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第六章
テレーゼとのお茶会(三)
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「どのように、って……」
気まずそうに言い淀むテレーゼに、ルシアナは穏やかな笑みを向ける。
「トゥルエノの王家が、他国で“呪われた一族”と呼ばれていることは存じていますわ」
「……そうなの」
安堵とも、落胆ともとれる息を一つ吐くと、テレーゼは深呼吸したのち、真っ直ぐルシアナを見た。
「あなたの言う通り、トゥルエノは女児しか産まれない呪われた一族だと伝わっているわ。“呪い”は一般的なものではないから、ただの奇跡的な偶然だと言う人もいるし……その……特殊な一族だから呪われている可能性も本当にあって……もしかしたら伝染するんじゃないか、とか……」
「まあ」
(呪いが伝染するだなんて)
有り得ない懸念に思わず笑ってしまったルシアナだったが、その一方で、なるほど、と納得していた。
これまで多くのパーティーやお茶会に参加してきたが、挨拶以外で積極的にルシアナと言葉を交わしてくれたのは、そのほとんどが既婚者で、すでに子どもがいる女性ばかりだった。
(わたくしが結婚を控えているから、先人の方々が気にかけてくださっているのかと思っていたけれど、そういうことだったのね。思い返してみれば、未婚の方でわたくしとたくさんお話ししてくださったのは、ヘレナ様にご紹介いただいた方々ばかりだわ)
心の中で一人頷いていたルシアナは、ちらちらと自分を見るテレーゼに気付き、小さく笑む。
「そのように噂されている中、わたくしと仲良くしてくださってありがとうございます、テレーゼ様」
「なっ、と、当然よ! いえ、初対面があれだったわたしが胸を張ることじゃないけど、呪いは人間には関係ないと聞くし、万が一呪われていたとしても、呪いが伝染するなんてことないわよ! 風邪じゃないんだから!」
鼻息を荒くしながら「何を言っているのかしらっ」と息巻くテレーゼに、ルシアナは小さく肩を揺らすと、ふわりと微笑む。
「そうですね、伝染することはありませんわ。そもそも、わたくしは男の子も女の子も産むことができるので、伝染も何もないのですが」
「……え!? そうなの!?」
「はい。女児しか産まれないというのは王家――細かく言えば、現女王と次期女王に限られた話ですので、それ以外の王女の子は男女どちらも産まれますわ。お母様の姉妹の中には、御子が全員男性という方もいらっしゃいますもの」
「そう、なの……」
驚いたように、ほうっと息を吐いたテレーゼは、興味深そうにルシアナを見つめた。
「ごめんなさい、こんな風に見るのは失礼だとわかってはいるんだけど……なんというか、不思議な一族なのね」
「ふふ、そうですね。わたくしたち自身も、己の血の由来をはっきりとは把握できていないので……本当に、不思議な血筋ですわ」
(可能性の話でいいのなら、有力なものもあるけれど――)
ルシアナは、逸れかけた思考を戻すように心の中で首を振ると、目の前の人物に意識を戻す。
「もう一つ不思議な話をすると……」
「え、なあに?」
前のめりに尋ねるテレーゼに、ルシアナの表情は自然と綻んだ。
「現女王、次期女王以外の王女が産んだ子は、みな必ず赤い瞳をしているのですよ」
「えっ」
テレーゼの目が大きく見開かれる。
「そうなの? みんな? 例外なく? 絶対?」
「はい。みんな、例外なく、絶対です。血が薄まるごとに瞳の色も薄まって、最終的に白くなったら、その次の代以降は両親の瞳の色どちらかを受け継ぐそうです」
「ええ……なにそれ、本当に不思議ね」
考え込むように眉根を寄せたテレーゼに、ルシアナも大きく頷く。
「はい。個人的には、直系は女児しか産まれないという出来事より、余程不思議なことだと思っています」
