星天師〜星空の湊〜

下村美世

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宇宙へやってきた

疑問と困惑、太陽の星天師現る①

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「え、質問しかないんですけど、いいです?」

「え」

え。じゃないわよ。
この話、明らかに不自然なところが多々あるじゃないの。
色々言いたいけど、この神がキャパオーバーしないように大まかな疑問点からいこう。

「まあ私の意思は今は置いときましょう。まず、 先程9柱の神、と仰ってましたよね。9柱、いないのはどういうことです?敬称省きますけどアポロン、マーキュリー、アフロディーテ、アレス、ゼウス、サターン、ウラノス、ネプチューン…8柱しか、ありません。どういうことなの?」


あはは、とアポロンは顔を歪めた。
この神はすぐこういう、微妙そうな顔をする。
なんだか人生疲れてそうな神だな、などと思った。
あ、違うか。人生じゃなくて神生。
…読みが一緒だな。


「まあ、そこは痛いところなんだがな。実は太陽系星天師は割と最近まで…。そうだな、人間にとってはもう10年ほど前になるが、我々神にとってはさして遠くはない昔、冥王星も私たち太陽系星天師の仲間だったんだ。今は少し事情があって冥王星は太陽系から省くことにしていて、敵対関係にある。…私がいけなかった。つい、9柱と呼んでしまうが、今は8柱と言った方が正しい」

冥王星…確か2006年に太陽系惑星から除外されたのを覚えている。
私は昔からあまり外に出ない性質で、家にこもって調べ物ばかりしていた。…それくらいしか、できることがなかったという方が正しいか。
まあその一環で、冥王星除外のことも知った気がする。

地球と宇宙での出来事がリンクしているのはたまたまだろうか?それとも、意図があるのだろうか。

…そんなことは今はいい。

それより、最大の疑問をぶつける

「ま、いいです。というか、後で暴いてやりますし」

アポロンは面白そうに笑った。
今度の笑顔はあの苦々しい笑顔ではない。
面白いものを見つけた、そんな時の私と同じ目をしている。

なんだ、いい目、できるんじゃん。
その方がずっといいよ。

「ふふ。千鶴は本当に面白い人間だね」

「面白い?」

面白いなど、初めて言われたからキョトンとしてしまう。


“嫌い”、“空気読めない奴”、“キツい”、“冷たい”…こんな自分に対するマイナスな言葉を浴びてきた私にとって、“面白い”という言葉と無縁かと思っていた。

あ、でも思い出した。

確か由梨も、私の話を聞いて“面白い”などと言っていた。


由梨は物好きだなと思って聞き流してはいたけど、思えば何故由梨は私を選んだのだろう。

彼女は明るく社交性があって、別に私でなくとも友人は沢山いたのだ。
案の定私と由梨が一緒にいるとヒソヒソと陰口を言われることだってあった。

それなのに、由梨は私を親友として扱ってくれたのだ。

心から物好きな人だと思うけれど、由梨のことを思い出すと目頭が熱くなる。…いかんな、私もまだまだ脆いみたいだ。
人前ではなるべく泣きたくない。


それをアポロンから悟られないように、私は次なる質問を提示する。

「なんで、地球には星天師がいないのですか?」


ごく、真っ当な質問だろう。
この話を聞いた誰もが疑問に思うことだ。

だから、アポロンも相応の答えを用意してくれていると。
そう、思ってた。


…のに。


「…な、に?」

え?

アポロンが真っ青になって震えだした。

そ、そんなにこの質問地雷なのか?


「いや、ですから!地球には神及び星天師はいないのかと」

アポロンはハッとして、苦笑いをする。

「あ、ああ。…地球人は我々の想像以上に発達してしまってな。もはや我々でも統制することは不可能だと考えた。地球は豊かな自然があるかもしれないが、荒野の火星や地表がガスで出来ている木星などは農業などはまず無理だからな。惑星が相互に協力しなければ成り立たぬのだ。それが、星天師を生み出す概念にも繋がっていく」


アポロンの挙動は気になるが、説明は納得できた。
地球はなんでも備えているから。
だから助け合わなければ成り立たない他の惑星とは違うのだ。

納得してやろうじゃないか。

先程から話を聞いていて、私は星天師になってみたいと思った。

理由は単純。由梨の手がかりを掴めないまま死にたくはないからだ。
この“風間千鶴”の意識の中で、私は彼女を再び探したい。
生きてるか死んでるか分からない。
そもそも、由梨が何者かもすら分からない。


おかしい、普通ではない。
由梨のことをそう思ったのは初めてではない。
家族の姿を一切見ないこと、中学生なのに一人暮らしをしていること。
収入はどこからきているの?由梨は何故1人で住んでいるの?

