ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

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第七章

狩猟大会・一日目(一)

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 デザインが変更されてから初めて袖を通した騎士服は、懐かしく、新鮮だった。金の装飾が施された騎士服は上下とも白く、ブーツも白だ。汚れの目立つ色ではあるが、ヘレナが参加する一日目のみルシアナも参加するため、この一着だけを持って来た。

(『泥で汚さず、血で汚さず、潔白の勝利を示す白』――かつてトゥルエノにいた王女が残したと言われるこの言葉が印象的で、白を選んだのよね。今では一番好きな色だわ)

 味気ない色だと言われることが多いが、それはどこにでも馴染み調和することができるということでもある。

(まぁ、森の中で白というのは少々目立つ気もするけれど)

 ルシアナは小さく笑うと、レースでできたものではない、白い革製の手袋を装着する。手首にある釦を留め、手の開閉を繰り返すと、ぐっと握り込んだ。

(久しぶりの感覚ね)

 シュネーヴェ王国に来てから、騎士たちの訓練に交じったことはない。婚約期間中は、他国の王族である自分が怪我を負うようなことがあってはいけない、と避け、結婚後は、レオンハルト不在の間に勝手なことはできないと控えていた。

(自室で体を動かしてはいたけれど、やっぱり騎士服を着ると気が引き締まるわ。今日、剣を振るうことはないでしょうけど)

 矢の入った矢筒を腰から下げ、その上部にある革ベルトに短剣を差す。弓を持って頭を下げるエステルから弓を受け取る。

「ありがとう、エステル。いってくるわ」
「いってらっしゃいませ」

 幕舎の外に出ると、見張りを担当している騎士二人と、狩場に同行する護衛の騎士二人が、揃って頭を下げる。軽く手を挙げれば、彼女たちはすぐに姿勢を正した。
 ふわり、と高い位置で一つ結びにしたホワイトブロンドの髪が風に揺れ、真綿のように頬を撫でる。夏の名残を感じる暖かな日差しと、秋の訪れを感じる涼やかな風がルシアナを包んだ。

(いい天気)

 ルシアナは大きく息を吸い込むと、開会式の行われる会場へと向かった。



 テオバルドの開会宣言を受け、ついに狩猟大会が始まった。
 狩場は東地区、西地区、南地区の三ヵ所に分かれており、東地区は中型の草食動物、南地区は鳥類、西地区は肉食獣や猛獣が放たれている。それぞれの地区ごとに目には見えない魔法の結界が張られ、動物たちの区画移動はできないようになっているそうだ。

(中心部と北側には、参加する貴族たちの幕舎やお茶会の会場があるから、万が一猛獣とかが区画を越えて来たら大変だものね)

 結界には魔法道具を無効化する役割もあり、仮に魔法道具を隠し持っていたとしても、狩場内では使用できないようになっている。
 人智を超えた魔法というもの、そしてそれを自在に扱える魔法術師という存在は、本当に偉大なものだと一人感心していると、自分の元へ駆け寄って来る複数の足音が聞こえた。音のほうに目を向ければ、護衛を連れたヘレナが、申し訳なさそうに眉尻を下げていた。

「お待たせしてしまい申し訳ございません、ルシアナ様!」

 乗馬服に似た狩猟服を身に纏ったヘレナは、森によく馴染む深緑のジャケットを着用し、アッシュローズの髪を邪魔にならないよう三つ編みにしてまとめていた。
 獲物の狙い方などを教える中でも、彼女の狩猟大会に対する意気込みは十分に感じていたが、今の格好を見るとそれが余計に感じられる。

「まったく待ってなどいませんわ、ヘレナ様」

 そう微笑めば、ルシアナの前まで来たヘレナが、ほっとしたように胸に手を当てた。

「ありがとうございます。……テオの隣で開会宣言を聞いていたときはとても緊張していたのですが、ルシアナ様の姿を見たら落ち着きました」
「まあ。それならよかったですわ。狩りは呼吸を乱さず、平静に行わなければいけませんから」
「はい、そうですね」

 そう言って笑ったヘレナだったが、彼女の顔は次第に青ざめていき、胸に強く十字弓を抱きながら、小さく震えた。

「ほ、本当に私にできるでしょうか……? ルシアナ様の姿を見て落ち着いたのは本当なのですが、失敗したらと思うと……」
「ヘレナ様」

 ルシアナは持っていた弓を肩にかけると、強張ったヘレナの手を優しく取った。

「初めてのことに不安を感じられるのは当然のことですわ。けれど、大丈夫。わたくしはヘレナ様を信じています。ですからどうか、ヘレナ様は、ヘレナ様を信じるわたくしを信じてください。ヘレナ様なら、きっと成し遂げられますわ」

 自信に満ちた表情で、真っ直ぐヘレナを見つめれば、彼女は驚いたように目を見開いたのち、ふっと顔を綻ばせた。顔の血色は戻り、小刻みにあった震えも止まる。

「ありがとうございます、ルシアナ様。私も、ルシアナ様のことを信じています」

 お互いふふっと笑い合うと、ルシアナはヘレナから手を離し、弓を持ち直す。

「もう狩場に入りますか?」
「はい。覚悟が決まっているうちに入らないと」

 握りこぶしを作ってみせるヘレナに笑みを漏らすと、ルシアナは後ろに広がる森林へと目を向ける。

「では、参りましょうか、ヘレナ様」
「――はい、ルシアナ様」

 一つ深呼吸をして森を見据えたヘレナに、ルシアナは頷き返すと東地区の狩場へと足を踏み入れた。
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