上 下
10 / 72

10話(母親②)

しおりを挟む
 馬車が王妃の離宮に到着したのは、午後の昼下がりだった。
 丘の上に建てられたそれは、臙脂えんじ色の屋根が目を引く造りとなっていて、広大な庭園の中心には噴水まで設置されている。

 なんて綺麗なところなのだろう。うちの屋敷とは大違いだと、ロザンナは眉を寄せた。
 侯爵邸も豪華絢爛な造りをしているが、やはり王室の離宮には劣る。

(うちも、早く修繕工事をしてもらわないと)

 夫曰く、もうすぐ大金が入るらしいのだ。

「まあ、レオーヌ侯爵夫人ではありませんか」

 と、馬車から降りたロザンナに声をかけてきたのは、ルディック伯爵夫人だった。
 ここはルディック伯爵の領地だ。当然彼女も出席することになっている。

「ごきげんよう、ルディック伯爵夫人。……本日は、そのようなドレスで茶会に参加しますのね」
「ええ。何か問題がございますか?」
「ありませんけれど……茶会に着てくるには、少々地味なのでは?」

 ロザンナは扇を取り出すと、口元を隠しながら侮蔑の笑みを浮かべた。
 王妃主催の茶会。煌びやかな格好でやって来るのが常識だろうに、ルディック伯爵夫人は質素なベージュ色のドレス姿だった。装飾品も一切身に着けていない。

「レオーヌ侯爵夫人は、そのようなお姿でいらっしゃったのですね」
「……何か問題がございますの?」

 何故か呆れたような物言いが、ロザンナの癇に障った。
 睨みつけながら問いかければ、

「いいえ。とてもお似合いでございますわ。そのドレスも、ペンダントも」

 少し投げやりな口調でそう返して、その場から離れていく。
 その後ろ姿を見て、メイドがロザンナへ耳打ちをする。

「あの方、奥様に嫌味を言おうとしたけれど、何も思いつかなかったのでしょうね」
「当然よ。私の美しさに文句をつけられるはずがないわ」

 紅を差した唇が弧を描く。
 ロザンナの胸元で輝いているのは、大粒のレッドダイヤモンドだった。
 ダイヤモンドの中でも特に希少価値が高いと言われ、産出地は非常に少ない。そのうちの一つがパランディアの鉱山であり、昨年大金をはたいて購入したのだ。
 メイドを馬車に残して、ロザンナも屋敷へ向かう。

「ようこそおいでくださいました。そちらのお荷物をお持ちいたしますね」

 出迎えたメイドに、菓子が入ったバスケットを預ける。

「くれぐれも落としたりしないようにね」
「ご安心ください。さあ、お部屋へご案内いたします」

 メイドに連れられて、王妃の私室へと向かう。
 セピア色の扉を開くと、既に王妃以外の出席者が着席していた。

「ぷっ」

 その面々を見て、ロザンナは小さく吹き出した。
 皆、ルディック伯爵夫人と同様に質素な身なりをしている。
 本日は高位貴族のみが招待されたと聞いているが、まるで下位貴族の集まりだ。

「……レオーヌ侯爵夫人?」
「その……随分と豪華なお姿ですわね」
「そちらのペンダントは、レッドダイヤモンドかしら? とてもお綺麗です」

 夫人たちが戸惑いの表情を見せながら、ロザンナを褒める。
 ようやく自分たちが場違いな格好をしていると、気づいたのだろう。

「ありがとう。あなた方もとっても素敵ですわよ」

 嫌み混じりに言いながら、席につく。
 この光景を目にしたら、王妃はさぞや呆れ果てるだろう。
 唯一、きちんと着飾ってきたロザンナだけは、褒めちぎるに違いない。

「皆さん。本日はお越しくださり、ありがとうございます」

 待つこと数分。ようやく王妃が部屋にやって来た。

「は?」

 思わず声を漏らすロザンナ。
 王妃が着ているのは、何の装飾も施されていない、藍色のドレスだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

あなたに捧げる愛などありません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:525pt お気に入り:1,359

必要ないと言われたので、元の日常に戻ります

恋愛 / 完結 24h.ポイント:539pt お気に入り:5,716

あやかし古都の九重さん~京都木屋町通で神様の遣いに出会いました~

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:131

ただ誰かにとって必要な存在になりたかった

恋愛 / 完結 24h.ポイント:227pt お気に入り:1,814

姉から奪うことしかできない妹は、ザマァされました

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:333pt お気に入り:3,467

処理中です...