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第12話 数の国
7 綿菓子と数の海
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プープー……と陽気な笛の音を響かせて、台車を引いた菓子売りが、庭の奥からこちらにやってきた。
かずよみがぱっと立ち上がって、小さな子どものような足取りで近づいていく。
ゆめづきが「あっ」とベンチから腰を浮かせるが、かずよみが菓子売りの青年となごやかに話す様子を見て、追うのをやめた。
ゆめづきとるりなみが見守るうちに、かずよみが、内に着こんでいた服のポケットから、金銀の組まれた硬貨を取り出すのが見えた。
硬貨を手渡された菓子売りの青年は、しばらく驚いたようにそれを見つめたあと、何枚もの紙幣のお釣りと、台車に並べていた綿菓子を二つ、かずよみに渡した。
綿菓子は、台車に並べられた菓子の中で、一番大きなものだった。
「おおきに!」と声をあげて、菓子売りはまた台車を押して去っていく。
かずよみは大きな綿菓子を持って、ベンチに帰ってきた。
「ゆめづきと、ほれ、るりなみに」
「ありがとう……!」
るりなみは、頭がすっぽり包まれてしまうほど大きな綿菓子を差し出され、菓子に刺された棒を手に持った。
隣のゆめづきも、同じように受け取る。
「ありがとう、父様はいらないのですね?」
「ああ。私は、見える景色でおなかがいっぱいになるのでね」
るりなみは改めてかずよみを──祖父をまじまじと見つめる。
紙幣を握りしめる手も、それを支える腕も、枝のように細く、だぼだぼの衣服の下の体もやせきっているのがうかがえる。
普段も、ごはんをあまり食べていないのかな……。
るりなみは、心配になるというより、想像をめぐらせてふしぎに思った。
数の世界を見ておなかがいっぱいになって、やせてしまっても平気で走れるなんて、どういう具合なんだろう?
「でも、とっても甘くてふわふわなんです。少し、どうですか」
るりなみは綿菓子の頭をちぎって、かずよみに差し出した。
かずよみは「ほう」と受け取ると、もぐもぐと口に入れた。
だがその甘さややわらかさに感動するようでもなく、口を開いた。
「それでな、普段は、私に見える数の海も、もうちっとな、調和しているのだよ」
もうちっと、と指先でその量をあらわそうとして、かずよみは首を振った。
「むぅ、もうちっと、どころではないな。きちんと調和の取れた世界だったのだ。それが今や、この王都全体が、ひずんで渦巻いているようだ。年が明けた頃からだな」
るりなみは「えっ」と声をあげた。
「そんなに最近、王都全体が、おかしくなってしまったんですか?」
「うむ。今年の祭りでは、月の加護ばかりがあらわれたというだろう?」
それは、るりなみとゆめづきが参加した、年越しの晩の「夜めぐりの祭り」のことに違いなかった。
その祭りの結果、王都のほとんどの家が、内にこもる幸せをあらわす「月」の形を、今年の運勢を示すものとして受け取ったのだった。
かずよみは、空をにらむように見あげながら言った。
「私の推測では……この王都は、あるいはこの王国は、時空のくぼみにはまってしまっているのではないか、と思うのだ」
「時空のくぼみ?」
るりなみはそのふしぎな言葉をくりかえす。
「通常の時空では、数は調和して並んで、万物の流れに浸っているものだ。それが、その万物の流れから落ちくぼんだ場所に、このあたりの世界は、はまりこんでしまったのではないかと……そのくぼみの中では、すべての数の並びがちっとひずんでいて、おかしいのだ」
「そうなんですか」
そう答えながらも、るりなみには、想像はまったくつかない。
はむっ、と綿菓子を食べるたび、時空の話は頭から抜けていってしまう。
かずよみがぱっと立ち上がって、小さな子どものような足取りで近づいていく。
ゆめづきが「あっ」とベンチから腰を浮かせるが、かずよみが菓子売りの青年となごやかに話す様子を見て、追うのをやめた。
ゆめづきとるりなみが見守るうちに、かずよみが、内に着こんでいた服のポケットから、金銀の組まれた硬貨を取り出すのが見えた。
硬貨を手渡された菓子売りの青年は、しばらく驚いたようにそれを見つめたあと、何枚もの紙幣のお釣りと、台車に並べていた綿菓子を二つ、かずよみに渡した。
綿菓子は、台車に並べられた菓子の中で、一番大きなものだった。
「おおきに!」と声をあげて、菓子売りはまた台車を押して去っていく。
かずよみは大きな綿菓子を持って、ベンチに帰ってきた。
「ゆめづきと、ほれ、るりなみに」
「ありがとう……!」
るりなみは、頭がすっぽり包まれてしまうほど大きな綿菓子を差し出され、菓子に刺された棒を手に持った。
隣のゆめづきも、同じように受け取る。
「ありがとう、父様はいらないのですね?」
「ああ。私は、見える景色でおなかがいっぱいになるのでね」
るりなみは改めてかずよみを──祖父をまじまじと見つめる。
紙幣を握りしめる手も、それを支える腕も、枝のように細く、だぼだぼの衣服の下の体もやせきっているのがうかがえる。
普段も、ごはんをあまり食べていないのかな……。
るりなみは、心配になるというより、想像をめぐらせてふしぎに思った。
数の世界を見ておなかがいっぱいになって、やせてしまっても平気で走れるなんて、どういう具合なんだろう?
「でも、とっても甘くてふわふわなんです。少し、どうですか」
るりなみは綿菓子の頭をちぎって、かずよみに差し出した。
かずよみは「ほう」と受け取ると、もぐもぐと口に入れた。
だがその甘さややわらかさに感動するようでもなく、口を開いた。
「それでな、普段は、私に見える数の海も、もうちっとな、調和しているのだよ」
もうちっと、と指先でその量をあらわそうとして、かずよみは首を振った。
「むぅ、もうちっと、どころではないな。きちんと調和の取れた世界だったのだ。それが今や、この王都全体が、ひずんで渦巻いているようだ。年が明けた頃からだな」
るりなみは「えっ」と声をあげた。
「そんなに最近、王都全体が、おかしくなってしまったんですか?」
「うむ。今年の祭りでは、月の加護ばかりがあらわれたというだろう?」
それは、るりなみとゆめづきが参加した、年越しの晩の「夜めぐりの祭り」のことに違いなかった。
その祭りの結果、王都のほとんどの家が、内にこもる幸せをあらわす「月」の形を、今年の運勢を示すものとして受け取ったのだった。
かずよみは、空をにらむように見あげながら言った。
「私の推測では……この王都は、あるいはこの王国は、時空のくぼみにはまってしまっているのではないか、と思うのだ」
「時空のくぼみ?」
るりなみはそのふしぎな言葉をくりかえす。
「通常の時空では、数は調和して並んで、万物の流れに浸っているものだ。それが、その万物の流れから落ちくぼんだ場所に、このあたりの世界は、はまりこんでしまったのではないかと……そのくぼみの中では、すべての数の並びがちっとひずんでいて、おかしいのだ」
「そうなんですか」
そう答えながらも、るりなみには、想像はまったくつかない。
はむっ、と綿菓子を食べるたび、時空の話は頭から抜けていってしまう。
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