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19話

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 花嫁……ライラとの出会いを思い返しながら、メルヴィンは腕を組んだ。
 この件は分からないことが多すぎる。

「何故、身元確認に一月も時間がかかった? ソルベリア公爵かレオーヌ侯爵夫妻に、顔を確認させればすぐに済んだんじゃないのか」

 国王も、花嫁の正体がライラだとすぐに勘づいていたはずだ。なのに、彼らに一切連絡していないのが解せない。
 市井でも、いまだにソルベリア公爵夫人失踪事件の混乱は収まっていないと聞く。

「彼女がどのような事情で式場から逃げ出し、自ら命を絶とうとしたのか。その事情が分からない以上、ソルベリア公爵たちに知らせるべきではないと、陛下はお考えのようです」
「つまり、夫人の自殺未遂の原因は彼らにあると?」
「明言はされておりませんが、恐らくはそうでしょう。そしてライラ様が目覚めるまでの時間稼ぎとして、確認を遅らせていたようです」

 そこまで話すと、執事の表情が険しくなる。

「ですが、いつまでも隠し通すわけにもまいりません。そろそろ公表しなければならないでしょう」
「そうだな。父上が明かすより先に、どこからか話が漏れたら、確実に面倒なことになる」

 王族が公爵夫人を奪い取ったと、騒ぎ出す者が現れるだろう。
 その筆頭は、当然ソルベリア公爵……
 メルヴィンは僅かに俯きながら、右の太ももを強く掴んだ。

「……俺は、まだ彼女のことを公爵に知らせるべきではないと思う」
「メルヴィン殿下……」
「あれの幼稚さと傲慢さは、俺が誰よりも理解している。この状態の夫人を引き渡すのは危険だ」

 執事は何も反論しなかった。
 自分と同じ意見。そう解釈して、話を続ける。

「何か他に策がないか、父上にかけ合って……」

 コンコン、とドアをノックする音がメルヴィンの言葉を遮る。

「お話の最中に失礼いたします」

 メイドの声がドア越しに聞こえてきた。

「どうした。リーネが火傷でもしたか?」
「いいえ。王妃殿下がお見えになっております」
「母上が?」

 メルヴィンが目を丸くしていると、ゆっくりと開いたドアから王妃が入ってくる。質素なドレスに身を包んでいるのは、今日が女性運動記念日だからだろう。

「茶会の帰りに立ち寄ってみたのだけれど……あなたも来ていたのね、メルヴィン」

 柔らかに微笑む王妃に、メルヴィンは「はい」と軽く一礼した。

「ソルベリア公爵夫人……まだ目を覚まさないのね」
「……母上も、彼女の正体をご存じだったのですか?」
「だって銀髪の美少女と言えば、彼女しか思いつかないもの」

 王妃はベッドへ近づくと、ライラの髪をそっと撫でた。

陛下あのひとは、この子のことを旦那様やご両親に報告するのを躊躇されているらしいわね」
「……俺も、もう少し待ったほうがいいと考えています」
「あら、そうかしら? 私はすぐにでも教えたほうがいいと思うけれど。いつまでも探し続けていて、可哀想じゃない」

 頬に手を添えながら、王妃が首を傾げる。
 脳天気なその言葉に、メルヴィンの目つきは鋭くなった。

「……彼女を危険に晒すことになるとしてもですか?」
「大丈夫よ。あの方々は、あなたが考えるような酷いことなんてしないわ」
「ですが……」
「さあ、私はそろそろ帰らなくちゃ。リーネにもよろしくね」
「母上!」

 呼び止めようとするメルヴィンに優しく笑いかけ、そのまま部屋を後にする王妃。


 そしてその数日後。ソルベリア公爵とレオーヌ侯爵夫妻が離宮を訪れることが決まったのだった。

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