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38話

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「君……公爵様がどちらに行かれたのか聞いているか?」

 ソルベリア公爵家の執事は、広間を掃除していた侍女にそう尋ねた。

「ご主人様でしたら、レベッカ様と街へ外出されましたよ。夜まで戻って来ないと仰っておりました」
「そ、そうか……」

 深い溜め息をつく執事。目の下には真っ黒なクマができていて、顔色も悪い。
 それを目の当たりにした侍女の顔に、不安の色が浮かんだ。

「あの……疲れているのなら、少し休まれたほうが……」
「いや、そういうわけにはいかんよ。まだ仕事が山ほど溜まっているのだ」
「ですが、元々はご主人様のお仕事ではありませんか」

 侍女は箒を強く握り締めながら、苛立った口調で言った。
 トーマスがソルベリア公爵家の家督を継いでから、間もなく一年を迎えようとしている。
 だが彼は、相変わらず自分の仕事を執事に丸投げして、遊び呆ける日々を送っていた。
 近頃は、執務室に近づこうとすらしない。

「いい加減ご主人様を甘やかすのを、おやめになったほうがいいですよ。他に仕事をする人間がいなくなれば、流石に危機感を覚えてご自分でなさるでしょう」
「……私にはそうは思えん」

 執事は首を緩く横に振った。
 トーマスはソルベリア公爵家の当主になるには、まだ早すぎたのだ。
 精神的にも未熟で、知識も経験もあまりに足りない。

「私が手をつけなくても、あの方はどうせ見て見ぬ振りをするだけだろうさ……」
「はぁぁ!? 前から思っていましたが、トーマス様はどう考えても公爵の器ではありませんよ! 早く何とかしないと、この家がめちゃくちゃになってしまいます!」
「そんなことは分かっている。だが、私は何があろうとも、あの方を……トーマス様を支え続ける義務があるのだ。ああ……今にして思えば、あの時・・・、トーマス様を先代夫妻とともにお守りしなければ、こんなことには……」

 その言葉は最後まで続かなかった。
 執事の痩せ衰えた体は、振り子のように左右に大きく揺れた後、床に倒れ込んでしまった。


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