純愛ヒート

かねざね

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和真に連れてこられたのは駐車場だった。
千紘が行きに入ってきた正面入口では受付もあって出入りする人の数も多い、それを分かっていて和真も千紘を気遣いなるべく人が少ない通路を通ってくれたらしい。
それでも幾人かはすれ違っていたし、好奇の目も多かったが。

「背負っても良かったが、それだと逢沢のアソコが気になって仕方が無いだろ」
「…お気遣いありがとうございます…」

助手席に降ろされ革張りのシートに縮こまった所で運転席に着いた和真に言われ、そこまで考えてくれるなら靴をくれ、と思ったがその選択肢は無いらしい。
どうやら和真は千紘と話がしたかった様で、着替えている間に逃げられると思ったと言われた。
正直言ってあの後だ、私服であれば逃げたいことこの上ないが、現状は裸足に患者衣なんて完全に病院から抜け出した患者の様な状態、一人で帰れますなんて言えるはずも無い。

「悪かった」
「なんですか急に」

余りにも唐突な謝罪に千紘はポカンとしてしまう。
和真とは初めて顔を合わせた時から、何度か会った事はあるが口数が人より少ない。
話し下手と言う訳では無さそうだが、その言葉の間合いも独特で、思わず動き出した車の進行方向を見つめる横顔を見た。

「良一は、Ωを羨んでる。βじゃ子供は産めないからな」

逢沢が羨ましいんだろう、そう言われた説明に腑に落ちる言葉もあった。

『折角産める身体してるのに』

Ωであれば男であっても産むことが出来る。
だけど良一はβだ、産むことは出来ない。
だから子供について聞かれたんだろうか。

「良一は今まで余りΩ性の人間とは余り関わろうとしなかった。…多分、羨む気持ちが強いからだと思う」
「…じゃあ俺は、宇佐美さんに嫌われて居るんですかね…」

余りに直球すぎる言葉とは思うけれど、他に言葉は見当たらなかった。
性で嫌われるのは嫌だと思うが、実際にそういった差別もまだ多い。
けれど和真はそれをはっきり「それは違う」と否定した。

「逢沢の事は嫌っていない。あいつ自身が逢沢を俺に紹介して来たのもあるが、嫌っていれば逢沢がいる時に統星の所にも行かないし、今日みたいに改まって頼んだりしない」

まぁ、さっきのはやり過ぎだったとは思うが、と続けた辺り先程の謝罪に繋がるんだろう。
確かに息子を出されて精子寄越せはやり過ぎだ、けどそれも必要な事だったなら、あまり協力的じゃ無かった千紘に強要してしまったというのもあるかもしれない。
千紘は何も言えないまま、ただ黙って和真の話を聞いた、本人からではないから確証というのが無かったせいもある。

「α‬の薬開発については聞いたか?」
「はい」

良一が薬を開発したいのは、ただ統星だけの為だけではない。
事故のような性犯罪を抑制したい意味もある。
事故のような性犯罪で産まれる子供の数は少なからず今もいる。
それを少しでも減らしたいのが良一の希望とも。
詳しく聞きたいのなら良一に直接聞け、とも言われた。
それを聞いて千紘はもう少し良一ときちんと話すべきだったと思い起こしていた、そしてもう少し協力的に検査に挑めば良かったとも。

和真が話してくれたおかげか、千紘の気持ちも幾分落ち着いて周りを見る余裕さえ出てきていた。
視線は自然と窓の外へ向き、流れる景色を見ていた所でハッとした、和真からは目的地も何も「帰る」としか千紘は聞いていなかったのだ。

「……ところで、どこに向かって居るんですか」
「統星の家だな」
「えっ」

サラッと言われて何故、と疑問が浮かぶ。
今日は一日お休みを貰っているのだ、統星の所まで行く必要は無い。

「統星から逢沢が良一のところへ行ってるのを聞いて代わりに様子を見に来た。あいつが気にして動かないからな」
「今日はおやすみを貰ってるんですけど…」
「一緒に住んでるんだろ?」
「住んでません!」

どうやら根本的な所から間違えられていた。
千紘は住み込みで統星の家で働いていると思われていたらしい、確かに和真が統星の家へ来る時は必ずと言っていい程あそこには居たが、住み込みなんて話した覚えもない。
それに和真へ千紘の家も教えた覚えなんか無い、それなのに道を知っている訳ないのだ。

訂正をすると何故か和真は驚いた様子で、千紘を一度振り返り見ると考える素振りを見せたが、それでも進行方向に迷いはない。

「…まぁ、それでも逢沢を気にしているから顔くらいは見せてやってくれ」

はあ、と気の抜けた様な返事が出てしまう。
仕方ない、統星が気にしていると言われてもなにも実感は無いのだ。
それに手持ちの荷物は後で届けると言われたまま良一の所にあるし、格好が格好だ。
これを見てなんて言われるかなんて想像もつかないが、一先ずは向かって貰った方が良いのだろう。

裸足の脱走した患者のままだけれど。



「なんでそんな格好なんだ?」

出迎えてくれた統星の開口一番はそんな言葉をだった。
それは自分が一番聞きたい、と千紘は思ったが色々とあり過ぎて何処から説明すればいいのかよく分からない。
統星自身も聞きたいことがあるのか、一先ず上がれ、という統星の指示にようやく千紘は和真の腕から解放された。

