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8.闇魔法
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ケーキを食べ終えると、揺らいでいた心も落ち着きを取り戻していた。
そして不思議なもので、「ちゃんと事情を説明しよう」という気持ちにもなれた。ヴィクターもアグリッパも非情な性格ではないと分かったからかもしれない。
自分がテレーゼの妹であることも。
テレーゼをゴブリンと結婚させないために、自分が身代わりになったことも。
それを全て受け入れてこの森にやってきたことも全て話した。
ヴィクターは終始無反応で、アグリッパは途中で何度もうんうんと相槌を打ちながら、耳を傾けてくれた。
そして全てを聞き終えるとまず最初の感想が、
「あなた、本当にその家の実子ですか?」
だった。歯に衣着せぬ物言いだったが、尤もな疑問だろうとサリサは思いながら首を縦に振った。
それはアグリッパの中に、更なる疑念を芽吹かせた。
「ですが、いくら長子を守るためとはいえ他から調達するならまだしも、次女を差し出そうとするなんて有り得ませんよ。我が子に対する扱いとは思えない。ヴィクター様もそう思いますよね?」
「俺はそういったことには詳しくない」
「……うちの主はこう言っていますが、一般的にまず考えられないことかと」
主人から望んだ回答を得られず、軽く咳払いをしてアグリッパはそう断言した。
優しい人だ。けれど、それはサリサが持つ『魔法』について知らないから。
(エルフの人たちにこの力を見せたら……嫌われるかな)
エルフは光妖精の子。だから彼らは、人間以上に闇の魔法や妖精を毛嫌いする傾向にあるという。
だが、いつまでも隠しておくわけにもいかないだろう。
言葉で説明するのでなく、実際に見てもらうことにする。
「これが私の魔法です」
ティーカップをひっくり返すと、残っていた紅茶が重力に従って下へ流れ落ちていく。
けれど琥珀色の液体がテーブルや床を汚すことはなかった。
サリサの体から現れた黒い靄。それがカップから放り出された紅茶に纏わりつき、飲み込んでゆく。
やがて靄も消えていき、残されたのは暗い表情の少女だけだった。
「どんなものでも黒い靄が消し去ってしまう闇魔法……与えるのではなく、奪うことしかできない魔法です。私はこれが使えるせいで周囲の人間から恐れられ、嫌われていました」
見せてしまった。言ってしまった。
緊張で全身が震える。先程から無表情の男はどう思っているだろう。
望んだ相手ではない上に、こんなものを持っているなんて──。
「それがどうした」
「……え?」
ヴィクターの反応は予想に反してとても淡白だった。もっと嫌がられると思ったのに。
サリサが目を丸くしていると、アグリッパは笑顔で告げた。
「むしろとても珍しいものが見られて嬉しいですよ。闇魔法を使うことができる人間なんて、初めて聞きましたし」
「ええと……闇魔法ですよ? 不吉な魔法ですよ? 何とも思わないんですか……?」
「思いませんよ。そもそも、闇魔法が不吉だなんて妙なことを仰いますね」
執事は心底不思議そうに首を傾げ、言葉を続けた。
「闇魔法は光魔法と同格の神聖なものですよ」
そして不思議なもので、「ちゃんと事情を説明しよう」という気持ちにもなれた。ヴィクターもアグリッパも非情な性格ではないと分かったからかもしれない。
自分がテレーゼの妹であることも。
テレーゼをゴブリンと結婚させないために、自分が身代わりになったことも。
それを全て受け入れてこの森にやってきたことも全て話した。
ヴィクターは終始無反応で、アグリッパは途中で何度もうんうんと相槌を打ちながら、耳を傾けてくれた。
そして全てを聞き終えるとまず最初の感想が、
「あなた、本当にその家の実子ですか?」
だった。歯に衣着せぬ物言いだったが、尤もな疑問だろうとサリサは思いながら首を縦に振った。
それはアグリッパの中に、更なる疑念を芽吹かせた。
「ですが、いくら長子を守るためとはいえ他から調達するならまだしも、次女を差し出そうとするなんて有り得ませんよ。我が子に対する扱いとは思えない。ヴィクター様もそう思いますよね?」
「俺はそういったことには詳しくない」
「……うちの主はこう言っていますが、一般的にまず考えられないことかと」
主人から望んだ回答を得られず、軽く咳払いをしてアグリッパはそう断言した。
優しい人だ。けれど、それはサリサが持つ『魔法』について知らないから。
(エルフの人たちにこの力を見せたら……嫌われるかな)
エルフは光妖精の子。だから彼らは、人間以上に闇の魔法や妖精を毛嫌いする傾向にあるという。
だが、いつまでも隠しておくわけにもいかないだろう。
言葉で説明するのでなく、実際に見てもらうことにする。
「これが私の魔法です」
ティーカップをひっくり返すと、残っていた紅茶が重力に従って下へ流れ落ちていく。
けれど琥珀色の液体がテーブルや床を汚すことはなかった。
サリサの体から現れた黒い靄。それがカップから放り出された紅茶に纏わりつき、飲み込んでゆく。
やがて靄も消えていき、残されたのは暗い表情の少女だけだった。
「どんなものでも黒い靄が消し去ってしまう闇魔法……与えるのではなく、奪うことしかできない魔法です。私はこれが使えるせいで周囲の人間から恐れられ、嫌われていました」
見せてしまった。言ってしまった。
緊張で全身が震える。先程から無表情の男はどう思っているだろう。
望んだ相手ではない上に、こんなものを持っているなんて──。
「それがどうした」
「……え?」
ヴィクターの反応は予想に反してとても淡白だった。もっと嫌がられると思ったのに。
サリサが目を丸くしていると、アグリッパは笑顔で告げた。
「むしろとても珍しいものが見られて嬉しいですよ。闇魔法を使うことができる人間なんて、初めて聞きましたし」
「ええと……闇魔法ですよ? 不吉な魔法ですよ? 何とも思わないんですか……?」
「思いませんよ。そもそも、闇魔法が不吉だなんて妙なことを仰いますね」
執事は心底不思議そうに首を傾げ、言葉を続けた。
「闇魔法は光魔法と同格の神聖なものですよ」
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