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第二章
いざ、公爵邸へ(一)
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「わあ」
どんどん近付く公爵邸を見て、ルシアナは感嘆を素直に声に出す。そんなルシアナの姿に、レオンハルトがわずかに表情を緩めたのを、ルシアナは視界の端で捉えた。
(多くの言葉を交わしたわけではないけれど、国境沿いからワープゲートまで同乗したときよりは距離が縮まったかしら)
何がきっかけで歩み寄ろうとしてくれたのかルシアナにはわからなかったが、まさかレオンハルトから名前呼びの提案を受けるとは思っておらず、内心喜びに胸を弾ませていた。
(お互い恋や愛から始まった関係ではないけれど、きっと閣下……いいえ、レオンハルト様となら良い関係を築けるわ。……もしかしたら、それ以上の……)
本で読んだ恋物語を思い出し、ルシアナはわずかに頬が熱くなるのを感じたが、その熱を消そうと再びシルバキエ公爵家のタウンハウスへと意識を向けた。
シルバキエ公爵家の邸宅は、外壁は純白という言葉が似合うほど白く、屋根はシルバーで、シュネーヴェ王国では非常に珍しい色合いをしている。
(お邸も、黒や暗めの色にしているのかと……)
そこまで考えて、ルシアナは顔をレオンハルトに向ける。
「お邸も黒いのかと思いました」
思っていたことをそのまま口に出したため、少々不躾な言い方になってしまったな、と思ったが、レオンハルトは特に気にした様子もなく、「ああ」と小さく漏らした。
「タウンハウスくらいは明るい色にしたらどうだ、と王太子殿下がおっしゃって、あのような色になりました」
「まあ」
ありありと想像できるその光景に、ルシアナはふふっと笑みをこぼす。
(シュネーヴェ王国が建国した際、王都に土地を与えられた貴族たちは、魔法術師たちに各々好きな邸を建ててもらったと聞いていたから、てっきり真っ黒なお邸なのかと――)
「あ……」
大きな鉄柵の門を抜けた瞬間、ルシアナは小さく言葉を漏らし、自分を真っ直ぐ見つめるレオンハルトを同じように見つめ返す。
「レオンハルト様は何色がお好きなのですか?」
「……。…………好きな色、ですか」
少々困ったように眉間に皺を寄せたレオンハルトに、ルシアナはにこりと笑みを向ける。
(いけないわ、わたくしったら。今のお召し物は制服だというのに。閣下は黒色がお好きなのかと思っていたわ)
反省しつつ、微動だにしないレオンハルトからの返答を待つ。
(あ……)
公爵家の敷地は広く、門から邸の入り口までそれなりの距離があったが、邸の正面につき馬車が停まってもレオンハルトは口を閉ざしたままだった。
外で人々が待っているのを感じながらも、ルシアナは大人しく待ち続ける。他愛ない会話ではあるものの、それに真剣に答えようとしてくれるレオンハルトの姿勢は好ましいと思った。
(家族からは大人しい子だと言われていたし、わたくし自身お話しするより聞くほうが多かったけれど、レオンハルト様がお相手だとおしゃべりなほうね)
口元に手を当て、ふふと笑っていると、彼が小さく息を吸う音が聞こえた。
「……雲一つない、よく晴れた空が……好きです」
「レオンハルト様の瞳の色ですね。明るくて素敵な色ですわ」
(レオンハルト様を象徴する色は瑠璃色だし、青系統のお色がお好きなのかしら? 最初のお手紙でいただいたお花も青紫色だったものね)
何とも言えない表情を浮かべるレオンハルトにそう笑いかければ、彼は小さな咳払いを一つした。
「……申し訳ありません、質問の答えになっていませんでした。周りに置くのは黒い物が多いです」
「黒色もお好きなのですね。閣下によくお似合いですわ」
「……ありがとうございます」
レオンハルトはわずかに眉根を寄せながらそう言うと、腰を浮かせ馬車の扉に手を掛ける。
「それより、お待たせしてしまい申し訳ありませんでした」
レオンハルトが扉を開けると、外で待機していた使用人たちが一斉に頭を下げる。
先に馬車を降りたレオンハルトは、自然な仕草で手を差し出した。
「ようこそいらっしゃいました。……ルシアナ様」
「ありがとうございます。レオンハルト様」
(今日一日で何度こうしたかしら)
