10 / 29
ニコラ
しおりを挟む
食事会から数日後、ダミアンはニコラという男の屋敷を訪れていた。アリシアの爵位継承を抗議していた親族の一人だ。先代ラクール公爵の従兄弟にあたる。
ダミアンは使用人一同に出迎えられると、すぐに応接間に通された。
「お初にお目にかかります、ダミアン様」
ニコラは物腰の柔らかそうな男だった。遺言書を開封する際、この男だけは居合わせていなかった。
「どうぞ、こちらをお召し上がりください」
ニコラの両手には、栓の抜かれていないワインボトルが大事そうに抱えられていた。
「そのワインは?」
「ワイン産業が盛んな領から取り寄せた上物でございます。先代のご子息がお見えになるのです。そこらの安物をお出しするわけにはまいりません」
「分かっているじゃないか」
ダミアンは厚意を素直に受け入れた。芳醇なワインの味わいに舌鼓を打つ。酒の肴として出されたチーズや生ハムも美味だ。
気分もよくなったところで、本題に入る。
「お前が僕を当主にしたいというのは本当だな?」
「当然です。息子の妻に家督を継がせるなど、あってはならない事態ですからね。ダミアン様に決まるだろうと踏んで、相続会議を欠席しておりましたが、まさかこのような事態になるとは……」
「とんでもない騒ぎになっていたぞ。皆、冷静さを失ってアリシアや弁護士を罵っていた」
「ひょっとしたら、自分が選ばれる可能性もありましたからね。爵位を継承するには、ダミアン様は少々お若い。たとえ中継ぎであっても、期待する気持ちがあったのでしょう」
「ふん。品性の欠片もなかったがな」
自分が抗議するのは当たり前のことだ。想定外の事態が起こったのだから、大いに取り乱すのも無理はない。
「現時点ではアリシア夫人は家督は継げません。この国では、女性の爵位継承は認められておりませんからな」
「ああ。だが、母上も王太子殿下も、そのことについてはまったく触れようとしない。優秀な女性であれば、法律など無視しても構わないと思い込んでいるかもしれないな」
母はともかく、あれが未来の王とは。この国の行く末が不安だと、ダミアンは肩を竦める。
「いえ、恐らくは違います」
「どういうことだ?」
「これはまだ公になっておりませんが……近々、議会で継承法の改正する法案が提出されようとしています」
「改正?」
「女性の爵位継承権を認めさせようとしているのですよ」
「!?」
まさかアリシアに爵位を与えるために、法律まで変えようとしているのか。
言葉を失うダミアンに、ニコラは神妙な面持ちで続ける。
「ダミアン様。あなたはお気付きではなかったようですが、事態はそこまで切迫しているのですよ」
ダミアンは使用人一同に出迎えられると、すぐに応接間に通された。
「お初にお目にかかります、ダミアン様」
ニコラは物腰の柔らかそうな男だった。遺言書を開封する際、この男だけは居合わせていなかった。
「どうぞ、こちらをお召し上がりください」
ニコラの両手には、栓の抜かれていないワインボトルが大事そうに抱えられていた。
「そのワインは?」
「ワイン産業が盛んな領から取り寄せた上物でございます。先代のご子息がお見えになるのです。そこらの安物をお出しするわけにはまいりません」
「分かっているじゃないか」
ダミアンは厚意を素直に受け入れた。芳醇なワインの味わいに舌鼓を打つ。酒の肴として出されたチーズや生ハムも美味だ。
気分もよくなったところで、本題に入る。
「お前が僕を当主にしたいというのは本当だな?」
「当然です。息子の妻に家督を継がせるなど、あってはならない事態ですからね。ダミアン様に決まるだろうと踏んで、相続会議を欠席しておりましたが、まさかこのような事態になるとは……」
「とんでもない騒ぎになっていたぞ。皆、冷静さを失ってアリシアや弁護士を罵っていた」
「ひょっとしたら、自分が選ばれる可能性もありましたからね。爵位を継承するには、ダミアン様は少々お若い。たとえ中継ぎであっても、期待する気持ちがあったのでしょう」
「ふん。品性の欠片もなかったがな」
