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第9話 星菓子の花
10 星の実のゆくえ
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植物は、やはりるりなみの部屋から伸び出したものだった。
ゆいりの魔法の矢によって、植物そのものはあとかたもなくなっていたが、他の鉢植えや調度品が散乱して、部屋はひどいありさまだった。
午後いっぱいかけて、みつみたちにも手伝ってもらいながら、るりなみは部屋を片づけた。
夜になり、なんとかきれいになった部屋で、るりなみは早いうちに布団をかぶった。
今日はもうくたくただ……。
振り回された心のことも、明日からのことも、すべて忘れて眠ってしまいたかった。
雪はやんで、天窓の上の夜空には、雲の切れ間にいくつかの星が見える。
そんな夜空に包まれるようにして、るりなみが眠りに落ちようとした頃。
「るりなみ様」
優しいゆいりの声が聴こえて、るりなみははっと体を起こした。
夢の中で呼ばれたのだろうか、それとも……、とあたりを見回すうちに。
「夜分に失礼します、るりなみ様」
ぎい、と扉があけられて、灯りを持ったゆいりが顔をのぞかせた。
るりなみはびっくりしながら「ゆ、ゆいり!」と声をあげる。
ゆいりはベッドのそばまでやってきて、にっこりと微笑んだ。
「るりなみ様が、ゆめづき様とつくってくださったお菓子、とても美味しかったです」
え、とるりなみはベッドからおりて、ゆいりに向き合った。
「どうして、みんなぐちゃぐちゃになってしまったはずじゃ……」
「厨房を訪ねましたら、みつみさんが、残っていたものをくださいまして」
るりなみは目を見開いた。
ゆいりは少しおどけるように首をかしげて笑った。
「るりなみ様がはじめてつくったお菓子をいただけるなんて、私は王国一の幸せ者です」
その笑顔を見たら……、るりなみの目に、涙がにじみかけた。
悲しい涙でも、情けない涙でもない。
あの星の花の蜜のように、じーん、と幸せが広がるような涙だと思った。
* * *
るりなみはゆいりに見守られながら、あたたかなベッドに潜りこんだ。
「灯りを消しますね」
「はい、ゆいり、おやすみなさい」
「おやすみなさい、素敵な夢に揺られてくださいね」
そんなやりとりをして、ゆいりが去っていったあと。
るりなみの影だけが、そろりと起き上がり、ベッドの下をのぞきこんだ。
そして、るりなみの影は、それを見つけた──消えずに残った、星形の実のような花がひとつ、夜の影にまぎれて転がっているのを──。
第9話 星菓子の花 * おわり *
第10話 時の訪問者 へ * つづく *
ゆいりの魔法の矢によって、植物そのものはあとかたもなくなっていたが、他の鉢植えや調度品が散乱して、部屋はひどいありさまだった。
午後いっぱいかけて、みつみたちにも手伝ってもらいながら、るりなみは部屋を片づけた。
夜になり、なんとかきれいになった部屋で、るりなみは早いうちに布団をかぶった。
今日はもうくたくただ……。
振り回された心のことも、明日からのことも、すべて忘れて眠ってしまいたかった。
雪はやんで、天窓の上の夜空には、雲の切れ間にいくつかの星が見える。
そんな夜空に包まれるようにして、るりなみが眠りに落ちようとした頃。
「るりなみ様」
優しいゆいりの声が聴こえて、るりなみははっと体を起こした。
夢の中で呼ばれたのだろうか、それとも……、とあたりを見回すうちに。
「夜分に失礼します、るりなみ様」
ぎい、と扉があけられて、灯りを持ったゆいりが顔をのぞかせた。
るりなみはびっくりしながら「ゆ、ゆいり!」と声をあげる。
ゆいりはベッドのそばまでやってきて、にっこりと微笑んだ。
「るりなみ様が、ゆめづき様とつくってくださったお菓子、とても美味しかったです」
え、とるりなみはベッドからおりて、ゆいりに向き合った。
「どうして、みんなぐちゃぐちゃになってしまったはずじゃ……」
「厨房を訪ねましたら、みつみさんが、残っていたものをくださいまして」
るりなみは目を見開いた。
ゆいりは少しおどけるように首をかしげて笑った。
「るりなみ様がはじめてつくったお菓子をいただけるなんて、私は王国一の幸せ者です」
その笑顔を見たら……、るりなみの目に、涙がにじみかけた。
悲しい涙でも、情けない涙でもない。
あの星の花の蜜のように、じーん、と幸せが広がるような涙だと思った。
* * *
るりなみはゆいりに見守られながら、あたたかなベッドに潜りこんだ。
「灯りを消しますね」
「はい、ゆいり、おやすみなさい」
「おやすみなさい、素敵な夢に揺られてくださいね」
そんなやりとりをして、ゆいりが去っていったあと。
るりなみの影だけが、そろりと起き上がり、ベッドの下をのぞきこんだ。
そして、るりなみの影は、それを見つけた──消えずに残った、星形の実のような花がひとつ、夜の影にまぎれて転がっているのを──。
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第10話 時の訪問者 へ * つづく *
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