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67話
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「今日の晩ごはんはとっても楽しかったの!」
その頃、リーネはご満悦な様子でデザートのアイスを食べていた。
「騒がないで静かに食べろ」
「むぅっ。お兄様冷たい!」
ぷっくりと頬を膨らませる妹に、小さく溜め息をつきながら食後のワインを呷るのはメルヴィンだった。
その隣では、フィオナがくすくすと笑い声を漏らしている。
(相変わらず素直じゃないわね)
フィオナとメルヴィンの婚約を祝うために、離宮で開かれた食事会。
メルヴィンは億劫そうにしていたが、こっそりお土産を用意していた。王都で人気のお菓子……ではなく、製菓道具一式。今もお菓子作りを楽しんでいるらしいリーネは、とても喜んでいた。
「ねえねえ、ライ……じゃなくて、フィオナ様とお兄様の結婚式はいつなの?」
「未定だ。父上も俺たちが式を挙げる前に、色々と問題を片づけておきたいらしい」
「問題? 何かあったの……?」
兄の説明に、リーネの表情が曇る。
するとメルヴィンは珍しく笑みを浮かべながら、言葉を続ける。
「別に大したことじゃない。それに、フィオナのドレス選びも随分と時間がかかりそうだからな」
何せ、国中のドレス職人が王太子妃の花嫁衣装を仕立てたいと名乗り出てきたのだ。
まだ誰に依頼するのかも決まっていない。
嬉しいような照れ臭いような。頬を赤く染めつつ、フィオナは目を伏せた。
(陛下が仰っているのはきっと……)
ソルベリア公爵家は廃爵、レオーヌ侯爵家は男爵に降格されることが決まったと、ルディック伯爵が話していた。
(トーマス様……メルヴィン様……)
ルディック伯爵は、元夫の過去についても語ってくれた。
その時初めて、メルヴィンがソルベリア公爵家に向ける憎悪の正体を知った。
既に時間も遅い。この日は離宮に泊まっていくことになった。
「お兄様とフィオナ様は、一緒じゃなくていいの?」
「お前は変な気を遣わなくていい」
眼をぱちくりさせるリーネに、少し不機嫌そうにメルヴィンが言う。
そんな二人のやり取りを聞きながら、フィオナは気まずそうに視線を逸らしていた。
子供は無知な分、時折際どい発言をするから怖い。
「それじゃあ、おやすみなさい!」
「おやすみなさい、リーネ殿下」
「うん! 明日はフィオナ様とケーキ作りするの!」
笑顔で宣言して、自分の部屋で戻っていくリーネ。
「……勝手に決めるな、勝手に」
「まあまあ。私もリーネ殿下と美味しいケーキを作りたいです」
溜め息をつくメルヴィンに、フィオナがにっこりと微笑む。
「君がそうしたいのなら、好きにするといい」
「はい。メルヴィン殿下もぜひ召し上がってくださいね」
「……フィオナ」
やんわりと咎めるようなメルヴィンの声。
フィオナはすぐにその意図を察して、恥ずかしそうに口を動かした。
「……メルヴィンも食べてね」
「分かっている」
メルヴィンは満足そうに目を細める。
二人きりでいる時は、お互い素で接しようと約束を交わしていた。
フィオナはまだ慣れていないが。
「おやすみ、フィオナ。いい夢を」
フィオナを部屋まで送り届けると、メルヴィンは銀髪を優しく掻き分けて額に口づけを落とす。
遠ざかっていく杖の音と足音を聞きながら、フィオナはそっと瞼を閉じた。
今度こそ幸せになりたい。なってみせる。
だから、そのためなら、どんなものも切り捨てられる。
自分に用意された部屋に入ると、メルヴィンは小さく溜め息をついた。
そして部屋の明かりをつけようとして、動きを止める。
暗闇の中で、人の気配がする。それも一人ではない。
「……何者だ」
メルヴィンが低い声で問うと、息を呑む音が聞こえてきた。
そして、
「も、申し訳ございません、王太子殿下。あなたがこの国にとって必要な方なのは分かっております」
「……御託はいい。素性を明かせと言っているんだ」
