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31.作戦会議
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散歩から帰ってきた後、サリサはすぐにアグリッパとハイドラに自分の部屋に招いた。
自分たちだけでヴィクターの姿が見えないことに気づいたアグリッパが首を傾げる。
「二人きりでいる時にヴィクター様から何かすごいことをされて、それに関する相談とかで?」
「違うんです、ヴィクター様は何もしてません。私がこれからヴィクター様に多分……すごいことをするんです!」
夫に濡れ衣が着せられないよう強く否定すると、アグリッパからは穏やかな笑みが返ってきた。
「あら、意外と大胆なお方ですね。ですがああいう男はこちらからガンガン攻めると、案外コロッといくものですから」
「ヴィクター様は甘やかされるのもお好きなんですか?」
「自分が満足するまで甘えた後、お返しをするタイプかと。どちらかと言えば尽くす方が好きそうだと思いませんか?」
「そ、それはそうかもしれませんけれど」
確かにヴィクターはハイドラが言っていた通り、世話好きだ。何かとサリサの面倒を見てくれる。
けれど今回は見返りなど求めていないのだ。お返しに甘やかされては意味がない。
「私はヴィクター様が喜んでくだされば、それでいいんです」
「でしたらヴィクター様のお好きにさせるだけでいいのでは?」
「ううん……」
「ご安心ください。サリサ様が怖い、嫌だと一言仰ればちゃんと手を引っ込めてくれますよ」
「こ、怖い? 嫌?」
そう思わせるなんてどんな甘やかし方をするのかと、サリサは疑問を抱いた。ひたすら甘い菓子を食べさせるとか、自分が好きだと言った花で部屋を埋め尽くすとかだろうか。それはとても怖い。
「もしかしたら、アグリッパ様も経験がおありなんですか……?」
「……はっ!?」
アグリッパの口から大きな声が飛び出した。顔色も悪くなっていくところを見ると、どうやら図星か。サリサはアグリッパへ同情の眼差しを向ける。
「アグリッパ様も大変でしたね……」
「待ってください。サリサ様の中で架空の出来事が展開されている気がするんですが」
「私も頑張ってヴィクター様の優しさを受け止めます」
「仲間意識を持たないで! ヴィクター様にドロドロのデロデロに愛されるのはあなただけですから!」
ここまで焦るアグリッパは見たことがない。余程トラウマに……? とサリサが戦慄していると、ずっと黙っていたハイドラが怪訝そうに口を開いた。
「待てや、お前ら。絶対互いに違うこと考えてるだろ」
「? 私はいつもヴィクター様にお世話になっているので、日頃のお礼を込めて何かしてあげたいと考えていました」
そう答えると、アグリッパはハッとした表情を見せてから安堵の溜め息をついた。
「あ、ああ~……、そういうことでしたか」
「アグリッパお前、何考えてたんだよ」
「黙秘権を行使します」
アグリッパは綺麗な笑顔でそう言った。そんな相方に首を傾げてから、ハイドラは腕を組んで唸った。
「あいつのために何かねぇ」
「私一人では全然思いつかなかったんです。お付き合いの長いお二人からアドバイスを貰おうと思ったんですけれど」
「分からん!」
「こら。サリサ様は真剣に考えているんですから、もっと頭を使って真剣に考えなさい」
「分からないもんは分からないだろ。本以外であいつが好きなことってあったか?」
ハイドラに聞かれ、アグリッパは「そうですねぇ」と天井を仰ぎ見た。
「猫のぬいぐるみでもあげればきっと喜びますよ」
「猫ですか?」
「猫が大好きなのはお前だろ」
「可愛いじゃないですか、猫。ふわふわしてて小さいし」
アグリッパが猫好きだと判明したが、今知りたいのはヴィクターが好きなものである。
この後も「庭園の木にくっついてるカブトムシをやろう」、「どこのわんぱく小僧ですか。あなたが喜ぶだけでしょ」となどと不毛な会話が続き、結局結論は出なかった。
(こうなったら、本人に直接聞いてみよう)
そう思いながらサリサは、書庫の隅に置かれていた脚立を運んでいた。
今日はマルリーナ国やレイティス国以外の作品を読みたいと思ったのだが、お目当ての本がサリサの背では届かない場所にあるのだ。
よいしょと脚立を開いて上ろうとしていると、取ろうとしていた本が勝手に本棚から抜け出した。
そしてそれはサリサの胸の前でふわふわと浮遊している。
「これでいいか」
いつの間にか横に立っていたヴィクターにそう聞かれたので、サリサは何度も頷いた。
またお世話になってしまった……。嬉しいやら歯痒いやら。
「ヴィクター様」
「何だ」
「私に何かして欲しいことはありませんか?」
「ない」
即答。
心が折れそうになっていると、ヴィクターからの言葉には続きがあった。
「俺のことでお前の時間を使わせたくない」
そう言われてしまい、折れかけていた心がまっすぐに戻った。
どこか自身を卑下しているような彼の言葉に、小さな反抗心が芽生えたのである。
サリサの時間をどう使おうがサリサの自由。ヴィクターに口出しされる筋合いはない。たとえ妻のためを思ってのことだとしても。
