カガスタ!~元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト~

中務 善菜

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第四章:一世一代の商談

38:不安の鼓動

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「疲れた……そりゃあもう疲れた……」

 時刻は午後十時を折り返した頃。文化開発庁の本部である北の尖塔の一室にいる。

 片付けをした新しい私の部屋はベッドとテーブルしかない。ベッドはふかふかで、高級感がある。あ~、すごい。もう寝れそう。

 イアンさんが教えてくれたのだが、北の尖塔の部屋はほとんど空き室だった。掃除が必要ではあるものの、好きに使っていいという。稽古場として使えるほど広い部屋もあるし、いい物件を借りたと思っておこう。

 それにしても、ここに帰ってくるまで、本当に色々あった。もうくたくただ。

 ギルさんのスカウトに失敗してから、一度ケネット商店に帰りはした。したが、バーバラさんの説得にかなりの労力を要した。

 元々、ケネット商店の手伝いと引き換えに部屋を貸してもらっていた。自分で言うのもなんだが、仕事をそこそこ覚えてきた矢先にこれだ。アレンくんが助け舟を出してくれなければどうなっていたことか。

「……でも、アレンくん、なんか変わった……?」

 私の中のアレンくんなら、まあまあとバーバラさんを宥めていた。しかし今日は違った。宥めつつ、私にはやりたいことがあると説明してくれた。それを聞いて、バーバラさんは渋々頷いてくれたのだ。

 アーサーの手紙、読んでくれたのかな。だったらいいな。きっと正直な想いを綴ったものなんだろう。だからアレンくんの様子が違ったのかもしれない。

 ……いいなぁ、男の子。ぶつかって、ちゃんと仲良くできるもんね。若いからかな?

「っていうか、アレンくんとギルさんに“スキャン”するの忘れてた……」

 なんたる失態。次にいつ会えるかはわからないし、なんなら避けられそう。困ったことになった。

「“スキャン”、常に起動してたら頭おかしくなりそう」

 目に見えるあらゆるものの情報が数値化されるのだ、要所で使うようにしないと情報量の多さで倒れそう。

 深いため息。幸せ逃げちゃうね。

「ため息なんて吐いて、どうしたんだい?」

「人生ままならなくて……ちょっと待ってどちら様!?」

 私の部屋に音もなく忍び込んだ輩はどこのどいつだ!?

 跳ね起きて枕を振りかぶるが、あら麗しい。そこにいたのは生きてる次元が曖昧な美形のエルフさん。彼は口に手を当てて控えめに笑った。

「おるふぇさん……?」

「そう、オルフェさんだよ」

 やっぱりオルフェさん。神出鬼没にも程がありませんこと? こんな時間に女の子の部屋に忍び込まない方がいいです、変質者だと思われますよ。

 意味深な笑みを湛えてますけどもね、今回ばかりは顔面凶器もなまくらです。警戒心と不信感で顔の良さがまったく伝わってこない。

「ど、どうして私の部屋に……?」

「きみに用があったから。ノックはしたんだけれど、反応がなくて。だからといって断りなく部屋に入るのは良くないね。不躾なことをしてしまって本当にすまない」

 こ、この男、頭を下げている。扉の前に立ったまま近づいても来ない。どうなんだこれ? 生前、男性との交友関係が皆無だったから信用していいのかわからない。

 ……いや、待て。落ち着いて考えろ牧野理央。こんな顔面パルテノン神殿が私風情に言い寄るか? 引く手数多もいいところだ、もっと選り取り見取りの人生のはず。わざわざ私を襲う理由がこの人にはないのでは?

「そのまま動かないで、私の質問にだけ答えてください」

 自分で言っておいて笑そうになる。サスペンスドラマにありそうな台詞。オルフェさんは腰を折ったまま「仰せのままに」と返してくれた。

「私に用件とは?」

「ギルとまた話したいんだ。確かめたいことがあって。彼の居場所に心当たりはないかな?」

「……申し訳ございません、私はギルさんの連絡先も存じ上げません。オルフェさんのご用件にはお応えできかねます」

「そっか。それは残念」

 姿勢はくの字のまま。特になにか企んでいるわけでもなさそうだし、大丈夫かな……これが全部演技で、私を騙すための作戦とも思えないしね。

「顔を上げてください。……んん?」

「どうかした?」

 オルフェさんは不思議そうに見つめてくる。そうだ、さっき呟いた“スキャン”が起動したままだ。オルフェさんも各項目が軒並み高い。ボーカルA、ダンスA、パフォーマンスA、ビジュアルS、カリスマB……。

 ビジュアルはまあ妥当。しかしカリスマが低いのは気になる。イアンさんといい、どうして然程高くないんだろう? 宰相、顔面兵器、この二人に共通してるところってなに?

 思案に耽っていると、不意に楽器の音が聞こえた。オルフェさんがリラを弾いたようだ。

「疲れているんだろう? 子守唄を歌ってあげようか」

「あはは、そんな年頃じゃないです」

「まだ十代だろう? 僕からしてみれば赤子と大差ないさ」

 やっぱりエルフだから? 見た目は若々しいけど、ずっと年上なのかもしれない。

「ごめんなさい、今日は一人になりたくて」

「そういうことなら。またきみの前で演奏できる日を楽しみにしているよ」

 楽器をしまうオルフェさん。その背中に、ギルさんが重なった。どこかへ消えてしまいそうな、不安定さを感じた。

「あの!」

 つい、声をかけた。オルフェさんは振り返る。その行為に、すごく安心したことに気付いた。

「なに?」

「あの……私、音楽グループを作るんです。それで、よかったら……そのグループにーー」

「ごめんね、根は下ろさない主義なんだ。心苦しいけれど、お断りさせてもらう」

 また駄目だった。いったいなにがいけないんだろう。言葉に詰まる私に、オルフェさんは柔らかな笑みを向けた。

 違う、私が欲しいのはそれじゃない。あなたが欲しいんだ。けれど、その想いは伝わらない。

 黙りこくる私。話は終わり、とでも言いたげに部屋を出ていくオルフェさん。入れ替わるようにイアンさんが血相を変えて姿を見せる。遅いです。

「無事か!? でけぇ声が聞こえたと思ったが、あいつ誰だ……?」

「……吟遊詩人さんです。スカウトしたけど、駄目でした……」

「そ、そうか……まあ、根気強くやろうや。まだ始まったばっかなんだからよ。今日はもう休め、いいな」

 イアンさんは乱暴に私の頭を撫でる。悪い気はしないものの、心は晴れない。

 ……私、スカウト向いてないのかもしれない……。

 どうすればいい。この先に不安を感じつつ、ベッドに潜る。久しく感じた不安の鼓動は、眠らせまいと騒音を掻き鳴らしていた。
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