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28.水妖精の怒り(テレーゼサイド)

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 自分だってサリサを捨てたくせに、今更必要としようとするなら図々しい。
 私が不機嫌になっていると、テレンスが今日は好きなだけ装飾品を買っていいと言い出した。女を引き留めようとする男の滑稽さに笑いが込み上げる。

 行きつけの宝石店に入ると、先客で貴族令嬢数人がショーケースの中で輝く商品を眺めていた。
 けれど私たちに気づくと表情を強張らせて、隅へと移動する。あれは確か全員男爵家の娘。私とテレンスよりも格下だと自覚しているようで何より。

「さあ、テレーゼ。何でも選んでいいよ」
「そうねぇ……」

 情熱的な赤いルビーのペンダントも、目映い光を放つダイアモンドのイヤリングも私に似合うと思う。
 けれど私に一番ぴったりなのは青。サファイア、アクアマリン、ラピスラズリ、ブルートパーズ……どれも綺麗だから全部買わせようかと考えていた時、それ・・が私の目に留まった。

「すごい……」

 他とは比べ物にならない、高貴な輝きを放つ青い宝石を使った指輪。
 これがいい。これが欲しい。一目見るなり魅了されてしまった私に店員がにこやかに説明する。

「こちらは稀少なブルーダイアモンドを使用しております。このタイミングを逃せば、次はいつお目にかかれるか分かりませんよ」
「あら。だったら絶対これにするわ。ねえ、いいでしょテレンス」

 ねだるとテレンスは頬を引き攣らせた。
 珍しい宝石だけあって、値段もかなりのもの。けれど何でも選んでいいと言ったのは彼だ。本当なら気に入った装飾品全て買わせてもいいが、シェイル家から金がなくなりすぎると困る。
 今日は一つだけにしようと思っていると、

「偉そうね、テレーゼ嬢」
「自分のせいで、雨が降り続いているのかもしれないのに……」
「サラ王女に失礼なことをするわ、自分より低い立場の人間に傲慢になるわで、水妖精が怒っているって理解していないのよ」

 隅にいた男爵令嬢たちが小声で話しているのが聞こえた。私が睨みつけると、逃げるように店から出て行ったけれど。

 近頃の雨が私のせい。
 そう言われたのは今日が初めてじゃない。
 屋敷で使用人がそんな話をしているのを何度も聞いたし、母も「この雨、あなたが降らせているのかしらね」と溜め息混じりに言っていた。

 そんなわけない。私の行いのせいで水妖精が雨を降らせているなんて。
 だけど問題は雨の原因が何なのかではなく、私が悪く思われ始めていること。
 このまま雨が続く限り、私への陰口も続く。私もサリサと同じように……。

(そんなの無理。耐えられない!)

 どうにかして私がこの国に必要なことを再認識させないと。
 宝石店を出た後もそのことばかりを考える。テレンスが何か話しかけてきたけれど無視した。
 何か、何か水魔法が使える私にしかできないことを。

 必死に考えていると馬車が橋を通過し始める。
 橋の下では水かさを増した川が流れを速くさせていた。灰色の濁流が絶えずどこかへ流れていく。

 その光景を見て私は笑みを浮かべた。
 あの水量なら私でも操作することができるかもしれない。
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