自然と顔が綻ぶのを感じながらその手を取り馬車を降りれば、レオンハルトは一番前で頭を下げる老年の男性に目を向けた。
「我が婚約者であり、将来公爵夫人となるルシアナ・ベリト・トゥルエノ様だ。ルシアナ様、彼は我が家の家老であるギュンター・カロッサです。普段は公爵領にて領地管理を任せているのでお会いする機会はあまり多くないかもしれませんが、結婚式が終わるまではこちらにいてもらうので、何かあれば彼を頼ってください」
レオンハルトに視線を向けられ、ルシアナは微笑を浮かべながら燕尾服を身に纏う男性を見る。
「トゥルエノ王国から参りました、ルシアナ・ベリト・トゥルエノと申します。これからよろしくお願いいたします、ギュンターさん」
そう声をかければ、男性は優雅に頭を上げ、目尻の皺を深めた。
「お初にお目にかかります。シルバキエ公爵家の家老を務めております、ギュンター・カロッサと申します。私をはじめ使用人に敬称も敬語も必要ございませんので、どうか気楽にお話しください」
オリーブ色の瞳は優しく細められ、口元には温かな笑みが称えられている。
(わたくしが来ることを歓迎してくださる方がいてくれて……いいえ、レオンハルト様がわざわざ家令を領地から呼んでくださったこと、その家令がこのように好意的に接してくれること、すべてがありがたいわ)
ルシアナは、レオンハルトやギュンターの心遣いに応えるように、柔らかな笑みを返す。
「では、ギュンターと。敬語は癖もありますので、慣れるまではこのままで失礼いたします」
「もちろんにございます。王女殿下の良きようにお取り計らいくださいませ」
ルシアナとギュンターが挨拶を交わし終えたのを見て、レオンハルトは「それではもう一人」とギュンターの後ろで頭を下げている人物へ目を向ける。それに合わせ、ルシアナもギュンターの後ろを見る。
(……まさか生涯で彼らを見ることがあるとは思わなかったわ。各地の孤島を拠点にしていると言われている、非常に稀有な種族――)
「彼は執事のエーリク。……見てお分かりかもしれませんが、ダークエルフ族です」
紹介され顔を上げた人物は、柔和な笑みをルシアナに向けた。
「お初にお目にかかります。シルバキエ公爵家にて執事をしております、ダークエルフ族のエーリクと申します。何卒よろしくお願いいたします、王女殿下」
どんどん近付く公爵邸を見て、ルシアナは感嘆を素直に声に出す。そんなルシアナの姿に、レオンハルトがわずかに表情を緩めたのを、ルシアナは視界の端で捉えた。
(多くの言葉を交わしたわけではないけれど、国境沿いからワープゲートまで同乗したときよりは距離が縮まったかしら)
何がきっかけで歩み寄ろうとしてくれたのかルシアナにはわからなかったが、まさかレオンハルトから名前呼びの提案を受けるとは思っておらず、内心喜びに胸を弾ませていた。
(お互い恋や愛から始まった関係ではないけれど、きっと閣下……いいえ、レオンハルト様となら良い関係を築けるわ。……もしかしたら、それ以上の……)
本で読んだ恋物語を思い出し、ルシアナはわずかに頬が熱くなるのを感じたが、その熱を消そうと再びシルバキエ公爵家のタウンハウスへと意識を向けた。
シルバキエ公爵家の邸宅は、外壁は純白という言葉が似合うほど白く、屋根はシルバーで、シュネーヴェ王国では非常に珍しい色合いをしている。
(お邸も、黒や暗めの色にしているのかと……)
そこまで考えて、ルシアナは顔をレオンハルトに向ける。
「お邸も黒いのかと思いました」
思っていたことをそのまま口に出したため、少々不躾な言い方になってしまったな、と思ったが、レオンハルトは特に気にした様子もなく、「ああ」と小さく漏らした。
「タウンハウスくらいは明るい色にしたらどうだ、と王太子殿下がおっしゃって、あのような色になりました」
「まあ」
ありありと想像できるその光景に、ルシアナはふふっと笑みをこぼす。
(シュネーヴェ王国が建国した際、王都に土地を与えられた貴族たちは、魔法術師たちに各々好きな邸を建ててもらったと聞いていたから、てっきり真っ黒なお邸なのかと――)
「あ……」
大きな鉄柵の門を抜けた瞬間、ルシアナは小さく言葉を漏らし、自分を真っ直ぐ見つめるレオンハルトを同じように見つめ返す。
「レオンハルト様は何色がお好きなのですか?」
「……。…………好きな色、ですか」
少々困ったように眉間に皺を寄せたレオンハルトに、ルシアナはにこりと笑みを向ける。
