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第七章

遠目の再会

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 ヘレナに獲物の狙い方を教え、テレーゼとお茶を楽しみながら残りの日数を過ごしたルシアナは、大会の前日、トゥルエノ王国から連れて来た自身の騎士団メンバー数人とエステルと共に、狩猟大会の会場へとやって来た。
 トゥルエノ王国から連れて来た騎士たちは、レオンハルトの計らいでラズルド騎士団所属となり、ラズルド騎士団の分隊という位置づけでルシアナの傍に留まることになった。多少のデザインの変更はあったが、白い騎士服はそのまま着用が許され、騎士としての待遇も他のラズルド騎士団の団員たちと変わらないものとなっている。

(やっぱり、人目は引くわね)

 ラズルド騎士団の黒い騎士服とは違う、白い騎士服を身に纏った女性たちを引き連れるルシアナを、周りの人々が遠巻きに眺める。

(いつもミゲラばかりを連れていたから、ミゲラ以外の女性騎士はいないと思われていたのかしら)

 ルシアナがトゥルエノ王国から連れて来た騎士は二十五人。内二十四名が女性だった。シュネーヴェ王国にも女性騎士がいないことはない、とレオンハルトから聞いていたが、やはり相当珍しいのだろう、と内心頷く。

「ルシ――奥様!」
「エドゥアルド」

 オーダーメイドのはずなのに、何故かぴちぴちな騎士服に身を包んだ、巨大な体躯の中年の男性が駆け寄って来る。

「幕舎の場所を確認して参りました。ご案内します」
「ありがとう。助かるわ」

 男性――エドゥアルドはにっと白い歯を見せて笑うと、ルシアナたちを先導する。
 二十五人中唯一の男性であるエドゥアルドは、この白い騎士団がまだトゥルエノ王国第五騎士団だったころの副団長であり、ルシアナの侍女であるエステルの夫だった。以前は近衛騎士団に所属していたが、エステルがルシアナの侍女ということもあり、ルシアナが塔を出て自身の騎士団を作ってからはルシアナの元に身を置くようになった。
 二十代後半のエステルとは少々歳が離れているが、彼女のことを心から愛し尊重していることがその言動の節々から伝わってくるため、ルシアナもエドゥアルドには信頼を寄せていた。

「シルバキエ公爵家の幕舎は奥様お一人でお使いいただくようです。分隊の女性騎士とエステルの幕舎が近くにあるので、何かありましたら彼女たちに声を掛けてください」
「レオンハルト様は騎士団のほうに泊まられるのかしら?」
「そのようです。公爵閣下としてではなく、王太子殿下の護衛としてこの場にはいらっしゃるようですね」
「そう……」

 思っていた以上に気落ちしたような声が漏れてしまい、ルシアナは急いで話題を変える。

「エドゥアルドは先に来ているラズルド騎士団と合流するの?」
「ええ、その予定です。……旦那様に言伝があれば承りますよ、姫君」
「んっんん!」

 後ろを振り返り意味ありげに笑ったエドゥアルドに、ルシアナの後ろを歩いていたエステルが大きく咳払いする。

「いや、だってなぁ、エステル――」
「んんっ」

 再び咳払いされたエドゥアルドは、大きな背中を丸め肩を落とす。

(まあ)

 ルシアナはくすっと笑うと、お礼を口にする。

「ありがとう、エドゥアルド。お仕事の邪魔をしてはいけないもの。わたくしは大丈夫よ」
「……邪魔、ねぇ」

 小さく呟いたエドゥアルドは、背筋を伸ばしルシアナの隣へと移動する。

「俺は、仕事だからと遠慮されるほうが寂しいですかね。そりゃあ時には家族より優先しなきゃいけないこともありますけど、『会いたい』とか『寂しい』とかは言ってほしいですね。そういうのはただ可愛いだけなので」
「エドゥアルド!」

 顔を真っ赤にしながら声を上げるエステルを一瞥すると、エドゥアルドは締まりのない笑みを浮かべる。

「いやぁ、いつまで経っても妻が可愛くて……」
「わかるわ、エドゥアルド」
「ほう……? 俺と張り合うつもりですか? ルシアナ様」
「エ、エドゥアルド!!」

 さらに顔を赤くしながら大きな声を出したエステルに、ルシアナは小さく笑う。

「ふふ、エステルは、エドゥアルドといるときが一番可愛らしいわ」
「お、わかります?」
「……っ! ……っ!!」

 もう言葉にならないのか、エステルは思い切りエドゥアルドの背中を叩く。その様子にルシアナはさらに笑みを深めたが、エドゥアルドの向こう側、視界のずっと先のほうに、風に靡く黒いマントを見つけ、思わず足を止める。
 遠目でもわかる清廉な黒い騎士服に、煌めくシルバーグレイの髪。

(……レオンハルト様)

 大会の前日だからだろうか。彼の元には次々と人がやって来て、何か指示を仰いでいるようだった。

(……お元気そうでよかったわ)

 遠くから背中を見ているだけなのに、何故か少しだけ、心が満たされたような気持ちになる。この数週間ずっと抱えていた恋しさや寂しさは確かにあるものの、元気そうな姿を見られただけでも十分だった。

(本当に……自分で思っているよりずっと、レオンハルト様のことが好きなのだわ)

 気を抜くといろいろと溢れ出してしまいそうで、ルシアナは口元に力を入れる。

「……本当に、何もお伝えしなくていいんですか?」

 それをどう捉えたのか、窺うようなエドゥアルドの声に、ルシアナはレオンハルトから顔を背けると再び歩き出す。

「それなら、“どうか怪我に気を付けて、お仕事頑張ってください”と、それだけ伝えてもらえるかしら」
「それは……もちろんですが……」

 何か言いたげに口籠るエドゥアルドに、ルシアナは、ふっと笑うと彼を見上げた。

「本当に大丈夫よ。我慢をしているわけではないの。それに、『会いたい』や『寂しい』は、わたくしが直接伝えなくては意味がないでしょう?」

 同意を求めるように首を傾げれば、エドゥアルドは数秒置いて、大きな声で笑った。

「それはそうですね! 申し訳ありません、俺が余計な口を挟んだようです」
「いいえ。あなたの気遣いが嬉しかったわ、ありがとう」

 エドゥアルドに笑みを返したルシアナは、深く息を吸い込むと、真っ直ぐ前を見つめる。

(姿を見ることもできない三週間を乗り切ったのだもの。会おうと思えば会える距離にいるたったの数日は、なんてことないわ)

 先ほど見たレオンハルトの背中を思い出しながら、少しだけ軽くなった心に、ルシアナは小さな笑みを浮かべた。
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