢理か」
「……」

確かに同意とは言え難い状況だ、跨る良一とその下に居る千紘を見て、和真は深く大きな溜息を吐いたんだろう。
声も低音で明らかに機嫌が悪く、その威圧感に千紘も良一の手の中で萎縮する。
間髪入れずに返答する良一も、何だか先程までの威勢は消えて、千紘よりも明らかに和真の方を気にしており返答に詰まっている。

「良一、逢沢を離すんだ」

無言になった良一へ有無を言わせない圧を含めて和真が言うと、何か言いたげな表情をしつつもゆっくりと千紘を縫い付けていた手が解放される。

掛けられていた体重が消えると和真から下着を履くように言われ、慌てて臀までズレていたものを直すと乱れていた髪を直すように和真に撫でられた。
助かったけれど、完全に和真にも息子は見られただろう、敢えてそこには何も突っ込んでは来ない和真に感謝をしつつ、千紘は隣を見た。


ベッドの足元の方では良一が足を投げ出して拗ねたように座り、千紘の方は見ていない。
千紘が前合わせを直すのを見ると和真は次に良一の方へ手を差し出した。

「三時間以内だろ?」

合言葉のような台詞を聞いた良一は弾かれたように顔を上げて、何か言いたげに和真を見上げていたが、すぐに観念したのかポケットから蓋つきの透明なカップが入ったジップロックを取り出して差し出された和真の手に乗せる。
受け取った和真は着ていたコートのポケットにそれを捩じ入れ、屈むと良一の耳元に何かを囁いた。
その声は千紘には聞こえはしなかったが、良一の顔は見た事がない程に真っ赤に変わり狼狽えていた。

「逢沢、帰るぞ」
「え、ぁ、はい…!?」

二人の一連を見ていた千紘だったが、その流れや三時間の言葉の意味は分からず、どうしていいのか分からずただベッドの上で固まっていた。
それをどう思ったのか分からないが、良一から離れた和真は千紘の正面に来ると突然その体を抱き上げてきた。
「帰る」は分かるものの、「抱き上げる」意味は分からない。

「あの…っ」
「荷物や服なら後から届ける」

そうじゃない、何故抱き上げているかを聞きたいのに和真は見当違いな事を言うと、千紘を抱えたまま歩き出してしまった。
エレベーターを使い一階へ降りると社員用入り口なのか、来た時とは違う道順で和真は進んでいく。

確かに和真は千紘よりも優に体格が良いが、凡そ60キロもある千紘を軽々しく抱え上げられるなんて一体どんな馬鹿力なのかと考えてしまう。
降ろして欲しくてもまだ患者衣のままな上、私服はもちろん、靴までもがあの診察室に置いたままだ。
千紘はただ大人しく和真に抱かれ、突き刺さる興味津々な視線に耐えるために顔を腕で覆うようにしてその身体へ腕を回した。
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