「運んでくれてありがとうございました」
「あぁ」

ゲスト駐車場に停車した後は再びの抱っこだった。
どうしてこうも抱き上げることに慣れた様子なのか、良一のところでもそれは思ったが抱かれる不安定さや、落とされるような心配は感じないくらい和真はしっかりと千紘を支えていた。

平日の昼間とあってマンション内では幸いな事に人とすれ違うことは無かった。
仮にもしあったとしても和真が脱いで掛けてくれたコートに千紘の頭は覆われていたため、見られていたとしても問題は差程無かった。

疲れてないのかという心配は不要らしく、和真は千紘からコートを受け取ると先にリビングへ向かってしまった。


「で、千紘は一体なにをしたんだ」
「僕は何もした覚えはないです」

本当にそうだから仕方ない、例え病院から抜け出してきた患者の姿だったとしても。
定位置になったソファでは、今日は統星一人で一つのど真ん中を陣取り、向かいに座った和真の隣に千紘はお邪魔させて頂いた。

ふんぞり返っている訳では無いが、何だか威圧感を感じてしまうのは、統星の雰囲気が初対面の時と似ているせいかもしれない。
頭の先からテーブルに隠れているはずの爪先まで、じっくりと見られているような視線を感じて、とても居心地はよろしく無い。

「俺が着いた時は診療ベッドで良一に剥かれて精子を採取されそうになってたぐらいだな」
「は?」
「わぁああああ!!!」

余計拗らせそうな言葉をサラッと吐いた和真に思わず声を重ねるが、残念な統星には筒抜けだったらしい。
何やってんだ…と言いたげな胡乱の目を向けられて、千紘は穴があれば入りたい気持ちでいっぱいになった。

「まぁ、同意って感じでは無かったから逢沢が悪い訳じゃ無い。良一も多分、研究材料に欲しくてやったんだろう」
「…研究の為か」
「そうだな」

和真の説明に重い空気を吐き出したのは統星だ、薬の為と言うなら元々良一が開発しようとしているのを知っていたんだろう。
統星は千紘から視線を外すと、天井を仰ぐように背中をソファに凭れ、何か考えているようだった。

「……で、和真はとりあえず俺の所に千紘を連れて来たが、千紘の精子持ったら帰る、と」
「そうだな」
「…とんだ精子祭りだな」

ぶはっと千紘の腹の中にあった空気が口から飛び出てしまった、決して統星のお祭り騒ぎが面白かった訳じゃない。
余りにも想定外な話すぎて隣の和真を見るが、至って何時もと変わりは無く、淡々とした様子で逆に「なんだ?」と聞きたげな視線を投げてくる。
確かに必要とは言われて居たが、統星の家(ここ)でも同じ事を言われるとは思って無かった。

「いや、ちょっと待ってください…!?」
「別に目の前でやれと言うんじゃない、この容器に入れてくれれば俺が持っていく。」

そう言って出されたのは、先程和真が良一から受けとっていた空の容器だ。
差し出されて思わず反射的に受けとってしまったそれは、プラスチックの容器の筈なのに千紘の手の中でとても重く感じてしまう。

「三時間以内じゃないと検査は出来ない、採取が出来たら俺に連絡しろ。一時間後には取りに来る」

三時間と良一と話していたのはこの事だったのかと、千紘は今理解する。

「ヌけない様ならそこの統星にでも手伝って貰えばいい」
「なんで俺」
「じゃあ俺がシていいか。逢沢、もう一度脱げ」
「いや、俺でいい」

ぐっと和真が呆けたままの千紘と距離を詰めたところで統星の制止が入った。
それなら頼んだ、と一旦席を外すらしい和真はそれだけ言うとソファから立ち上がると千紘の頭を撫でていく。

「逢沢、嫌かもしれないが頼む。…良一には困らせるなと灸を据えておくが、出来たら協力してやってくれ」

それだけ言うと和真はコートを小脇にリビングから出ていく。
それを追いかけようとするが、それは同じくソファから立ち上がった統星によって塞がれた。

「…和真に頼むのか?」
「……え?」

腕を掴まれ何故か真剣な瞳で統星に問われるが、言葉の意味が分からず千紘は傾げた。
それも束の間、真っ直ぐに統星の瞳を見返している内に先程の和真と統星のやり取りを思い出し、ぶわっと赤く顔色が変わった。

「違います!見送り…!」

です、と言いかけた所で外気からの風圧か、玄関の扉が閉まるのを、廊下とリビングを隔てる扉の軋んだ音で察知した。

言葉に出したことで千紘の行動を理解したのか、「そうか」と統星は呟き、掴まれた腕に掛けられた力が緩みズルズルと二の腕から手先へとそれは落ちてゆく。
何か、と思う間もなく利き手を握られると距離を詰める様に身体を引かれた。

「……悪かったな」

また謝られてしまった、今度は統星から。
引かれた身体は統星の腕の中に居た。
何時も香る甘い花の蜜のような香りではない、爽やかなフローラルな香りはいつも使っている柔軟剤だろうか。
肩口に顔を押されるような形なせいで無意識に目の前の身体を嗅いでしまい、抱かれた衝撃よりも背徳感の強さに参ってしまうのは千紘のネジが飛んでいるのだろうか。
統星が羽織っている薄手のアウターの袖を握ると回された腕が少しだけ緩んだ。

「ありがとうのがいいです」

きっと検査の事を言っているんだろう、けれどそれは統星が謝ることではないし、和真からの話も聞いて千紘の中ではこの検査への見解も変わっていた。
自分が協力出来ることならばしたい、それが統星のために、または知らない誰かのためになるのであれば。


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