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39.客人

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「何をしていらっしゃるのです?」
「書庫の整理だ」

 サリサがいなくなってから暫くして、書庫へ向かった主を追いかけてみると、夥しい数の本が宙を飛び交っていた。
 まるで虫の大群が飛び交っているような光景。しかし異変はそれだけではなく、長身のアグリッパでさえ脚立を使わなければ届かないほどの高さの本棚が幾分か縮まっている。
 それによってあぶれた本たちは、四層・・に設置された本棚へ収納されていく。アグリッパの記憶が正しければ、この書庫は三層構造だ。だが本の置場所がないので空間を広げて、新たなスペースを文字通り作ったのだろう。昨晩に訪れた時よりも天井が遠ざかっている気がする。

(毎度のことながら規格外なことをやってのける人だな)

 一定の範囲内の空間を拡張する魔法を使えるエルフなど、現在ヴィクターを含めて何人いるか。
 アグリッパも自他ともに認める空間魔法の達人だが、せいぜい亜空間をいつでも持ち運びのできる物置代わりにしたり、ある範囲に架空の世界を・・・・・・被せて・・・その場所を隠したりする程度。空間そのものを変質させる魔法なんて、何百年修行を積めば会得できるやら。

「しかし、随分と大がかりですね」
「サリサの背では脚立を使っても届かない本が多い」
「だから本棚を低くすると。あなたか、私たちがいれば何も問題ないと思いますが」
「一人で書庫を訪れたい時もあるだろう。それに俺たちに悪いと考えて、本を取って欲しいと言いづらくなるのが目に見えている」

 だから彼女が一人でも快適に本を選べるように、こうして大改造をしている。最高峰の魔法を存分に駆使して。
 このような光景をレイティスの者たちが見たら、卒倒してしまうかもしれない。

「まさかサリサ様をレイティスに行かせたのは、内緒で書庫を造り変えるためでもあったんですか?」
「いや、これは単なる思いつきだ。サリサをハイドラに同行させたのは陛下の指示によるものだった。……陛下は恐らく息子の動きを予測していたのだろう」
「息子? ああ……あの単細胞ですか」
「…………」

 ヴィクターが無言でアグリッパを睨む。王家の者をそんな風に呼ぶなとでも言いたいのか。
 ハイドラも女王を「ばあちゃん」呼ばわりしていたが、あちらは愛着と親しみを込めた呼び名である。しかしアグリッパの場合は完全に侮蔑の意味があった。
 どうもあの男が気に食わないのだ。極力顔を合わせたくない、とまで思っている。

 ただこういうことは、強く願えば願うほど叶わないのがこの世の道理だ。
 アグリッパは不快感で眉を顰める。先程から嫌な気配が屋敷に入り込んでいたのは分かっていた。ヴィクターが無視を続けていたので、自分も気づかない振りをしていたが、まっすぐこちらに向かってきているのなら話は別だ。
 不法侵入ならまだしも、屋内を好き勝手動き回るとは。

「ほお、中々広い書庫ではないか。是非王宮にも欲しいものだな」

 一言発しただけで傲慢な性格だと分かるのは、一種の才能だ。
 アグリッパが作り笑いを顔に貼り付けて振り返れば、銀髪の男が口元を吊り上げながら扉に寄りかかっていた。
 その背後には強張った表情の近衛兵が数人。可哀想に、主の命令に逆らえず同行せざるを得なかったのだろう。

「……何の用だ、エルネスト」

 ヴィクターが男の名を呼ぶ。
 本の動きが一斉に止まり、訪れた静寂を踏み荒らすかのように彼は高笑いをした。

「決まっているだろう。聞いたぞ、ヴィクター。お前が母上の命令で娶った小娘が闇魔法を使えるとな」

 これはサリサがハイドラに連れられてあちらへ向かったのは正解だった。そしてできれぱハイドラの代わりに自分が行きたかったと、アグリッパは心底思った。

「その小娘を使えば、お前の呪いも消すことができるのではないか?」

 こんなことを素で言う男なのだ。相容れられるわけがない。

 




 
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