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第四章:一世一代の商談
幕間12:欠けた剣
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イアン様が宰相の任を解かれたという話で持ちきりだ。王宮内は騒然としている。ここまで動揺が走っているのは、アンジェ騎士団の実質的な指揮権を持っていたのは彼だからだ。
さて、どうしたものか。隊長の誰かが指揮を執るのが筋だとは思うが、誰も名乗りを上げない。誉れ高きレッドフォード帝国の騎士ともあろう者が情けない。
陛下から話を伺い、その帰り。私の視界を一人の少年が横切った。褐色の肌、不詳な白髪。エリオット様だ。彼は私に気づき、礼をした。私も同様の所作で返す。
「こんばんは、ネイトさん」
「こんばんは。お体の具合はいかがですか?」
「えへへ、もうばっちりです。お医者さんを手配していただいて、本当にありがとうございました」
「いえ、民間人の保護は我々の務めですので」
至極真っ当な理論を述べたまでなのだが、エリオット様は何度も礼をする。いったいなにがそこまで彼に感謝を強いているのだろう。
「エリオット殿、感謝は十分伝わりました。私は当然のことをしたまでですので、礼は結構ですよ」
「でも、ありがとうの気持ちの伝え方、他に知らないんです」
「ご安心ください、十分伝わっていますよ」
私の言葉を信じていないのか、エリオット様は怪訝な眼差しを向けてくる。ふむ、どうすれば感謝を止めてくれるのだろう。私は務めを果たしたまでなのだが。
ここでリオ様から賜った言葉を思い出す。民を安心させるのは騎士の務め、その手段は、笑顔だ。
表情を緩め、口の端を微かに吊り上げる。笑顔の鍛錬はしていなかったので、ぎこちなさはあるだろう。しかしこれでエリオット様も安心するはずだ。
「……? 如何されましたか?」
妙だ。エリオット様の顔には未だ疑念が浮かんだまま。なぜだ? これで民は安心するはずでは? リオ様に謀られたのだろうか。
「ネイトさん、嘘っぽいです」
「嘘とは? 私は務めを果たしたまでで、感謝は十分に伝わっています。私の言葉に偽りはありませんが」
「笑顔が、です」
笑顔が嘘っぽい。確かにいまの笑顔は意図して作ったものだ。言うなれば張りぼて。嘘という表現も間違いではない。
しかし、笑顔に真偽を求める理由とは? 笑顔は民を安心させるための道具だと思っていたが、真偽によって効果が違うのだろうか。だとしたら偽りの笑顔は民を安心させるには至らない?
二の句を継げられずにいる私に、エリオット様は畳み掛ける。
「ネイトさんは子供の頃に笑ったの、覚えてますか?」
「子供の頃から騎士としての教育を受けていましたが、笑顔の鍛錬は怠っていました」
「違うんです。笑顔って、練習するものじゃないんです」
笑顔に鍛錬は必要ない。エリオット様の言葉は私の知識や人生にないものだった。人々は意図せず真の笑顔を浮かべられることができるのだろうか。
「では、どのように真の笑顔を?」
「嬉しいなぁとか、楽しいなぁとか、そういう気持ちになったとき、自然と笑顔になるんです。ネイトさんにもそういう経験、ありませんか?」
「思い当たる節がありません」
イザード家は代々、レッドフォード帝国に仕える騎士を輩出してきた家系だ。騎士とは即ち剣。国に、民に仇為す者を討つ道具。必要な経験は、実戦だけだった。
嬉しいことも、楽しいことも、必要がなかったから経験しなかった。それだけのこと。
しかしエリオット様は私の言葉に納得していない様子だった。言葉を飲み込むような素振りを見せて、絞り出すように声を上げた。
「……ネイトさんは、かっこいいです」
「勿体ないお言葉です」
「でも、冷たいんです。刃物みたいな……金属みたいな冷たさがあるんです」
「私はこの国の剣。なにか不都合でも?」
エリオット様は言葉を奪われているようだった。私の言葉に反論ができないのだろう、当然だ。正論を返しているのだから。
これ以上話すこともないだろう。私はエリオット様に一礼して歩き出す。
私は剣。鍛え、洗練されたこの身になんら不満はない。
しかし民を安心させるには、それだけでは足りない。エリオット様の言葉が如実に物語っていた。