そんな私の質問に、彼女は一向に答えようとはしなかった。

彼女は普通の女の子と定義するには不自然な点が多いのだ。

しかし、由梨自身が私は好きだったから。
大好きだったから。
だから不自然さを好意で補っていたんだ。
由梨のこと、悪く思いたくなかったし。

本当は私も、心の底では由梨のことを怪しく思っていたのだ。


そして、由梨はこの太陽系の制度、星天師についての知識を持っていたな違いない。
たとえ星天師についての知識は持っていなくとも、私をここに送ってきたのは由梨なのだ。


由梨が、真相の鍵を握っている。


しかしあの時の、事故の記憶。

1つだけ引っかかる発言があった。
「私と引き換えに千鶴を助ける」と。
由梨はそう言った。

あれはどういう意味なのか。

私をここに送り込むには、由梨を犠牲にしなければならないということか。


そんなの絶対認めない。
由梨は生きているはずだ。
由梨の正体を突き詰め、そして尋ねたい。

どうして私を助けてくれたのか。
由梨は何を考えていたのか。



聞きたいことなどたくさんある。
しかし、そのためには私は星天師をしなければならない。
別に嫌ではないのだが、秘書ということは行動が上司に制限されそうで。
あまり自分の気風には合わない。
でも地球だってそうなのだ。
自分の望みを叶えるには上の者に媚びを売るしかない。
それができなくて、媚びたくなくて、私は順調に孤立していった。
どんなに努力しても頭が良くても、人望がなければ昇進は望めない。

私は今、由梨と再会するという明確な目標を定めた。
ならば、やってやろうではないか。

私が生前することができなかった媚び売りとやらを。

もちろん自分の信念は変えない。根っこの部分は残す。
私がここでいう媚び売りとは、可愛こぶるという意味ではない。
上司の言うことに従う部下になろうって意味だ。


私は顔を上げた。
決心は、ついたから。



「アポロン。私は、星天師になりま…」

その時だった。


私の周囲が強烈な赤光に覆われた。

「うわっ!?な、何!?」

目がチカチカする。
突然の出来事に、思わず私は尻餅をついた。

「あ、私の星天師が来たかな」

アポロンは呑気そうに周囲の光を見やる。

「はあ!?おたくの星天師、こんな派手な登場の仕方するんですか!」

「いや、それはここの場所が特別だからだよ。外部から入ろうとすると空間に歪みが出来てこういうことになる」

「…やっぱり」


アポロン神登場という衝撃的な出来事&衝撃的な説明会で私は忘れかけていたが、この空間は異様だ。

体がフワフワ浮いている。無重力という状態で、気温は暑いのか寒いのか分からない。ぬるいというわけでもない。変な感じ。

なのに先ほどアポロンが私を自分の背後に呼び寄せた時、私は足がもつれたがしっかり歩けたのだ。


そこでお得意の考察をしてみたのだが、考えられる答えは1つ。

「この空間、アポロンが支配しているんじゃない?」

私の答えにアポロンは得意げに笑った。


「流石。そう、ここは私が支配している太陽の宮。千鶴、先程言った通りお前はまだ死んでいない。瀕死だ。今は私の力で生きているが、この空間を出たら確実に死ぬ」

「なるほどね。…体に傷がないのも」

「そうだ。私の保護下に置いてあるからだ。今は私の力でお前の体を元に戻しているが、本当のお前は血だらけのボロボロだ」

「そりゃ困ったわね。死ぬわけにはいかな…」

「アポロン様ーっ!今、書類整理終わったネ!」

ハッキリとした大きな声が私の言葉をかき消した。
アポロンの背後に突然現れた黒いマスクをした茶髪の青年は、妙なイントネーションの喋り方をしていた。

アポロンの顔が綻ぶ。

「ああ。お前丁度良かった。この空間に入るのは苦労したろ。」

「ううん!大丈夫です!!俺、太陽星天師ダカラ!それより、女の子!新しい星天師!?」

「ああ。風間千鶴という」

「まだやるとは一言も言ってませんがね」

「おや?さっき星天師やりますと言ったろ」

流石神様。あの赤光に邪魔されても私の声が届いていたのね。

「まあでも、はい。星天師やりますので」

すると青年は顔をパアッと明るくさせて私の手を握った。

「よろしくね!」

握った私の手を上下にブンブン振るとニコッと満面の笑み。

ちょっ!スキンシップ激しいな!
まあでもきっとこの青年が太陽の星天師で、“最高位星天師”と呼ばれる存在だろう。

その名称に相応しくこの青年はどこか威力があった。
なんだろう、貫禄?
どういう作用か分からないが、どこか高潔な部分がありそうだ。

私もそっと手を握り返した。


「改めて、私は風間千鶴と申します。16歳です。地球の、日本という国からやってきました。天王星の星天師になるそうです」

すると青年、少しハッとした顔をした。
驚き顔ではなく、何か悟ってしまったような、そんな顔。
一瞬だが、確かにそういう顔をした。

神が神だけに、その星天師も表情に出やすいタイプのようだ。

彼はすぐにニコニコ顔に戻ると、マスクを取り外した。

うわぁ。


さっきは遠くて分からなかったけど近くで見るとかなりの美形だ。
少し癖のある耳元で切られた明るい茶髪はおそらく地毛のようだ。傷んでいるわけでもなく、髪の毛の色素が薄い人なのだと思った。

目は一重まぶたで大きく、澄んでいた。
どこまでもまっすぐで綺麗な瞳だ。

顔も綺麗だが特筆すべきはそのスタイル。
モデルのように手足が長く、身長もかなり高い。
目算で185くらいありそう。

彼は赤色のチャイナ服を着ていたので七分袖から足が覗いていたが、筋肉が程よく付いていた。
全体的に細身だがガリガリというわけではなく、本当に理想のスタイルだなと思う。

…思わずジロジロみてしまった、反省。

彼は私の観察を特に言及することなく、ニコニコしながらこう言った。



「こんにちは!俺は李余暉リヨキですよ!今で言う、中国出身ネ。よろしく、チヅル!!!」

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