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40.対話

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 とは言え、相手は王族だ。帰れと言うことも、アグリッパの魔法で強制的に屋敷から追い出すこともできない。ヴィクターから何も命じられていない以上は。

 なので仕方なく応接間まで案内する。茶と菓子を出してやると、エルネストはそれを近衛兵に毒味をさせつつ訝しげに尋ねた。

「小娘はどこだ? 先程探し回ったのだが、姿が見えなかった」

 屋敷の中を歩き回っていたのは、サリサを探すためでもあったらしい。
 アグリッパは不快感が表に出ないよう、笑顔のまま答えた。

「ハイドラが散歩がてら、どこかへ連れて行ってしまいました。暫く戻ってこないでしょうね」
「だったら今すぐに連れ戻せ」
「何故?」

 間髪入れずに命じられ、アグリッパはわざとらしく首を傾げてみせた。

「この私が会いに来てやったのだぞ。それを無視するとは失礼に当たるではないか」

 そう言ってエルネストは、毒味を済ませた紅茶を啜った。
 しかしその物言いは納得できるものではなかったのか、ヴィクターの眉間に皺が寄る。

「こちらの都合を一切考えず、やって来たのはお前たちだ。何故そんな連中にへつらう必要はない」
「ですね」

 これにはアグリッパも心の中で主に喝采を送った。

「ふん、お前は相変わらず何も分かっていないな。私はいずれ母上に代わって王の冠を被る男。傲慢に気高く生きるのは、権利であり義務なのだ」
「……お前の価値観はどうでもいいとして、何故俺の伴侶について知っている? 知るのは女王陛下とその側近だけだ。お前には王女殿下のように、読心の魔法を持っているわけではないだろう」
「母上が何かを隠しているのは知っていた。だが私に教えようとしなかったので、勝手に文書を読ませてもらったよ」

 女王の怒りを買っても知らないぞ、とアグリッパは目を細めた。
 サラ王女も好き勝手行動するタイプだが、それでも常識の範囲内で動く。
 だがエルネストは自尊心の高さ故、自分は何もかも許されていると過信しているきらいがある。将来自分が国王になるのだと盲目的に信じているからだ。

「闇魔法の使い手とは最高の嫁を手に入れたのだ。お前の『それ』を消させるのはいつだ?」
「消させるつもりはない」
「何だと?」

 予想していなかった答えだったのか、エルネストは表情を固くした。アグリッパには分かり切った返答だったが。
 彼を納得させるよう、ヴィクターは平坦な声で続ける。

「闇魔法はあらゆるものを彼方へと葬り去る魔法だ。命あるものも、そうではないものも。確かにあれを使えば、俺の体に巣食うものも消せるかもしれない」
「だろう? だったら……」
「ただし彼女の身に何も影響が出ないとも限らない」
「出ないかもしれないんだ。試す価値はあると思うぞ」
「……お前はそう思うのか」

 同意を得られたと確信し、エルネストは無言で頷く。

「少しでも彼女が苦しむ可能性があるなら、そんな価値はない」

 だが、ヴィクターが示したのは明確な拒絶だった。
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