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法案

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 ダミアンには、その言葉がまるで脅しのように聞こえた。ぶわ、と全身から汗が噴き出す。
 平静を取り繕うように、咄嗟に作り笑いを浮かべる。

「な、何を大げさな……そんな法案、通るわけがないだろう。認められるはずがない」

 女性の継承権を認めるということは、女性の社会的地位の向上を意味する。
 議会の出席者の大半は貴族の当主だ。男性であることの優位性を守るために、何が何でも阻止しようとするはずだ。

「これがほんの数年前であれば、ダミアン様の仰る通り不発に終わっていたでしょうな」

 ニコラが呆れたような笑みで、意味深な発言をする。焦らされている気分になり、ダミアンの声に若干棘が混じる。

「何が言いたい?」
「去年、隣国で大きな改革が起こったことはご存知ですかな?」
「あ、ああ……当然だ」
「女性の爵位及び王位継承権を認められるよう、法律が改正されたのです。それだけではありません。文官などに女性を起用するなどの動きも見られています」
「えっ!」
「えって……ご存知ではなかったのですか?」

 ニコラが笑顔で首を傾げる。

「い、いや、何度聞いてもわけの分からない話だと思ってだな……どうしてそんなものが可決されてしまったんだ? 向こうの男たちは、女に甘い腑抜け集団なのか?」

 要職を女に奪われることになるのだ。メリットが何もないではない。

「……恐らくそんなところでしょう。とまあ、この件がきっかけで近隣諸国でも同様の動きが見られ始めたのです。そんな時に、あの遺言書が開封されました。実にタイミングが悪い」
「くそっ……! 父上ももっと早く死んでくれればよかったものを!」
「今やアリシア様は、女性の社会進出の象徴とも言うべき存在です。国内の多くの女性が期待の目を向けています」
「ポーラは毛嫌いしているようだが?」
「地位の高い男性に愛され、一生を送ることを望む女性も多いですからね。そこは人それぞれです」
「それぞれであってたまるか!」

 ダミアンが声を荒らげると、ニコラは「要らぬ発言でしたね。失礼しました」とすぐに非を認めた。そして言葉を続ける。

「貴族男性にとっても、悪くない話ではあるのです。女児しか産まれなかった場合、自分の娘に家督を継がせることが可能となりますからね。能力的に不安のある娘の夫を婿養子にして継がせるより、安心出来ます」
「そういうものか……」
「しかし、自国ではさらに踏み込んだ法案を提出するようです。可決されると、厄介なことになります」
「ど、どうすればいい? どうすれば、アリシアから公爵家を守れる!?」

 藁にも縋る思いで、ダミアンが身を乗り出して詰め寄る。
 ニコラはワインで口内を潤し、ニヤリと笑んだ。

「今回の法案の鍵はアリシア様です。彼女を支持する女性は多い。ですから、まずはアリシア様の求心力を低下させるのです」
「そんなことが出来るのか?」
「私にお任せください。ですから……ダミアン様が当主になられた暁には、是非とも私を補佐として置いていただけませんか?」
「ああ、約束しよう」

 二つ返事で頷いたダミアンに、ニコラは「ありがとうございます」と笑みを深くした。
 
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