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第六章
姉妹の時間、のそのころ(一)
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晴れ渡った空から降り注ぐ陽光を受け、ところどころ黄色や赤色に色を変えた草木が鮮やかに照る。多少の冷気を孕んだ涼しげな風が頬を撫でるのを感じながら、レオンハルトは複雑に折り目の付いた手元の書類を一枚めくった。
(こちらは小川も開けた平地もある。報告通り大型の肉食獣や雑食獣の巣は確認されず、魔物も――)
ふわり、と記憶の中の香りが鼻を掠めたような気がして、レオンハルトは紙の束を握り潰す。
(……はあ)
本日何度目になるかわからない溜息を心の中でつくと、握られすぎてずいぶんと柔らかくなった書類を伸ばす。
(やはり、彼女は何か用事があって、あんなに早く起きて来たのではないだろうか)
朝から何度考えたかわからない、答えのない疑問をまた思い浮かべながら、レオンハルトは近くで控えていた部下の一人に地図を広げるよう指示を出す。
「この最東端は似たような景色が続いて、知らず狩場の外に出てしまう可能性がある。アルメン子爵から伐採の許可が出ているから、もう少し立木を間引いて、わかりやすい目印を立てるよう魔法術師たちと相談してくれ」
「はっ」
同じ黒い騎士服に身を包んだ部下は、地図を閉じ敬礼するとその場を小走りで去る。遠ざかっていく静かな足音を聞きながら、やはり階段を駆け下りた彼女は話があったに違いない、と一方的に切り上げてしまった今朝の自身の行動を悔いる。
(一週間前に一度顔を出したきりだったからな……こちらにばかり気を取られていた)
社交界の締めくくりとなる狩猟大会の前準備は、開催日の一ヵ月前から行われる。本来であれば、レオンハルトも一週間前から今年の狩猟大会開催場所であるアルメン子爵領に来て、場所の確認や幕舎の準備などをするはずだった。しかし、結婚式を終えるまで邸を離れることはできない、と式の翌日以降に現地入りを遅らせてもらっていたのだ。
遅れた分、己の職務を全うしようと、大会用に放つ動物の管理確認や、参加する貴族たちの幕舎設営、大会中の婦人たちの休憩設備の準備など、アルメン子爵領に着いてからのことで今朝は頭がいっぱいだった。
そのため、ルシアナが何故あの時間、あの格好でエントランスまで来たのか、それを気にかけることができなかった。
仕事を疎かにするつもりは毛頭ないが、だからと言ってルシアナを蔑ろにしたり軽んじたりするつもりも当然ながらない。そもそも、結婚式を終えるまで邸を離れることはできないと言いつつ、結局、式前日まで二週間ほど魔物討伐や事後処理で邸を離れることになったのだ。
それを考えたら、今朝はもう少しゆっくりルシアナといるべきだったのではないか、とあとになって気付いた。
(約二週間留守にし、式当日だけ共にいて、また三週間邸を空ける夫か……)
何よりも大切にしたいと思った彼女を、早速粗末にしているのではないだろうか。そう思うものの、もう行動を起こしてしまった以上どうしようもない。
「しばし休憩ののち、西地区を探査する。先遣隊はラズルド騎士団第五部隊に任せる」
「はっ」
漏れそうになる息を胸の中で押しとどめそう伝えれば、先ほどとは別の部下が敬礼をし、その場を後にする。
(彼女なら何も問題なく過ごせているだろうが……それでいい、わけではないんだろう)
木々の隙間から射す光が、風に揺れる枝葉によって振れる。緩やかに揺れ動くその光が彼女の美しい髪のようで、レオンハルトは眩しそうに目を細めた。
(……三週間か)
木漏れ日から視線を逸らしたレオンハルトは、幕舎に戻るため、近くに待機させている黒馬の元へと向かう。
(せめて半日、傍にいればよかった)
そうすれば、留守にすることや狩猟大会のことを、もっと詳しく伝えられたのに。――というのはただの言い訳で、自分がただもう少しだけルシアナの傍にいたかっただけだということは、レオンハルト自身気が付いていた。
(……不思議なものだな)
ルシアナに向ける感情がどういうものなのか、その答えはまだ見つけられずにいた。
女性として意識していることが、好きということなのか。
大切にしたいと思うことが、好きということなのか。
果たしてこの好意が、恋情を孕んだ“好き”であるのか。
これまでそういったものと無縁のまま生きてきたレオンハルトには、どうしてもわからなかった。
いっそのこと剣を交えれば答えが出るだろうか、とあまりにも偏った考えが出てきたものの、レオンハルトはそれを一瞬で消す。
(何があっても彼女に剣は向けられない。向けたくない。逆があったとしても)
木陰で休んでいた愛馬の首を撫でたレオンハルトは、枝に結んでいた手綱を取りながら、自身の腰にある剣に触れる。
大切なものを守るための剣でありたい。
初めてヴァクアルドを手に取ったときの想いは、今も変わらず自分の中にある。
(……本当に彼女を守りたいと思うのなら、このままではだめだろう)
ルシアナとベルを見て、自身の精霊剣が完全でないことはすで理解していた。
(精霊剣を、覚醒させなければ)
剣から手を離し馬に跨ったレオンハルトは、ゆっくり馬を歩かせる。
ゆったりと流れる景色を見ながら、心に溜めていた溜息をすべて吐き出すように息を吐いた。
(……だが、まずは目の前のことから処理しなければいけない)
