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第七章

狩猟大会・一日目、のそのとき(一)

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「こっちは平和だなぁ」
「草食動物のエリアに足を踏み入れる者はほとんどいないからな」

 斜め前を歩くテオバルドを視界の端に収めつつ、レオンハルトは周囲へ目を向ける。
 程よく陽の光が入り、木々のざわめきと小川の静かな音以外聞こえない穏やかな地に、肩の力が抜けるのがわかる。

「……ルシアナ殿が心配か?」

 後ろを振り返りつつ、にやりと口角を上げたテオバルドに、レオンハルトは淡々を答える。

「危険ですので前方をご覧ください、王太子殿下」
「二人きりなのに他人行儀なのやめろよ!」

 テオバルドは半歩下がりレオンハルトの隣に立つと、その顔を覗き込んだ。

「そんなに心配なら大会始まる前に会いに行けばよかっただろ。大会に参加するから、前日にはもう来てたんだし」
「……最終調整は大事だ。開催当日より前日のほうが気を遣うものだろう、こういうのは」
「だったら当日の朝にでも会いに行けばよかっただろ」
「……開始直前は、最終確認が……」
「お前なぁ」

 テオバルドは呆れたように息を吐くと、レオンハルトの肩に腕を回す。

「結婚生活はこれから先何十年と続いていくが、新婚の何をするにも楽しい時期は今しかないんだぞ? お前が頼りになるからといろいろ頼んだ俺も俺だが、これからは仕事ばかりせずきちんと家族も大事にしろ」

 テオバルドの言い分は十二分に理解できる。しかし、結婚し環境が変わったからとすぐに生活を変えられる気もしなかった。
 思わず眉を寄せたレオンハルトに、テオバルドは考えを察したのか、肩から腕を離し、その背を軽く叩く。

「お前の場合はとにかく慣れだな。というわけで、今年の冬は領地に帰れ」

 突然のことに目を見開き隣を凝視すれば、体を離したテオバルドが肩を竦めた。

「お前は国軍所属の騎士じゃなければ、近衛兵でもない。議会が閉会し、ほとんどの貴族が領地に帰る冬に、お前が王都にいなければいけない理由はないんだ。ゲートも通信装置もあるから、呼び出そうと思えば領地にいても簡単に呼び出せるしな。あ、だからって別に何もないのに呼び出したりはしないからな? 新婚の邪魔をするようなことは絶対にしないぞ」

 うんうんと頷くテオバルドに、レオンハルトは視線を足元に移す。

(テオの言うことはもっともだ)

 レオンハルトは、シルバキエ公爵家が所有するラズルド騎士団の団長で、国や王家に忠誠を誓う国軍の騎士ではないため、本来テオバルドの傍にずっといる必要はない。
 それなのに、護衛として、最側近として、テオバルドの傍にいるのは、レオンハルトがテオバルドの私兵のような立場にいるためだった。

「……まぁ、お前が領地に帰りたくないって言うなら別に無理強いはしないが」
「領地に帰ることに異論はない。……が、領地に帰るかどうかは彼女と話し合って決める」

 視線を上げ前を見据えるレオンハルトに、テオバルドは、ふっと笑みを漏らすと、体を伸ばした。

「近衛兵への引継ぎはしてもらうが、それが終わったら冬期休暇に入っていい。順調にいけば、シーズンが閉幕して数日で休めるんじゃないか?」
「いいのか?」

 社交界に参加するために王都に来ている貴族は、シーズン閉幕後すぐに領地に帰り、そのまま翌年のシーズン開幕までを過ごすが、王城に出仕している貴族は、議会が閉会する十二とにつきから翌年のつきまで冬期休暇が与えられることになっている。それはレオンハルトも例外ではなく、もしシーズン閉幕から数日で休めるのなら、他の者たちより二ヵ月近く早い休暇となる。

「結婚休暇を取らせてやれなかったうえに、結婚早々邸を開けさせただろ。式前日まで駆り出してたことも含めれば、いい日数だと思うぞ」

 確かにそうかもしれない、とレオンハルトは小さく頷く。
 仮に取れる状況だったとして、きちんと結婚休暇を取得していたかは少々疑問だが、これまでルシアナにそれほど時間を割けていないことを、さすがのレオンハルトも自覚していた。
 テオバルドからの要請があれば、いつでもどこへでも使いに出る覚悟はできているが、その必要がないのなら、なるべく多くの時間をルシアナと共に過ごしたい、と思った。しかし、もともとの生真面目さが邪魔をして、本当にいいのだろうか、と逡巡してしまう。
 少しして、レオンハルトはターコイズグリーンの瞳を見返した。

「必要があれば迷わず連絡するか?」
「レオンハルト、俺のことものすごい善人だとでも思ってるのか? 何かあったら休暇中とか関係なく連絡するに決まってるだろ」

(それもどうかと思うが……)

 レオンハルトは、ふむ、と一考すると頷く。

「……それなら、言葉に甘えさせてもらう」

 しっかり首肯したレオンハルトに、テオバルドは嬉しそうに歯を見せて笑った。

「ああ。お前は少し働きすぎなくらいだからな。この際ゆっくり休め。トゥルエノ出身のルシアナ殿が領地の寒さに耐えられないようなら南部に来るといい。俺とヘレナも、今年はヘレナの出身地で休暇を過ごすつもりだからな」

 あからさまに顔を顰めたレオンハルトに、テオバルドは「おい!」と声を上げる。

「お前、俺と仕事以外で会うの嫌なのか!? というか別に南部に来たからって邪魔はしないぞ!? だいたい、そんなことしてみろ! 俺がヘレナに怒られる!」
「それで省みる善良さがあればよかったんだがな」
「ばか言え、俺ほど善良な奴がいるか」

 先ほどと真逆のことを言いながら胸を張ったテオバルドは、小川の向こう側に見えた影に足を止める。
 レオンハルトも足を止め、テオバルドの視線の先を見れば、そこには一匹の牝鹿がいた。

「……狩るのか?」
「んー……ヘレナが好きだから狩りたい気もするが、今はヘレナたちと合流するのが先だな。ほぼ賭けみたいなものだが」

(賭けの自覚があったのか……)

 再び歩き出したテオバルドの後をついて行きながら、この広い狩場で、特に約束もしていない相手に出会える確率はどのくらいあるのだろうか、とレオンハルトは小さく息を吐き出した。
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