皆にあって、私に欠けているもの。
それがなんなのか、私は知るべきなのだろうか。
さて、どうしたものか。隊長の誰かが指揮を執るのが筋だとは思うが、誰も名乗りを上げない。誉れ高きレッドフォード帝国の騎士ともあろう者が情けない。
陛下から話を伺い、その帰り。私の視界を一人の少年が横切った。褐色の肌、不詳な白髪。エリオット様だ。彼は私に気づき、礼をした。私も同様の所作で返す。
「こんばんは、ネイトさん」
「こんばんは。お体の具合はいかがですか?」
「えへへ、もうばっちりです。お医者さんを手配していただいて、本当にありがとうございました」
「いえ、民間人の保護は我々の務めですので」
至極真っ当な理論を述べたまでなのだが、エリオット様は何度も礼をする。いったいなにがそこまで彼に感謝を強いているのだろう。
「エリオット殿、感謝は十分伝わりました。私は当然のことをしたまでですので、礼は結構ですよ」
「でも、ありがとうの気持ちの伝え方、他に知らないんです」
「ご安心ください、十分伝わっていますよ」
私の言葉を信じていないのか、エリオット様は怪訝な眼差しを向けてくる。ふむ、どうすれば感謝を止めてくれるのだろう。私は務めを果たしたまでなのだが。
ここでリオ様から賜った言葉を思い出す。民を安心させるのは騎士の務め、その手段は、笑顔だ。
表情を緩め、口の端を微かに吊り上げる。笑顔の鍛錬はしていなかったので、ぎこちなさはあるだろう。しかしこれでエリオット様も安心するはずだ。
「……? 如何されましたか?」
妙だ。エリオット様の顔には未だ疑念が浮かんだまま。なぜだ? これで民は安心するはずでは? リオ様に謀られたのだろうか。
「ネイトさん、嘘っぽいです」
「嘘とは? 私は務めを果たしたまでで、感謝は十分に伝わっています。私の言葉に偽りはありませんが」
「笑顔が、です」
笑顔が嘘っぽい。確かにいまの笑顔は意図して作ったものだ。言うなれば張りぼて。嘘という表現も間違いではない。
しかし、笑顔に真偽を求める理由とは? 笑顔は民を安心させるための道具だと思っていたが、真偽によって効果が違うのだろうか。だとしたら偽りの笑顔は民を安心させるには至らない?
二の句を継げられずにいる私に、エリオット様は畳み掛ける。
「ネイトさんは子供の頃に笑ったの、覚えてますか?」
「子供の頃から騎士としての教育を受けていましたが、笑顔の鍛錬は怠っていました」
「違うんです。笑顔って、練習するものじゃないんです」
笑顔に鍛錬は必要ない。エリオット様の言葉は私の知識や人生にないものだった。人々は意図せず真の笑顔を浮かべられることができるのだろうか。
「では、どのように真の笑顔を?」
「嬉しいなぁとか、楽しいなぁとか、そういう気持ちになったとき、自然と笑顔になるんです。ネイトさんにもそういう経験、ありませんか?」
「思い当たる節がありません」
イザード家は代々、レッドフォード帝国に仕える騎士を輩出してきた家系だ。騎士とは即ち剣。国に、民に仇為す者を討つ道具。必要な経験は、実戦だけだった。
嬉しいことも、楽しいことも、必要がなかったから経験しなかった。それだけのこと。
しかしエリオット様は私の言葉に納得していない様子だった。言葉を飲み込むような素振りを見せて、絞り出すように声を上げた。
「……ネイトさんは、かっこいいです」
「勿体ないお言葉です」
「でも、冷たいんです。刃物みたいな……金属みたいな冷たさがあるんです」
「私はこの国の剣。なにか不都合でも?」
エリオット様は言葉を奪われているようだった。私の言葉に反論ができないのだろう、当然だ。正論を返しているのだから。
これ以上話すこともないだろう。私はエリオット様に一礼して歩き出す。
私は剣。鍛え、洗練されたこの身になんら不満はない。
しかし民を安心させるには、それだけでは足りない。エリオット様の言葉が如実に物語っていた。
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それがなんなのか、私は知るべきなのだろうか。
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