「わたしもそう思うわ。赤はトゥルエノらしい色だと思うけど、最終的に白くなるっていうのが本当に不思議」
気味悪がるわけでもなく、どこか関心を抱いた様子で頷くテレーゼに、ルシアナはただにっこりと笑みを返す。
白い瞳については、ほぼ間違いないであろう可能性が、一つだけあった。
しかし、それをテレーゼに伝える必要はないだろう、と、ルシアナは口を閉ざし紅茶に口を付ける。
「……ねえ、ルシアナ様」
「はい」
少しして遠慮がちに声を掛けられたルシアナは、カップに落としていた視線をテレーゼに戻す。目が合った彼女は、わずかに眉尻を下げた。
「あのね、話せる範囲でいいから、もっといろいろ教えてくれないかしら。わたし、あなたと会って、初めて自分の見ていた世界がとても狭いことに気付いたの。過去の行いはなくならないし、考えや思いをすぐに変えることはできないわ。けど……」
強く手を握り込み、大きく息を吸ったテレーゼは、背筋を伸ばし、決意に満ちた笑みを浮かべた。
「けど、知って、変わっていきたい。もちろん、変われないところも、結局受け入れられないものもあると思う。それでも、知ろうともしないで拒絶するよりは全然いいと思うから。……って、真面目にこんなこと言うの、照れるわね」
そう言いつつ、テレーゼは決して目を逸らさなかった。
そのテレーゼの真っ直ぐさが眩しく、ルシアナは思わず目を細める。
(生き生きしている、とはきっとこういうことをいうのね)
自分の考えを、思いを、感情を、正直に伝えられるテレーゼが輝いて見えた。
「……わたくし、やっぱりテレーゼ様のことが大好きですわ」
「! な、なによ、突然……! わ、わたしだって……」
先ほどまでとは打って変わり、ごにょごにょと口の中で何かを呟いているテレーゼに、ルシアナは思わず小さく吹きだした。それに顔を赤くしたテレーゼだったが、彼女もすぐにおかしそうに笑いだす。
(この国に来られてよかったわ、本当に)
ルシアナとテレーゼの話は尽きることなく、日が暮れても、二人はお互いに質問を交わし合い、様々な話に花を咲かせた。
気まずそうに言い淀むテレーゼに、ルシアナは穏やかな笑みを向ける。
「トゥルエノの王家が、他国で“呪われた一族”と呼ばれていることは存じていますわ」
「……そうなの」
安堵とも、落胆ともとれる息を一つ吐くと、テレーゼは深呼吸したのち、真っ直ぐルシアナを見た。
「あなたの言う通り、トゥルエノは女児しか産まれない呪われた一族だと伝わっているわ。“呪い”は一般的なものではないから、ただの奇跡的な偶然だと言う人もいるし……その……特殊な一族だから呪われている可能性も本当にあって……もしかしたら伝染するんじゃないか、とか……」
「まあ」
(呪いが伝染するだなんて)
有り得ない懸念に思わず笑ってしまったルシアナだったが、その一方で、なるほど、と納得していた。
これまで多くのパーティーやお茶会に参加してきたが、挨拶以外で積極的にルシアナと言葉を交わしてくれたのは、そのほとんどが既婚者で、すでに子どもがいる女性ばかりだった。
(わたくしが結婚を控えているから、先人の方々が気にかけてくださっているのかと思っていたけれど、そういうことだったのね。思い返してみれば、未婚の方でわたくしとたくさんお話ししてくださったのは、ヘレナ様にご紹介いただいた方々ばかりだわ)
心の中で一人頷いていたルシアナは、ちらちらと自分を見るテレーゼに気付き、小さく笑む。
「そのように噂されている中、わたくしと仲良くしてくださってありがとうございます、テレーゼ様」
「なっ、と、当然よ! いえ、初対面があれだったわたしが胸を張ることじゃないけど、呪いは人間には関係ないと聞くし、万が一呪われていたとしても、呪いが伝染するなんてことないわよ! 風邪じゃないんだから!」
鼻息を荒くしながら「何を言っているのかしらっ」と息巻くテレーゼに、ルシアナは小さく肩を揺らすと、ふわりと微笑む。