自分が抗議するのは当たり前のことだ。想定外の事態が起こったのだから、大いに取り乱すのも無理はない。
「現時点ではアリシア夫人は家督は継げません。この国では、女性の爵位継承は認められておりませんからな」
「ああ。だが、母上も王太子殿下も、そのことについてはまったく触れようとしない。優秀な女性であれば、法律など無視しても構わないと思い込んでいるかもしれないな」
母はともかく、あれが未来の王とは。この国の行く末が不安だと、ダミアンは肩を竦める。
「いえ、恐らくは違います」
「どういうことだ?」
「これはまだ公になっておりませんが……近々、議会で継承法の改正する法案が提出されようとしています」
「改正?」
「女性の爵位継承権を認めさせようとしているのですよ」
「!?」
まさかアリシアに爵位を与えるために、法律まで変えようとしているのか。
言葉を失うダミアンに、ニコラは神妙な面持ちで続ける。
「ダミアン様。あなたはお気付きではなかったようですが、事態はそこまで切迫しているのですよ」
636
お気に入りに追加
5,818
あなたにおすすめの小説
結婚式の日取りに変更はありません。
ひづき
恋愛
私の婚約者、ダニエル様。
私の専属侍女、リース。
2人が深い口付けをかわす姿を目撃した。
色々思うことはあるが、結婚式の日取りに変更はない。
2023/03/13 番外編追加
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
〖完結〗拝啓、愛する婚約者様。私は陛下の側室になります。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢のリサには、愛する婚約者がいた。ある日、婚約者のカイトが戦地で亡くなったと報せが届いた。
1年後、他国の王が、リサを側室に迎えたいと言ってきた。その話を断る為に、リサはこの国の王ロベルトの側室になる事に……
側室になったリサだったが、王妃とほかの側室達に虐げられる毎日。
そんなある日、リサは命を狙われ、意識不明に……
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
残酷な描写があるので、R15になっています。
全15話で完結になります。
「君を愛することはない」の言葉通り、王子は生涯妻だけを愛し抜く。
長岡更紗
恋愛
子どもができない王子と王子妃に、側室が迎えられた話。
*1話目王子妃視点、2話目王子視点、3話目側室視点、4話王視点です。
*不妊の表現があります。許容できない方はブラウザバックをお願いします。
*他サイトにも投稿していまし。
モラハラ王子の真実を知った時
こことっと
恋愛
私……レーネが事故で両親を亡くしたのは8歳の頃。
父母と仲良しだった国王夫婦は、私を娘として迎えると約束し、そして息子マルクル王太子殿下の妻としてくださいました。
王宮に出入りする多くの方々が愛情を与えて下さいます。
王宮に出入りする多くの幸せを与えて下さいます。
いえ……幸せでした。
王太子マルクル様はこうおっしゃったのです。
「実は、何時までも幼稚で愚かな子供のままの貴方は正室に相応しくないと、側室にするべきではないかと言う話があがっているのです。 理解……できますよね?」
夫の浮気相手と一緒に暮らすなんて無理です!
火野村志紀
恋愛
トゥーラ侯爵家の当主と結婚して幸せな夫婦生活を送っていたリリティーヌ。
しかしそんな日々も夫のエリオットの浮気によって終わりを告げる。
浮気相手は平民のレナ。
エリオットはレナとは半年前から関係を持っていたらしく、それを知ったリリティーヌは即座に離婚を決める。
エリオットはリリティーヌを本気で愛していると言って拒否する。その真剣な表情に、心が揺らぎそうになるリリティーヌ。
ところが次の瞬間、エリオットから衝撃の発言が。
「レナをこの屋敷に住まわせたいと思うんだ。いいよね……?」
ば、馬鹿野郎!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる