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第二章

長い一日の終わり、そして……?

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 大きな窓から爛々と降り注ぐ月の光を受けながら、ルシアナは丸テーブルの上に置かれた小さな黄色い花をぼうっと見つめる。

「そろそろ寝たほうがいいんじゃないか?」
「そうね……」

 ルシアナは深く息を吐き出すと、パチパチと薪が燃える音が静かに鳴る暖炉へ目を向ける。

「ベルはそこで寝るの?」
「なんだ、添い寝してほしいの?」

 揺らめく炎の中から上半身だけを出し、にやりと口角を上げるベルに、ふふっと眉尻を下げる。

「そうね。お願いできるかしら」
「ふーん……いつまで経っても甘えん坊だね、ルシーは」

 どこか嬉しそうに笑うベルに笑みを返しながら、ルシアナはふわふわと柔らかなベッドに入った。ベッドは大男二人が並んで寝ても十分休めそうなほど広く、思わず、といったようにベッドの上でごろごろと転がり始める。

「どうした、子ども返りか? いや、ルシーは子どものころから大人しい子だったから、これが成長なのか? ……待てよ? ルシーはまだ子どもだな?」

 宙に浮かびながら真剣な表情で首を傾げるベルに、ルシアナは動きを止め乱れた掛け布団を整えると、小さな笑みを漏らした。

「なんだか、全部が夢のようで。たった一日の出来事だったのに、何ヵ月も経ったような……一瞬で終わってしまったような……落ち着かない、不思議な感覚なの」

(これまで過ごしてきた十八年より、今日一日のほうがとても濃く長く感じるわ)

 国境から大通り、王城、教会、邸宅までの出来事を丁寧に思い出しながら、ルシアナは感慨深そうに息を吐き出す。

「ま、塔での生活は同じことの繰り返しだし、塔を出てからも話すのは決まった人間ばかりだったし……というか、塔から出て一週間くらいでこの話が来たから、騎士叙任式以外のもともと予定していたことも、ルシーがやりたいと言っていたことも何もできなかったしなぁ」

 横に潜り込んだベルは、真正面にあるルシアナの頬に触れる。

「街を見たり、国民と触れ合ったり……トゥルエノではないが、今日は少しだけやりたいことができたんだ。興奮しても仕方がないね」
「そうね、とてもドキドキしたわ。思い返しても、ドキドキする」

 見たことのない景色。感じたことのない空気。
 それらはシュネーヴェ王国に入る前にもあったものだ。だというのに、シュネーヴェ王国に入ってから、それらがより強烈に心に残っている。
 シュネーヴェ王国に入る前と入った後、その違いは一つしかない。

「……レオンハルト様」

 口からこぼれ出た言葉に、ベルが「ああ」と漏らす。

「そういえば、あいつ結局帰ってこなかったな」

 なんてことないように話を続けたベルに、理由はわからないが、ルシアナは少しだけ安堵した。
 頬に添えられた手に手を重ねながら、ルシアナはかすかにざわつく胸を落ち着かせるように、ベルに意識を向ける。

「レオンハルト様はシュネーヴェ王国を代表する騎士団の団長だもの。お忙しくて当然だわ」

 あのあと、邸宅に入る前に使者が訪れ、レオンハルトはそのまま王城へと向かった。

『今日中に帰って来られるかはわからないので、私のことは気にせず、ゆっくり体を休めてください』

 そう言って黒い馬に跨り、使者より早く出て行ったレオンハルトの姿が思い出される。

(わたくしのことを訊くためにレオンハルト様が呼び出されるのは想定していたことだわ。けれど、タイミングがずいぶんと早い。だからきっと……)

「今日くらいはルシーと一緒にいさせてくれてもよかったのにな。まぁ、ルシーに暴言吐いた人間の処理のためなら仕方ないか」
「まあ。夕食のとき姿が見えないと思ったら見に行っていたのね」
「そりゃあ行くだろ。……あの愚かな人間がどうなったか聞きたいか?」

 まるで炎が燃えているかのように輝く瞳を、黙ったまま見つめ返す。数秒そのまま見つめ合ったルシアナは、触れているベルの手を握り布団の中にしまうと、そのまま彼女を抱き締めた。

「せっかくだけれど遠慮するわ。だって、わたくしは。その方がこの国でどのような処分を受けようと、わたくしには関係のないことだわ」

 温かいベルの頭に頬を寄せながらそう言えば、ベルは愉快そうに吹き出した。

「そういえばそうだったね。人間のやることはどうもややこしい。が、それなら黙っていよう」

 腕の中でくすくすと笑うベルの声が聞きながら、ルシアナはそっと目を閉じる。

「……このひと月の間、お義兄様に訓練していただいてよかったわ。それがなければ、きっとこのようには振る舞えなかったもの」
「そうか? そういう回りくどい感じは、ロベルティナの次にルシーが上手だと思うぞ」
「ふふ、みんな言いたいことを素直に伝えるものね。けれど、他のお姉様方だって、必要があればこのように振る舞うわ。わたくしも、あの場はあの対応が適切だと思っただけだもの」

 あの発言に抗議することもできた。しかし、どうしても余計な火種は生みたくなかった。長い戦争が終わり、やっと平和が訪れたこの土地の人々に、再び戦が起こるかもしれないという不安を与えたくなかったのだ。

(アレックスお姉様やフィリアお姉様、スティナお姉様だったら、あの場で手討にしていたかもしれないわね。ルティナお姉様だったら、わたくしと同じような対応をされたのではないかしら。……なんて、お姉様たちだったら、そもそもあのようなことは言われないわ)

 塔を出てから向けられた様々な視線。目は口ほどに物を言う、というのを体現したようなそれらを思い出し、ルシアナはふっと笑みをこぼした。

「……ああいうことを直接言われたのは初めてだわ。どうせなら、みんなはっきり言ってくれればいいのに」
「トゥルエノでそんなことしてみろ。全員の首が飛ぶぞ」
「あら。なら、この国ではみんなはっきり言ってくれるかもしれないわね」
「……そんな馬鹿なことするやつ、あの人間以外にいないだろ」

 どこか呆れたように溜息を漏らすベルに、ルシアナは小さく笑う。
 そのまま取り留めのない話を続けながら、気付けば眠りについていた。

 ◇◇◇

「トゥルエノ王国から婚約者が来たと聞いて来てみれば……なによ、わたしとそう変わらないじゃない!」

 ――……いたな。馬鹿が。

 脳内で深い溜息をつくベルの声を聞きながら、ルシアナは目の前で胸を張る人物に対し、ただただ笑みを湛えた。
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