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37話
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「本当ですか!?」
「……ジェイミー、彼女は客人だぞ」
すぐさま食いついたフィオナとは対照的に、メルヴィンは腕を組みながら顔を顰めた。
しかしジェイミーと呼ばれた侍女は、人差し指をピンと立てて言葉を続ける。
「失礼を承知の上で、お部屋の外で話を聞かせていただきました。……こちらのお嬢様が、ライラ様なのですよね?」
「ああ。今後はフィオナと名乗ることになっている」
「……コホン。フィオナ様はそこらの貴族令嬢と違って、礼節を重んじる真面目な方です。何もさせずに住まわせたら、お気を遣わせてしまいますよ?」
「…………」
ジェイミーの指摘に、メルヴィンは無言でフィオナへ視線を戻した。
「どうかお願いいたします、メルヴィン殿下。私にジェイミー様のお手伝いをさせてください」
フィオナは、体を畳むように深く頭を下げて頼み込んだ。
と、上から小さな溜め息を降ってきて、「分かった」という言葉が後に続く。
「殿下、それでは……」
「……君は欲がなくて、逆に扱いづらいな」
弾かれたように顔を上げたフィオナが見たもの。
それは、僅かだが口角を緩めたメルヴィンだった。
(殿下が笑ったところなんて、初めて見たわ……)
いつも難しいお顔ばかりしている王太子の笑顔。
思わず見惚れそうになり、フィオナはブンブンと首を大きく振った。
「私、ここの手入れも任されているんですよ」
ジェイミーに連れて来られたのは、王宮の西側にある小さな庭園だった。
王宮にはいくつかの庭園があり、そのうちの一つがこの『静かの庭園』だ。
薔薇、ダリア、ガーベラなど、大輪の花が咲き誇る他の庭園と違い、ここではカスミソウ、ヒヤシンス、ネモフィラなど小ぶりな花が育てられている。
「フィオナ様は水やりをお願いしてもよろしいですか?」
「は、はい」
フィオナは汲み上げた井戸水を如雨露を注ぎ、恐る恐る花に水をかけ始めた。
その様子を見ていたジェイミーが、小さく噴き出す。
「適当で大丈夫ですよ。この子たちは、そんなにヤワじゃありませんから」
「そうなのですか……?」
「そうそう。前に何日か水やりを忘れたことがありましたけど、元気にしてましたし」
二人きりになったからか、先ほどよりも口調が軽い。
(こんなに小さいのに逞しいのね……)
水やりを続けながら、チラリとジェイミーを見ると、彼女は雑草を抜いていた。手が土まみれになっているが、その表情はどこか楽しそうだ。
と、こちらの視線に気がついたのか、「そういえば」と唐突に話し始める。
「メルヴィン殿下ってば、フィオナ様にちょっと過保護過ぎますって。面倒臭いと思ったら、陛下に相談したほうがいいですよ」
「面倒臭いだなんてそんな! むしろ、とても感謝しております。……あのお部屋に連れて来られた時は、少し焦りましたけれど」
「まあ……基本的に殿下って冷たいように見えて、すごく優しいですからね。私も路頭に迷いかけていたところを、あの方に救ってもらったんです」
手についた土を払い落としながら、ジェイミーは懐かしそうに笑った。
そして頬杖をついて、遠い目をする。
「だけどソルベリア公爵家が関わってるとなれば、過保護なぐらいでちょうどいいかもしれませんね。あの坊ちゃま、何をやらかすか分からないですもん」
「……ジェイミー様は、ソルベリア公爵を快く思っていないのですね」
「私個人としてはどうでもいいんですけれど、メルヴィン殿下は坊ちゃま……というより、公爵家を嫌っているって噂なんです。先日もソルベリア領へ視察に出向いた時も、さっさと帰ってきたらしいですし」
「え……?」
初めて知った話に、フィオナは目を丸くした。
(トーマス様だけならともかく、公爵家そのものを?)