(いけないわ、わたくしったら。今のお召し物は制服だというのに。閣下は黒色がお好きなのかと思っていたわ)
反省しつつ、微動だにしないレオンハルトからの返答を待つ。
(あ……)
公爵家の敷地は広く、門から邸の入り口までそれなりの距離があったが、邸の正面につき馬車が停まってもレオンハルトは口を閉ざしたままだった。
外で人々が待っているのを感じながらも、ルシアナは大人しく待ち続ける。他愛ない会話ではあるものの、それに真剣に答えようとしてくれるレオンハルトの姿勢は好ましいと思った。
(家族からは大人しい子だと言われていたし、わたくし自身お話しするより聞くほうが多かったけれど、レオンハルト様がお相手だとおしゃべりなほうね)
口元に手を当て、ふふと笑っていると、彼が小さく息を吸う音が聞こえた。
「……雲一つない、よく晴れた空が……好きです」
「レオンハルト様の瞳の色ですね。明るくて素敵な色ですわ」
(レオンハルト様を象徴する色は瑠璃色だし、青系統のお色がお好きなのかしら? 最初のお手紙でいただいたお花も青紫色だったものね)
何とも言えない表情を浮かべるレオンハルトにそう笑いかければ、彼は小さな咳払いを一つした。
「……申し訳ありません、質問の答えになっていませんでした。周りに置くのは黒い物が多いです」
「黒色もお好きなのですね。閣下によくお似合いですわ」
「……ありがとうございます」
レオンハルトはわずかに眉根を寄せながらそう言うと、腰を浮かせ馬車の扉に手を掛ける。
「それより、お待たせしてしまい申し訳ありませんでした」
レオンハルトが扉を開けると、外で待機していた使用人たちが一斉に頭を下げる。
先に馬車を降りたレオンハルトは、自然な仕草で手を差し出した。
「ようこそいらっしゃいました。……ルシアナ様」
「ありがとうございます。レオンハルト様」
(今日一日で何度こうしたかしら)
自然と顔が綻ぶのを感じながらその手を取り馬車を降りれば、レオンハルトは一番前で頭を下げる老年の男性に目を向けた。
「我が婚約者であり、将来公爵夫人となるルシアナ・ベリト・トゥルエノ様だ。ルシアナ様、彼は我が家の家老であるギュンター・カロッサです。普段は公爵領にて領地管理を任せているのでお会いする機会はあまり多くないかもしれませんが、結婚式が終わるまではこちらにいてもらうので、何かあれば彼を頼ってください」
レオンハルトに視線を向けられ、ルシアナは微笑を浮かべながら燕尾服を身に纏う男性を見る。
「トゥルエノ王国から参りました、ルシアナ・ベリト・トゥルエノと申します。これからよろしくお願いいたします、ギュンターさん」
そう声をかければ、男性は優雅に頭を上げ、目尻の皺を深めた。
「お初にお目にかかります。シルバキエ公爵家の家老を務めております、ギュンター・カロッサと申します。私をはじめ使用人に敬称も敬語も必要ございませんので、どうか気楽にお話しください」
オリーブ色の瞳は優しく細められ、口元には温かな笑みが称えられている。
(わたくしが来ることを歓迎してくださる方がいてくれて……いいえ、レオンハルト様がわざわざ家令を領地から呼んでくださったこと、その家令がこのように好意的に接してくれること、すべてがありがたいわ)
ルシアナは、レオンハルトやギュンターの心遣いに応えるように、柔らかな笑みを返す。
「では、ギュンターと。敬語は癖もありますので、慣れるまではこのままで失礼いたします」
「もちろんにございます。王女殿下の良きようにお取り計らいくださいませ」
ルシアナとギュンターが挨拶を交わし終えたのを見て、レオンハルトは「それではもう一人」とギュンターの後ろで頭を下げている人物へ目を向ける。それに合わせ、ルシアナもギュンターの後ろを見る。
(……まさか生涯で彼らを見ることがあるとは思わなかったわ。各地の孤島を拠点にしていると言われている、非常に稀有な種族――)
「彼は執事のエーリク。……見てお分かりかもしれませんが、ダークエルフ族です」
紹介され顔を上げた人物は、柔和な笑みをルシアナに向けた。
「お初にお目にかかります。シルバキエ公爵家にて執事をしております、ダークエルフ族のエーリクと申します。何卒よろしくお願いいたします、王女殿下」
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