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第10話 時の訪問者
1 悪夢ふたたび
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深い森や湖のあいま、ユイユメ王国にはいくつか、王都のような街がそびえています。
ある街は「魔術と音楽の都」、またある街は「学術と数秘の都」とも呼ばれています。
さまざまな術師や職人が修行のために訪れる、王国各地の文化の都。
王子るりなみの先生である宮廷魔術師ゆいりも、そんな街で育ったといいます──。
* * *
るりなみは、悪夢の中にいた。
小さな鉢から伸び出した植物のつるや葉が、うねうねとひとりでに伸び続ける。
あわてて鉢に押し込めようとするるりなみの周りで、あふれ続けるつるが、大きく振りかぶっておそいかかってくる……。
わぁ、と声をあげて逃げ出すと、振り向いたうしろには、るりなみを呑み込むような巨大な花が、ぐばりと口を開いて……。
がばり、とるりなみははね起きた。
恐怖のために体はしびれ、汗ひとつかかず、冷えきっていた。
それでもそこは、王宮のいつもの朝の部屋だった。
もうずいぶん高くのぼった陽が、明るい光をさんさんと天窓から降らせている。
ほっと息をつこうとしたるりなみは、その朝の光のもとに照らされた部屋を見て、固まった。
ベッドの向こう半分には……蛇のように太い植物のつるが、うねるように伸びて絡まりあい、その真ん中には巨大な花のつぼみが、るりなみを見下ろしていた。
「うあっ」
るりなみは布団の中に体の半分を残したまま、とっさにあとずさった。
ばんっ、とるりなみはベッドの頭の板にぶつかって、その振動が、大きなつぼみをぐわんぐわんと揺らした。
「あ、あああ……っ」
ぶつけた体の痛みもわからないほど、るりなみは混乱していた。
ここはまだ悪夢の中なのだろうか、夢から覚めたと思ったのに、きっとまだ夢の中に……。
るりなみが歯をがちがち鳴らしながらそう考えるうちに、巨大なつぼみが、ゆっくりと星の形に開いていった。
それは、昨日るりなみの部屋からあふれ出て、るりなみとゆめづきを追い回した、あの植物の星形の花が巨大になったものだった。
開いた花の真ん中には、実の中にあるような核がついていて、ガラスのような透明の殻で覆われている。
光を反射して虹色に見えるその殻が、ぱきり、と音を立てて、内側から割れた。
そしてその奥から、まるで花にもぐりこんでいた蜂が這い出してくるようにして、黒いものが顔を出した。
「あ……っ」
それを見たとたん、どうしようもない恐怖が、驚きに変わった。
花の奥から現れたのは、るりなみと同じほどの歳の子どもの、おかっぱの黒髪だった。
その髪は揺れて、すきまから一瞬、息を呑むほど美しいその子の顔が見えた。
男の子か、女の子か。
あるいは人間や妖精なのか、精霊なのかもわからない。
るりなみが目をいっぱいに見開いてあぜんとしているうちに、どさり、とその子がるりなみのベッドの上に落ちてきた。
布団の下のるりなみの両足が、その子の下敷きになる。
とても重くて、るりなみはとっさに悲鳴をあげようにも声も出せなかった。
精霊ではないことは、よくわかった。
「痛ってぇ!」
美しい顔をゆがめて、きれいな声に似合わない乱暴な言葉を放って、その子が起き上がる。
それでもやっぱり、布団の下にるりなみの体を踏んづけていた。
るりなみは、わけがわからなかった。
まだ夢から覚めず、新しい夢がはじまったのかもしれない、と思う余裕もなかった。
なぜなら、その子には、とてもはっきりと見覚えがあって……。
ある街は「魔術と音楽の都」、またある街は「学術と数秘の都」とも呼ばれています。
さまざまな術師や職人が修行のために訪れる、王国各地の文化の都。
王子るりなみの先生である宮廷魔術師ゆいりも、そんな街で育ったといいます──。
* * *
るりなみは、悪夢の中にいた。
小さな鉢から伸び出した植物のつるや葉が、うねうねとひとりでに伸び続ける。
あわてて鉢に押し込めようとするるりなみの周りで、あふれ続けるつるが、大きく振りかぶっておそいかかってくる……。
わぁ、と声をあげて逃げ出すと、振り向いたうしろには、るりなみを呑み込むような巨大な花が、ぐばりと口を開いて……。
がばり、とるりなみははね起きた。
恐怖のために体はしびれ、汗ひとつかかず、冷えきっていた。
それでもそこは、王宮のいつもの朝の部屋だった。
もうずいぶん高くのぼった陽が、明るい光をさんさんと天窓から降らせている。
ほっと息をつこうとしたるりなみは、その朝の光のもとに照らされた部屋を見て、固まった。
ベッドの向こう半分には……蛇のように太い植物のつるが、うねるように伸びて絡まりあい、その真ん中には巨大な花のつぼみが、るりなみを見下ろしていた。
「うあっ」
るりなみは布団の中に体の半分を残したまま、とっさにあとずさった。
ばんっ、とるりなみはベッドの頭の板にぶつかって、その振動が、大きなつぼみをぐわんぐわんと揺らした。
「あ、あああ……っ」
ぶつけた体の痛みもわからないほど、るりなみは混乱していた。
ここはまだ悪夢の中なのだろうか、夢から覚めたと思ったのに、きっとまだ夢の中に……。
るりなみが歯をがちがち鳴らしながらそう考えるうちに、巨大なつぼみが、ゆっくりと星の形に開いていった。
それは、昨日るりなみの部屋からあふれ出て、るりなみとゆめづきを追い回した、あの植物の星形の花が巨大になったものだった。
開いた花の真ん中には、実の中にあるような核がついていて、ガラスのような透明の殻で覆われている。
光を反射して虹色に見えるその殻が、ぱきり、と音を立てて、内側から割れた。
そしてその奥から、まるで花にもぐりこんでいた蜂が這い出してくるようにして、黒いものが顔を出した。
「あ……っ」
それを見たとたん、どうしようもない恐怖が、驚きに変わった。
花の奥から現れたのは、るりなみと同じほどの歳の子どもの、おかっぱの黒髪だった。
その髪は揺れて、すきまから一瞬、息を呑むほど美しいその子の顔が見えた。
男の子か、女の子か。
あるいは人間や妖精なのか、精霊なのかもわからない。
るりなみが目をいっぱいに見開いてあぜんとしているうちに、どさり、とその子がるりなみのベッドの上に落ちてきた。
布団の下のるりなみの両足が、その子の下敷きになる。
とても重くて、るりなみはとっさに悲鳴をあげようにも声も出せなかった。
精霊ではないことは、よくわかった。
「痛ってぇ!」
美しい顔をゆがめて、きれいな声に似合わない乱暴な言葉を放って、その子が起き上がる。
それでもやっぱり、布団の下にるりなみの体を踏んづけていた。
るりなみは、わけがわからなかった。
まだ夢から覚めず、新しい夢がはじまったのかもしれない、と思う余裕もなかった。
なぜなら、その子には、とてもはっきりと見覚えがあって……。
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