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第12話 数の国

8 世界の向こう側

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「ゆめづきや、時計を見せてくれるかね」

 ゆめづきは、だまって綿わた菓子がしを食べ終えていたようだった。
 かずよみに声をかけられ、しまっていた時計を取り出すため、服の中に静かに手を入れた。

時空じくうをはかる時計……なのだっけ?」

 るりなみが問いかけると、ゆめづきはうなずいた。

「ええ、この時計が時空をはかるものなのでは、と教えてくれたのは、父様とうさまなんです。この王国をつくりあげた初代しょだい王女おうじょという人物じんぶつは、時空をはかる時計を持っていた……その時計が王家おうけにはひそかにつたわっている……という伝承でんしょうがあって、まさにこの時計のように、ひとつのはりでゆらゆらと時空の行き先をはかるものなのだそうです、が──」

 取り出した時計を見つめて、由来ゆらいを語るゆめづきの声と表情ひょうじょうは、だんだんに固くなっていった。

 かずよみが目をむくようにして、時計をのぞきこむ。

 るりなみも、かずよみのうしろからその盤面ばんめんを見て、目を丸くした。

 いつもはゆらゆらとれていたしんばんのような針が、今は、ものすごい勢いで、狂ったようにまわつづけていた。

「な、なにこれ、どうしたの?」
かわから数があふれて、ものすごいひずみだからな」

 るりなみは、時計とあたりを見くらべた。

 針の異常いじょうな動きを見てしまったら、このあたりに、かずよみの言うような数字の河があって、時空のくぼみだかひずみだかのために、なにかがくるってゆがんでいるのだ、というのがわかる気がした。

「む……、むむ……!」

 かずよみが、なにかに気づいたかのように、時計にさらに顔を近づけた。

「ちょっと、父様!」

 ゆめづきが声をあげるもなく、かずよみは手をばし、くいっ、と時計の側面そくめんのねじをいた。

 そのとたん──ひらり、とあたりの景色けしきうつしていたカーテンがひるがえったかのように、そのおくの景色が世界にあらわれた。

 ベンチは、にわは、綿菓子は……そしてゆめづきやかずよみは、輪郭りんかくがぐにゃりとゆがみ、色がばらけて見えた。

 大小のパズルのピースが組み合わされた世界のようだった。

 いや、パズルほど整然せいぜんとは組まれていない。
 ピースのように見えたのは、数字のかたまりなのだった。

 そして、一度その数字が見えてくると、あらゆるもの、あらゆる色、あらゆる光とかげは、数字が組み上がってできているように見えるのだった。

 数字は、色のいもの、透明とうめいに近いもの、大きさもさまざまで……るりなみの手のように大きな数字のあいだに、小さな数字がならび、奥にも無限むげんに続いている。

 るりなみのまわりの世界は、次々にカーテンがめくられて、そのうらの数字の世界にりかえられていった。

 そのうちに、足もとのベンチの下から、どどどど……という水音みずおとが聞こえてきた。

「わあっ」

 るりなみは思わず、ベンチのわきに飛びのき、食べかけの綿菓子を取り落とした。

 ベンチの下には、たくさんの数字をはじけさせて飛ばしながら、どどど……という音を立てて、数のかわが流れているのだった。

 河は、ベンチのうしろの庁舎ちょうしゃかべをつたって流れてきて、庭の向こうへまっすぐに続いていた。
 奥の木立こだちは、数字の集まった雲のように見え、遠くのとうは、ぼんやりとかすむようだが、その景色の中を、河はどどど……と流れていく。

 ほうり出してしまった綿菓子は、もう見当たらない。
 ものすごいいきおいの数の河に流されてしまったのだろうか、と思って、るりなみはわけがわからなくなる。

 おもての世界にはなかった河に、綿菓子が流されてしまうものだろうか?
 そうではなく、本当にここに数が流れている世界に、るりなみはまよいこんでしまったのだろうか?
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