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第二章

いざ、公爵邸へ(二)

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 艶のない白い髪にチャコールグレーの肌。耳は長く尖り、瞳は白く、縦長の細い瞳孔が印象的だ。

(長く尖った耳と白い瞳はエルフ種全体の特徴よね。なんて、わたくしが会ったことがあるのはブルーエルフだけだけれど)

 ルシアナは口元のあたりで両手を組むと、にこりと柔らかな笑みを返す。

「初めまして、エーリク。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 ルシアナの動作に一瞬目を見張ったエーリクだが、すぐに嬉しそうに目を細め、同じように口の前で両手を組んだ。エーリクと微笑を交わしていると、隣に立つレオンハルトがどこか安堵したように、わずかに息を漏らしたのがわかる。

(これまで閉鎖的だった北部は異種族に対する差別や偏見がまだ強く残っていると聞いたわ。だから、わたくしがどのような反応をするか気にかかっていらっしゃったのね。……お優しい方だわ)

 そう思いながらレオンハルトに向け笑いかければ、彼はそれを読み取ったのか一つ咳払いをして、エーリクへ手を伸ばした。

「しばらくの間、エーリクはルシアナ様にお付けしようかと思っております」
「あら……よろしいのですか?」
「はい。この邸のことはエーリクが一番詳しいですし、ここに残る方々への指南役とでも思っていただければ」
「まあ。お気遣いありがとうございます、レオンハルト様」

(トゥルエノから連れてきた侍女やメイド、騎士を受け入れるというのは簡単なことではなかったと思うけれど……ありがたいことだわ、本当に)

 ルシアナは小さく息を吸うと、中へ入ろうとするレオンハルトを呼び止める。

「わたくしからも紹介したい子が。――ベル」

 そう呼びかけ斜め下へ顔を向ければ、ルシアナの後ろからベルが姿を現す。

「ベルだ。よろしくな」

 ルシアナの隣に並び片手を挙げた小さな少女に、その場にいた全員が大きく目を見開く。そのなかで、ただ一人エーリクだけは、すぐさま片膝をつき頭を下げた。
 エーリクの行動に、静寂を守っていた公爵家の使用人たちが、わずかにざわめく。彼らの様子を見て、ルシアナは考えるように頬に手を当てると、ちらりと横目でレオンハルトを窺う。彼の視線はベルに釘付けになったままだったが、その表情は普段通りに戻っているようだった。

(エルフたちが膝をつき頭を下げる存在はこの世でただ一つ。エルフ種と共に暮らしているのなら知らないはずはない、ということでよさそうだわ。それなら、わたくしも余計なことを言うべきではないわね。ベルも何も言わないし)

 ルシアナの考えを読み取ったのか、手を引かれてベルを見れば、彼女はにやりと口角を上げていた。

(――愉しそうね、ベル。よければ、エーリクに頭を上げて楽にするよう言ってくれると助かるのだけれど)

 ふむ、と考えるように首を捻ったベルは、頭を下げ続けるエーリクへ目を向ける。

「私に関することはルシーの指示に従え。ルシーが頭を上げろと言ったら上げろ」
「仰せのままに」

 素直に頷いたエーリクの言葉を聞いて、やり遂げたぞ、とでも言うようにルシアナを見上げるベルに、ルシアナは少々困惑しながら首を傾ける。

「ええと……エーリクはそれでいいのかしら」
「もちろんにございます」

 真っ直ぐ言い放たれた言葉に、ルシアナは小さく「そう」と漏らすと、もう一度ベルへ視線を向ける。ベルが大きく頷いたのを見て、ルシアナも小さく首肯した。

「では、頭を上げて、楽にしてください」
「かしこまりました」

 そう言って体勢を戻したエーリクの瞳は、先ほどまでの穏やかなものとは違い、爛々と輝いていた。

(畏怖か崇拝か友好か。エルフ種がベルたちに向ける感情はそのどれかに当てはまると言われているけれど、エーリクは崇拝寄りの友好といったところかしら)

 ルシアナはくすりと小さな笑みを漏らすと、いまだ驚いたような表情を浮かべるギュンターたちや、観察するようにこちらを見ているレオンハルトへ目を向ける。

「彼女のことはどうぞベルとお呼びください。いたりいなかったりするので、彼女のことはあまりお気になさらず。その他の細かいことは……後ほどギュンターにお伝えすればよろしいでしょうか」

 何か考えるように口元を手で覆っていたレオンハルトは、窺うようにルシアナに見上げられると、その手を退かし大きく頷いた。

「それで構いません。何かあれば私に報告が――」

 そこまで言いかけて、はっとしたように言葉を飲み込む。どこか気まずそうに眉尻を下げるレオンハルトに、ルシアナは「ああ」と明るい表情を向けた。

「レオンハルト様にすべての報告が行くのは承知しておりますわ。ここの主はレオンハルト様ですもの」

 にこにこと笑うルシアナとは対照的に、レオンハルトは神妙な面持ちで首を横に振る。

「……いえ、成婚するまではルシアナ様はトゥルエノ王国の王女殿下でいらっしゃいますし、成婚後であってもプライベートは守ります。知られたくないことは伝えないようおっしゃってください」

 見下ろす彼の瞳はどこまでも真っ直ぐで、その言葉を真剣に言っていることがわかる。

(真面目で、真っ直ぐな方ね。本当に)

「ふふ」

 思わず笑みを漏らしたルシアナは、隣に立つベルに目を向け、軽く腕を広げる。その意図を察してくれたのか、両手を上げたベルを抱き上げると、当惑しているレオンハルトへ改めて向き直った。

「レオンハルト様。わたくしはすべてをこの国に、この場所に持ってまいりました。わたくしが持てる、家族以外の大切なものすべてを」

(人も。物も。命と同じくらい大切なものも)

 ちらりとベルを見れば、彼女はルシアナを抱き締め頬を摺り寄せた。それに応えるように顔を寄せながら、ルシアナは大きく息を吸う。

「すべてを、持ってまいりました。わたくしのすべてを、あなた様に捧げるために」

 ベルを抱く腕に、つい力が入ってしまう。
 胸がゆっくり、けれど大きく鳴っている。
 もう、引き返すことはできない。
 郷愁に、少しだけ目が潤んだ気がした。
 しかし、ルシアナは決してレオンハルトから目を逸らさなかった。

「このお話をいただいたときから、わたくしのすべてはレオンハルト様のものですわ。ですから、あなた様にお知らせできないものや、見せられないものはございません。もしこれから、秘密や隠し事ができたときには、わたくしから直接、そうお伝えします。そして、いずれはきちんと、それを明かしますわ」

 ルシアナは、すっと肺の奥深くまで息を吸い込む。トゥルエノ王国とはまるで違う、どこか水気を帯びた空気が、ここが見知らぬ土地であり、これから過ごす場所なのだと実感させた。

「……改めて、これからよろしくお願いいたします。レオンハルト様」

 微笑を浮かべながら、ルシアナはただただ真っ直ぐ、レオンハルトを見つめる。そんなルシアナに応えるように、レオンハルトの目もまた、ルシアナだけを見つめていた。
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