今は亡き公爵夫妻の顔が脳裏に浮かぶ。彼らがメルヴィンの不興を買っていたなんて、どうにも考えられなかった。
「……ジェイミー、彼女は客人だぞ」
すぐさま食いついたフィオナとは対照的に、メルヴィンは腕を組みながら顔を顰めた。
しかしジェイミーと呼ばれた侍女は、人差し指をピンと立てて言葉を続ける。
「失礼を承知の上で、お部屋の外で話を聞かせていただきました。……こちらのお嬢様が、ライラ様なのですよね?」
「ああ。今後はフィオナと名乗ることになっている」
「……コホン。フィオナ様はそこらの貴族令嬢と違って、礼節を重んじる真面目な方です。何もさせずに住まわせたら、お気を遣わせてしまいますよ?」
「…………」
ジェイミーの指摘に、メルヴィンは無言でフィオナへ視線を戻した。
「どうかお願いいたします、メルヴィン殿下。私にジェイミー様のお手伝いをさせてください」
フィオナは、体を畳むように深く頭を下げて頼み込んだ。
と、上から小さな溜め息を降ってきて、「分かった」という言葉が後に続く。
「殿下、それでは……」
「……君は欲がなくて、逆に扱いづらいな」
弾かれたように顔を上げたフィオナが見たもの。
それは、僅かだが口角を緩めたメルヴィンだった。
(殿下が笑ったところなんて、初めて見たわ……)
いつも難しいお顔ばかりしている王太子の笑顔。
思わず見惚れそうになり、フィオナはブンブンと首を大きく振った。
「私、ここの手入れも任されているんですよ」
ジェイミーに連れて来られたのは、王宮の西側にある小さな庭園だった。
王宮にはいくつかの庭園があり、そのうちの一つがこの『静かの庭園』だ。
薔薇、ダリア、ガーベラなど、大輪の花が咲き誇る他の庭園と違い、ここではカスミソウ、ヒヤシンス、ネモフィラなど小ぶりな花が育てられている。
「フィオナ様は水やりをお願いしてもよろしいですか?」
「は、はい」
フィオナは汲み上げた井戸水を如雨露を注ぎ、恐る恐る花に水をかけ始めた。
その様子を見ていたジェイミーが、小さく噴き出す。
「適当で大丈夫ですよ。この子たちは、そんなにヤワじゃありませんから」
「そうなのですか……?」
「そうそう。前に何日か水やりを忘れたことがありましたけど、元気にしてましたし」
二人きりになったからか、先ほどよりも口調が軽い。
(こんなに小さいのに逞しいのね……)
水やりを続けながら、チラリとジェイミーを見ると、彼女は雑草を抜いていた。手が土まみれになっているが、その表情はどこか楽しそうだ。
と、こちらの視線に気がついたのか、「そういえば」と唐突に話し始める。
「メルヴィン殿下ってば、フィオナ様にちょっと過保護過ぎますって。面倒臭いと思ったら、陛下に相談したほうがいいですよ」
「面倒臭いだなんてそんな! むしろ、とても感謝しております。……あのお部屋に連れて来られた時は、少し焦りましたけれど」
「まあ……基本的に殿下って冷たいように見えて、すごく優しいですからね。私も路頭に迷いかけていたところを、あの方に救ってもらったんです」
手についた土を払い落としながら、ジェイミーは懐かしそうに笑った。
そして頬杖をついて、遠い目をする。
「だけどソルベリア公爵家が関わってるとなれば、過保護なぐらいでちょうどいいかもしれませんね。あの坊ちゃま、何をやらかすか分からないですもん」
「……ジェイミー様は、ソルベリア公爵を快く思っていないのですね」
「私個人としてはどうでもいいんですけれど、メルヴィン殿下は坊ちゃま……というより、公爵家を嫌っているって噂なんです。先日もソルベリア領へ視察に出向いた時も、さっさと帰ってきたらしいですし」
「え……?」
初めて知った話に、フィオナは目を丸くした。
(トーマス様だけならともかく、公爵家そのものを?)
今は亡き公爵夫妻の顔が脳裏に浮かぶ。彼らがメルヴィンの不興を買っていたなんて、どうにも考えられなかった。
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