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第七章

狩猟大会・一日目、のそのとき(二)

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 少し進んだところで、「そういえば」とテオバルドが辺りを見回す。

「鹿は毎年引き取り要請が来るから、いつも一定数以上を狩場に放ってたが、今年は少なかったな」
「去年少し多めに捕まえたからな。そのおかげか、今年は倉や民家への侵入はなく、農園の被害も少ないそうだ」
「去年は大量繁殖してたからなぁ。来年の繁殖具合を見て、南部の害獣対策の予算を再編するか。量が増えすぎると、害獣除けもあんまり意味なくなるからな」

 休暇に南部に行くというテオバルドの真意に気付き、レオンハルトは軽やかに金の毛が跳ねる後頭部を見る。

「視察も兼ねてるなら、領地の狼を連れて行っても構わないが」
「休暇中に仕事なんてしないさ。俺はお前ほど真摯じゃないからな」

 真面目な声色で話すレオンハルトとは対照的に、鼻歌交じりにそう答えたテオバルドを一瞥すると、レオンハルトは再び周囲へ目を向ける。

(そう見えないように振る舞ってるだけのくせに、よく言う)

 明るく優しく親しげな王太子は、多くの国民に愛されていると同時に、一部の貴族からは「王族としての威厳が足りない」と評価されていた。常に笑顔を絶やさないテオバルドの姿は、テオバルドをよく知らない人々には軽薄に映るようだった。
 確かにテオバルドは少々楽観的なところがあるが、その実聡明で、いつだってその瞳は遠い未来を見据えている。隙を見せればすぐ奈落へ落とされる魔窟の中心に身を置くのであれば、そのように振る舞うのがいいのだろう、とテオバルドの行動を理解しつつ、やはり正しく評価されてほしい、と従兄弟として、最側近として思ってしまう。

(まぁ、今更俺が何を言ったところで変わりはしないだろう、が……?)

 突然片腕を引っ張られたレオンハルトは、体勢を崩しそうになるのを堪え、腕を掴みその場にしゃがんでいるテオバルドへ目を落とす。

「しゃがめ、しゃがめ……! 大きな牡鹿がいるぞ……!」

 声を潜めながら興奮したように遠くを指差すテオバルドに、レオンハルトは素直に腰を落とすと、指先の示すほうへ目を向ける。
 東地区で最も木々が密集して生えている場所、の左側。東地区では最大規模の開けた平地である場所に、白金の木漏れ日を受けた立派な角を持つ鹿がいた。茶褐色の毛は光のせいか黄金に輝いているようにも見える。
 低い姿勢のままゆっくりと前進したテオバルドに倣い、レオンハルトも同じように前に進み牡鹿との距離を詰める。
 牡鹿は時折頭を上げ、耳を震わせてはどこかを見たが、すぐに足元に生い茂る草を咀嚼する。

「……狩るのか?」

 ほぼ囁き声のような声色で声を掛ければ、テオバルドは、どうしよう、とこちらを見る。

「さっきの牝鹿はまだしも、あの牡鹿をこの短剣で仕留められると思うか?」
「急所に当てれば問題ないだろう」
「……ここから投げて急所に当てられると思うか?」
「そうだな……」

 牡鹿との距離を測ろうと、テオバルドに向けていた目を牡鹿に向ける。それと同時に、草を食べていた牡鹿も頭を上げた。
 黒曜石のような真っ黒な瞳に見つめられ、息を止めた――その瞬間。
 牡鹿の真横から飛んできた矢が、真っ直ぐ牡鹿の頭を射貫く。

「……!」

 あまりにも美しく、的確な矢の軌道に、思わず息を吞む。
 牡鹿は射貫かれたことも気付いていないかのように、真っ直ぐこちらを見つめたまま、少ししてゆっくり横に倒れた。

「素人目だが……見事な一撃だな」
「ああ……」

 感嘆の息を漏らすテオバルドに、同じように同意すると、人の話し声のようなものが風に乗って聞こえた

「――ヘレナ?」
「は……?」

 テオバルドの呟きに彼を見れば、矢が放たれた方向から数人の人が現れるのが視界の端に映る。勢いよく顔をそちらに向ければ、高い位置でまとめたホワイトブロンドの髪を揺らす、純白の人物が姿を現した。
 興奮した様子で話しかけるヘレナに明るく笑いかける彼女の左手には、弓が握られている。

 彼女の煌めく髪を巻き上げるように風が強く吹いたかと思うと、ふと、彼女のロイヤルパープルの瞳がこちらに向けられる。
 目の合った彼女が、花が綻ぶような笑みを浮かべた瞬間、初めて鼓動を感じたかのように、心臓が大きく脈打った。
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