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26.雨の朝(テレーゼサイド)

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 サラ王女は、私が王族である自分に無礼を働いたことを大事にはしないと言った。
 その言葉通り、舞踏会から一週間経っても城からは何の連絡も来ていない。

 安心することなのだと思う。いくら私がこの国を救う切り札だとしても、国同士の問題を引き起こせば厳罰は避けられない。最悪なのは極刑、よくて一生牢屋生活。
 あの女の気紛れによって私は助かったのだ。

「くそ……っ、エルフだからって偉そうに!」

 王女の蔑みの視線を思い出す度に、怒りが込み上げる。
 私があんなことをしたのも、あの女が私ではなくサリサを優先したから。なのに私だけが悪いような目で見下した。それが許せない。許さない!

「ふざけんじゃないわよ! この私を馬鹿にするなんて……!」

 右手に意識を集中させて、水の刃を作り出す。それを投げつけた先にあったのは、誰も座っていない椅子。
 以前ならそこには、情けない格好をした妹がいた。

 妹の皮膚を薄く切り裂くはずの刃は、椅子を破壊しただけで終わった。木を切り刻む耳障りな音が、私をますます苛つかせる。

「うるさいうるさいうるさい!! サリサみたいに黙っていたぶられてなさいよぉ!!」

 物に文句を言っても仕方ないと分かっているけれど、叫ばずにはいられない。
 使用人に調達させた犬や猫、鳥は駄目だった。すぐに死んでしまったし、鳴き声もうるさい。
 やっぱりサリサが一番よかった。小さな動物と違って頑丈で、文句も言わなかったから。

(こんなことなら、あれをゴブリンにやるんじゃなかった!)

 もうすぐで朝食の時間だ。こんな姿両親には見せられないと、何度も深呼吸を繰り返して心を落ち着かせる。
 ある程度冷静さを取り戻したところで部屋を出た。美味しい朝食を食べれば、もっとリラックスできるかもしれない。

「おはようお父様、お母……」

 広間に行くと母の姿だけがあった。面白くなさそうな顔で、音を立てながらスープを啜っている。下品な食べ方を咎める人間は誰もいない。

「お母様、お父様は?」
「昨晩からレヴェリ夫人のところよ」
「そう」

 レヴェリ夫人。エリグラ家と交流のある子爵の妻だったが、その子爵が病死して今は未亡人の身。その頃から父は頻繁に夫人の下に通っている。
 母よりも若い女に夢中になっているのだろう。レヴェリ夫人も父上からの援助を受けて、以前と変わらない生活を送っていられる。

 私はどうでもいいと思っているけれど、母はそうもいかない。父上からの愛を失えば、離婚を切り出されることだって有り得る。

(せめて母も、見た目以外に誇れるものがあればよかったのに)

 昔は見目美しく、引く手あまただった母も経年劣化には抗えなかった。
 厚化粧をして高価な装飾品を身に付けても、顔のしわたるみは誤魔化せない。時の流れに従って緩やかに老いていく。

 魔法が使えず、勉強嫌いで菓子作りなど女性らしい趣味も持たない。そんな女を愛し続けるような男なんて、余程の物好きくらいだ。

(お母様がいなくなればお母様にかける金が浮いて、もっと高いドレスやアクセサリーを買える)

 だから父には早く決断して欲しい。
 そう思いながら窓から外を見ると、昨日の昼間から降り出した雨がまだ続いている。

 今日はテレンスと宝石店に行く予定なのに、こんな天気で外に出たらドレスが濡れてしまう。
 せめて出発前に止んで欲しいと思いながら、私は傍にいるメイドに「パンにバターを塗りなさいよ」と命じた。



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