(私はあなたに幸せな気持ちになって欲しいのです)
自分たちだけでヴィクターの姿が見えないことに気づいたアグリッパが首を傾げる。
「二人きりでいる時にヴィクター様から何かすごいことをされて、それに関する相談とかで?」
「違うんです、ヴィクター様は何もしてません。私がこれからヴィクター様に多分……すごいことをするんです!」
夫に濡れ衣が着せられないよう強く否定すると、アグリッパからは穏やかな笑みが返ってきた。
「あら、意外と大胆なお方ですね。ですがああいう男はこちらからガンガン攻めると、案外コロッといくものですから」
「ヴィクター様は甘やかされるのもお好きなんですか?」
「自分が満足するまで甘えた後、お返しをするタイプかと。どちらかと言えば尽くす方が好きそうだと思いませんか?」
「そ、それはそうかもしれませんけれど」
確かにヴィクターはハイドラが言っていた通り、世話好きだ。何かとサリサの面倒を見てくれる。
けれど今回は見返りなど求めていないのだ。お返しに甘やかされては意味がない。
「私はヴィクター様が喜んでくだされば、それでいいんです」
「でしたらヴィクター様のお好きにさせるだけでいいのでは?」
「ううん……」
「ご安心ください。サリサ様が怖い、嫌だと一言仰ればちゃんと手を引っ込めてくれますよ」
「こ、怖い? 嫌?」
そう思わせるなんてどんな甘やかし方をするのかと、サリサは疑問を抱いた。ひたすら甘い菓子を食べさせるとか、自分が好きだと言った花で部屋を埋め尽くすとかだろうか。それはとても怖い。
「もしかしたら、アグリッパ様も経験がおありなんですか……?」
「……はっ!?」
アグリッパの口から大きな声が飛び出した。顔色も悪くなっていくところを見ると、どうやら図星か。サリサはアグリッパへ同情の眼差しを向ける。
「アグリッパ様も大変でしたね……」
「待ってください。サリサ様の中で架空の出来事が展開されている気がするんですが」
「私も頑張ってヴィクター様の優しさを受け止めます」
「仲間意識を持たないで! ヴィクター様にドロドロのデロデロに愛されるのはあなただけですから!」
ここまで焦るアグリッパは見たことがない。余程トラウマに……? とサリサが戦慄していると、ずっと黙っていたハイドラが怪訝そうに口を開いた。
「待てや、お前ら。絶対互いに違うこと考えてるだろ」
「? 私はいつもヴィクター様にお世話になっているので、日頃のお礼を込めて何かしてあげたいと考えていました」
そう答えると、アグリッパはハッとした表情を見せてから安堵の溜め息をついた。
「あ、ああ~……、そういうことでしたか」
「アグリッパお前、何考えてたんだよ」
「黙秘権を行使します」
アグリッパは綺麗な笑顔でそう言った。そんな相方に首を傾げてから、ハイドラは腕を組んで唸った。
「あいつのために何かねぇ」
「私一人では全然思いつかなかったんです。お付き合いの長いお二人からアドバイスを貰おうと思ったんですけれど」
「分からん!」
「こら。サリサ様は真剣に考えているんですから、もっと頭を使って真剣に考えなさい」
「分からないもんは分からないだろ。本以外であいつが好きなことってあったか?」
ハイドラに聞かれ、アグリッパは「そうですねぇ」と天井を仰ぎ見た。
「猫のぬいぐるみでもあげればきっと喜びますよ」
「猫ですか?」
「猫が大好きなのはお前だろ」
「可愛いじゃないですか、猫。ふわふわしてて小さいし」
アグリッパが猫好きだと判明したが、今知りたいのはヴィクターが好きなものである。
この後も「庭園の木にくっついてるカブトムシをやろう」、「どこのわんぱく小僧ですか。あなたが喜ぶだけでしょ」となどと不毛な会話が続き、結局結論は出なかった。
(こうなったら、本人に直接聞いてみよう)
そう思いながらサリサは、書庫の隅に置かれていた脚立を運んでいた。
今日はマルリーナ国やレイティス国以外の作品を読みたいと思ったのだが、お目当ての本がサリサの背では届かない場所にあるのだ。
よいしょと脚立を開いて上ろうとしていると、取ろうとしていた本が勝手に本棚から抜け出した。
そしてそれはサリサの胸の前でふわふわと浮遊している。
「これでいいか」
いつの間にか横に立っていたヴィクターにそう聞かれたので、サリサは何度も頷いた。
またお世話になってしまった……。嬉しいやら歯痒いやら。
「ヴィクター様」
「何だ」
「私に何かして欲しいことはありませんか?」
「ない」
即答。
心が折れそうになっていると、ヴィクターからの言葉には続きがあった。
「俺のことでお前の時間を使わせたくない」
そう言われてしまい、折れかけていた心がまっすぐに戻った。
どこか自身を卑下しているような彼の言葉に、小さな反抗心が芽生えたのである。
サリサの時間をどう使おうがサリサの自由。ヴィクターに口出しされる筋合いはない。たとえ妻のためを思ってのことだとしても。
(私はあなたに幸せな気持ちになって欲しいのです)
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