「そうですね、伝染することはありませんわ。そもそも、わたくしは男の子も女の子も産むことができるので、伝染も何もないのですが」
「……え!? そうなの!?」
「はい。女児しか産まれないというのは王家――細かく言えば、現女王と次期女王に限られた話ですので、それ以外の王女の子は男女どちらも産まれますわ。お母様の姉妹の中には、御子が全員男性という方もいらっしゃいますもの」
「そう、なの……」
驚いたように、ほうっと息を吐いたテレーゼは、興味深そうにルシアナを見つめた。
「ごめんなさい、こんな風に見るのは失礼だとわかってはいるんだけど……なんというか、不思議な一族なのね」
「ふふ、そうですね。わたくしたち自身も、己の血の由来をはっきりとは把握できていないので……本当に、不思議な血筋ですわ」
(可能性の話でいいのなら、有力なものもあるけれど――)
ルシアナは、逸れかけた思考を戻すように心の中で首を振ると、目の前の人物に意識を戻す。
「もう一つ不思議な話をすると……」
「え、なあに?」
前のめりに尋ねるテレーゼに、ルシアナの表情は自然と綻んだ。
「現女王、次期女王以外の王女が産んだ子は、みな必ず赤い瞳をしているのですよ」
「えっ」
テレーゼの目が大きく見開かれる。
「そうなの? みんな? 例外なく? 絶対?」
「はい。みんな、例外なく、絶対です。血が薄まるごとに瞳の色も薄まって、最終的に白くなったら、その次の代以降は両親の瞳の色どちらかを受け継ぐそうです」
「ええ……なにそれ、本当に不思議ね」
考え込むように眉根を寄せたテレーゼに、ルシアナも大きく頷く。
「はい。個人的には、直系は女児しか産まれないという出来事より、余程不思議なことだと思っています」
「わたしもそう思うわ。赤はトゥルエノらしい色だと思うけど、最終的に白くなるっていうのが本当に不思議」
気味悪がるわけでもなく、どこか関心を抱いた様子で頷くテレーゼに、ルシアナはただにっこりと笑みを返す。
白い瞳については、ほぼ間違いないであろう可能性が、一つだけあった。
しかし、それをテレーゼに伝える必要はないだろう、と、ルシアナは口を閉ざし紅茶に口を付ける。
「……ねえ、ルシアナ様」
「はい」
少しして遠慮がちに声を掛けられたルシアナは、カップに落としていた視線をテレーゼに戻す。目が合った彼女は、わずかに眉尻を下げた。
「あのね、話せる範囲でいいから、もっといろいろ教えてくれないかしら。わたし、あなたと会って、初めて自分の見ていた世界がとても狭いことに気付いたの。過去の行いはなくならないし、考えや思いをすぐに変えることはできないわ。けど……」
強く手を握り込み、大きく息を吸ったテレーゼは、背筋を伸ばし、決意に満ちた笑みを浮かべた。
「けど、知って、変わっていきたい。もちろん、変われないところも、結局受け入れられないものもあると思う。それでも、知ろうともしないで拒絶するよりは全然いいと思うから。……って、真面目にこんなこと言うの、照れるわね」
そう言いつつ、テレーゼは決して目を逸らさなかった。
そのテレーゼの真っ直ぐさが眩しく、ルシアナは思わず目を細める。
(生き生きしている、とはきっとこういうことをいうのね)
自分の考えを、思いを、感情を、正直に伝えられるテレーゼが輝いて見えた。
「……わたくし、やっぱりテレーゼ様のことが大好きですわ」
「! な、なによ、突然……! わ、わたしだって……」
先ほどまでとは打って変わり、ごにょごにょと口の中で何かを呟いているテレーゼに、ルシアナは思わず小さく吹きだした。それに顔を赤くしたテレーゼだったが、彼女もすぐにおかしそうに笑いだす。
(この国に来られてよかったわ、本当に)
ルシアナとテレーゼの話は尽きることなく、日が暮れても、二人はお互いに質問を交わし合い、様々な話に花を咲かせた。
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