今は狩猟大会のため、万全の準備を行わなければいけない。
次に調査する西地区の懸念事項を念頭に置きながら、それでもレオンハルトの脳内には、愛らしく微笑むルシアナの姿が残り続けていた。
(こちらは小川も開けた平地もある。報告通り大型の肉食獣や雑食獣の巣は確認されず、魔物も――)
ふわり、と記憶の中の香りが鼻を掠めたような気がして、レオンハルトは紙の束を握り潰す。
(……はあ)
本日何度目になるかわからない溜息を心の中でつくと、握られすぎてずいぶんと柔らかくなった書類を伸ばす。
(やはり、彼女は何か用事があって、あんなに早く起きて来たのではないだろうか)
朝から何度考えたかわからない、答えのない疑問をまた思い浮かべながら、レオンハルトは近くで控えていた部下の一人に地図を広げるよう指示を出す。
「この最東端は似たような景色が続いて、知らず狩場の外に出てしまう可能性がある。アルメン子爵から伐採の許可が出ているから、もう少し立木を間引いて、わかりやすい目印を立てるよう魔法術師たちと相談してくれ」
「はっ」
同じ黒い騎士服に身を包んだ部下は、地図を閉じ敬礼するとその場を小走りで去る。遠ざかっていく静かな足音を聞きながら、やはり階段を駆け下りた彼女は話があったに違いない、と一方的に切り上げてしまった今朝の自身の行動を悔いる。
(一週間前に一度顔を出したきりだったからな……こちらにばかり気を取られていた)
社交界の締めくくりとなる狩猟大会の前準備は、開催日の一ヵ月前から行われる。本来であれば、レオンハルトも一週間前から今年の狩猟大会開催場所であるアルメン子爵領に来て、場所の確認や幕舎の準備などをするはずだった。しかし、結婚式を終えるまで邸を離れることはできない、と式の翌日以降に現地入りを遅らせてもらっていたのだ。
遅れた分、己の職務を全うしようと、大会用に放つ動物の管理確認や、参加する貴族たちの幕舎設営、大会中の婦人たちの休憩設備の準備など、アルメン子爵領に着いてからのことで今朝は頭がいっぱいだった。
そのため、ルシアナが何故あの時間、あの格好でエントランスまで来たのか、それを気にかけることができなかった。
仕事を疎かにするつもりは毛頭ないが、だからと言ってルシアナを蔑ろにしたり軽んじたりするつもりも当然ながらない。そもそも、結婚式を終えるまで邸を離れることはできないと言いつつ、結局、式前日まで二週間ほど魔物討伐や事後処理で邸を離れることになったのだ。
それを考えたら、今朝はもう少しゆっくりルシアナといるべきだったのではないか、とあとになって気付いた。
(約二週間留守にし、式当日だけ共にいて、また三週間邸を空ける夫か……)
何よりも大切にしたいと思った彼女を、早速粗末にしているのではないだろうか。そう思うものの、もう行動を起こしてしまった以上どうしようもない。
「しばし休憩ののち、西地区を探査する。先遣隊はラズルド騎士団第五部隊に任せる」
「はっ」
漏れそうになる息を胸の中で押しとどめそう伝えれば、先ほどとは別の部下が敬礼をし、その場を後にする。
(彼女なら何も問題なく過ごせているだろうが……それでいい、わけではないんだろう)
木々の隙間から射す光が、風に揺れる枝葉によって振れる。緩やかに揺れ動くその光が彼女の美しい髪のようで、レオンハルトは眩しそうに目を細めた。
(……三週間か)
木漏れ日から視線を逸らしたレオンハルトは、幕舎に戻るため、近くに待機させている黒馬の元へと向かう。
(せめて半日、傍にいればよかった)
そうすれば、留守にすることや狩猟大会のことを、もっと詳しく伝えられたのに。――というのはただの言い訳で、自分がただもう少しだけルシアナの傍にいたかっただけだということは、レオンハルト自身気が付いていた。
(……不思議なものだな)
ルシアナに向ける感情がどういうものなのか、その答えはまだ見つけられずにいた。
女性として意識していることが、好きということなのか。
大切にしたいと思うことが、好きということなのか。
果たしてこの好意が、恋情を孕んだ“好き”であるのか。
これまでそういったものと無縁のまま生きてきたレオンハルトには、どうしてもわからなかった。
いっそのこと剣を交えれば答えが出るだろうか、とあまりにも偏った考えが出てきたものの、レオンハルトはそれを一瞬で消す。
(何があっても彼女に剣は向けられない。向けたくない。逆があったとしても)
木陰で休んでいた愛馬の首を撫でたレオンハルトは、枝に結んでいた手綱を取りながら、自身の腰にある剣に触れる。
大切なものを守るための剣でありたい。
初めてヴァクアルドを手に取ったときの想いは、今も変わらず自分の中にある。
(……本当に彼女を守りたいと思うのなら、このままではだめだろう)
ルシアナとベルを見て、自身の精霊剣が完全でないことはすで理解していた。
(精霊剣を、覚醒させなければ)
剣から手を離し馬に跨ったレオンハルトは、ゆっくり馬を歩かせる。
ゆったりと流れる景色を見ながら、心に溜めていた溜息をすべて吐き出すように息を吐いた。
(……だが、まずは目の前のことから処理しなければいけない)
今は狩猟大会のため、万全の準備を行わなければいけない。
次に調査する西地区の懸念事項を念頭に置きながら、それでもレオンハルトの脳内には、愛らしく微笑むルシアナの姿が残り続けていた。
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