「どうかお許しください、殿下……!」
侵入者たちが一斉に剣を引き抜く音が響き渡った。
その頃、リーネはご満悦な様子でデザートのアイスを食べていた。
「騒がないで静かに食べろ」
「むぅっ。お兄様冷たい!」
ぷっくりと頬を膨らませる妹に、小さく溜め息をつきながら食後のワインを呷るのはメルヴィンだった。
その隣では、フィオナがくすくすと笑い声を漏らしている。
(相変わらず素直じゃないわね)
フィオナとメルヴィンの婚約を祝うために、離宮で開かれた食事会。
メルヴィンは億劫そうにしていたが、こっそりお土産を用意していた。王都で人気のお菓子……ではなく、製菓道具一式。今もお菓子作りを楽しんでいるらしいリーネは、とても喜んでいた。
「ねえねえ、ライ……じゃなくて、フィオナ様とお兄様の結婚式はいつなの?」
「未定だ。父上も俺たちが式を挙げる前に、色々と問題を片づけておきたいらしい」
「問題? 何かあったの……?」
兄の説明に、リーネの表情が曇る。
するとメルヴィンは珍しく笑みを浮かべながら、言葉を続ける。
「別に大したことじゃない。それに、フィオナのドレス選びも随分と時間がかかりそうだからな」
何せ、国中のドレス職人が王太子妃の花嫁衣装を仕立てたいと名乗り出てきたのだ。
まだ誰に依頼するのかも決まっていない。
嬉しいような照れ臭いような。頬を赤く染めつつ、フィオナは目を伏せた。
(陛下が仰っているのはきっと……)
ソルベリア公爵家は廃爵、レオーヌ侯爵家は男爵に降格されることが決まったと、ルディック伯爵が話していた。
(トーマス様……メルヴィン様……)
ルディック伯爵は、元夫の過去についても語ってくれた。
その時初めて、メルヴィンがソルベリア公爵家に向ける憎悪の正体を知った。
既に時間も遅い。この日は離宮に泊まっていくことになった。
「お兄様とフィオナ様は、一緒じゃなくていいの?」
「お前は変な気を遣わなくていい」
眼をぱちくりさせるリーネに、少し不機嫌そうにメルヴィンが言う。
そんな二人のやり取りを聞きながら、フィオナは気まずそうに視線を逸らしていた。
子供は無知な分、時折際どい発言をするから怖い。
「それじゃあ、おやすみなさい!」
「おやすみなさい、リーネ殿下」
「うん! 明日はフィオナ様とケーキ作りするの!」
笑顔で宣言して、自分の部屋で戻っていくリーネ。
「……勝手に決めるな、勝手に」
「まあまあ。私もリーネ殿下と美味しいケーキを作りたいです」
溜め息をつくメルヴィンに、フィオナがにっこりと微笑む。
「君がそうしたいのなら、好きにするといい」
「はい。メルヴィン殿下もぜひ召し上がってくださいね」
「……フィオナ」
やんわりと咎めるようなメルヴィンの声。
フィオナはすぐにその意図を察して、恥ずかしそうに口を動かした。
「……メルヴィンも食べてね」
「分かっている」
メルヴィンは満足そうに目を細める。
二人きりでいる時は、お互い素で接しようと約束を交わしていた。
フィオナはまだ慣れていないが。
「おやすみ、フィオナ。いい夢を」
フィオナを部屋まで送り届けると、メルヴィンは銀髪を優しく掻き分けて額に口づけを落とす。
遠ざかっていく杖の音と足音を聞きながら、フィオナはそっと瞼を閉じた。
今度こそ幸せになりたい。なってみせる。
だから、そのためなら、どんなものも切り捨てられる。
自分に用意された部屋に入ると、メルヴィンは小さく溜め息をついた。
そして部屋の明かりをつけようとして、動きを止める。
暗闇の中で、人の気配がする。それも一人ではない。
「……何者だ」
メルヴィンが低い声で問うと、息を呑む音が聞こえてきた。
そして、
「も、申し訳ございません、王太子殿下。あなたがこの国にとって必要な方なのは分かっております」
「……御託はいい。素性を明かせと言っているんだ」
「どうかお許しください、殿下……!」
侵入者たちが一斉に剣を引き抜く音が響き渡った。
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