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第三章

突然の来訪者

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 燦々と降り注ぐ太陽の光で、ルシアナは目を覚ます。

(ずいぶんとゆっくり寝てしまったのね……体力にはそれなりに自身があったのだけれど。それとも精神的に疲れていたのかしら。わたくしもそういう疲労を感じたりするのね)

 上体を起こし、大きく体を伸ばすと、隣へ視線を送る。そこにはすでにベルの姿はなく、ルシアナは胸元にある魔精石に触れた。首元に触れるチェーンの冷たさに小さく笑みを漏らしながら、宝石のようで、けれど宝石よりも美しいそれに、顔を寄せる。

「おはよう、ベル」

 それに返って来る言葉はないが、ルシアナは気にすることなくネックレスをシュミーズの奥へとしまい、ベッドから降りる。すると、タイミングよく扉がノックされ、聞き馴染みのある声と名前が聞こえた。

「ルシアナ様、エステルでございます」
「どうぞ、入って」
「失礼いたします」

 扉から姿を現した女性は、低い位置で一つ結びにした暗い青緑色の髪を揺らしながら、頭を下げる。

「おはよう、エステル」
「おはようございます。ルシアナ様」

 顔を上げ、垂れた目尻をさらに下げたエステルは、ふふっと小さく笑った。

「ぐっすりお休みになられたようで安心いたしました」
「思ったより眠ってしまったみたいね。ベルはどうしてる?」
「ルシアナ様がお目覚めになられたことを私に伝えて、またどこかに行かれました」
「まあ……大丈夫かしら」

(入ってはいけない場所に入ってしまったらどうしようかしら)

 エステルのあとに入って来たメイドにお礼を言いながら、彼女が持ってきた桶のお湯で顔を洗う。そのまま頬をむにむにと触っていると、考えていることを察したのか、エステルはルシアナの手を退かし、代わりにふわふわのタオルを顔に当てた。

「エーリク様がいらっしゃるので問題ないかと存じます」
「ベルと一緒に? エーリクが?」

 ぽん、ぽん、とタオルを優しく顔に当ててくれるエステルを驚いたように見つめれば、彼女は静かに頷いた。

「そのほうがルシアナ様が安心だろう、とベル様が」
「まあ」

(ベルはわたくしたちの……いいえ、わたくしのことを本当によく気にかけてくれるわ。本当はそんなことをしなくていい存在なのに)

「ベル様はルシアナ様のことを愛していらっしゃいますからね」

 顔の水滴をすべて拭い、にこりと笑うエステルに、ルシアナは口元を押さえて笑う。

「エステルにはわたくしの考えていることがいつもお見通しね」
「ベル様には負けますが、私も幼少のころよりお仕えしておりますからね」

 可愛らしくウィンクしたエステルに、再び笑みを漏らす。

(こうしているとトゥルエノと何も変わらない……穏やかな時間だわ。ついて来てくれたエステルたちはもちろん、受け入れてくださったレオンハルト様にも改めてお礼をお伝えしなければいけないわね)

 ルシアナは小さく握りこぶしを作ると、メイドたちに指示をしてドレスや髪留めを選んでいるエステルに声を掛ける。

「エステル、レオンハルト様はお戻りに――」

 言いかけて、言葉を飲み込む。

(? 何かしら)

 慌ただしい足音や人々の声に、エステルとルシアナは顔を見合わせる。メイドたちも困惑したような表情を浮かべ、顔を見合わせていた。

(彼女たちまで戸惑っているということは、何か非常事態が起こっているのかもしれないわ)

 エステルに対し小さく頷くと、彼女も同じように頷き返し、メイドたちへ目を向けた。

「どなたか確認を――」
「ルシー!」

 エステルが言い切る前に、ルシアナの目の前にベルが姿を現す。

「面倒そうなのが来た。とりあえず着替えろ。エステル、最高に愛らしく仕上げてくれ。最高にな!」

 そう言い残すと、ベルはふっと姿を消す。エステルとメイドたちはぽかんとその様子を見守っていたが、いち早く我に返ったエステルが、メイドたちに改めて指示出しをする。
 何やら気合が入った様子のエステルにされるがままになりながら、ルシアナは一人首を傾げた。



 用意されたのは胸元と袖部分が細かなレース刺繍になっているレモンイエローのドレスで、まとめられた髪にはレッドベリルが輝く小さな薔薇の髪留めが付けられた。
 ルシアナは、あのあと迎えに来たエーリクに連れられ、応接間へと向かっていた。

「いらっしゃったのはレオンハルト様の従妹の方なの?」
「はい。旦那様のお母君であるヴァルヘルター公爵夫人の妹君、リーバグナー公爵夫人の御息女であるテレーゼ・ブルノルト様にございます」

(従妹の方が前触れのもなくいらっしゃるなんて、何かあったのかしら)

 考えるように頬に手を当てながら、ルシアナは目の前の歩くエーリクをじっと見つめる。
 いつも通り振る舞っているようで、どこか疲労感や緊張感のようなものが、ルシアナには感じられた。

(昨日会ったばかりで烏滸がましいかもしれないけれど、観察眼には少し自信があるわ。それに北部での異種族の立場を考えると……)

 ルシアナは内心息を吐くと、小さく首を横に振る。

(レオンハルト様の親族であれば、わたくしにとってもそうだわ。……仲良くできればいいのだけれど――)

「ちょっと、いつまで待たせるのよ!」

 甲高い声に、ルシアナはぴたり、と足を止める。声は、わずかに扉が開いた応接室から聞こえてきたようだ。

 ――な、面倒そうだろ。
(――……着替えで時間がかかったのは事実だわ)

 ルシアナは一つ深呼吸をすると、数歩前で同じように立ち止まっているエーリクに近付く。

「案内ありがとうございます、エーリク。ここまでで構いませんわ」

 そう言って横を通り過ぎようとしたものの、彼は慌てたようにルシアナの前に立つと、何とも言えない表情でルシアナを見下ろした。わずかに眉根が寄せられた彼の顔を見ながら、ルシアナはにこりと笑みを浮かべる。

「大丈夫よ、エーリク。わたくしには何よりも頼もしい友が傍にいるもの。あ、そうだ。今朝はベルについていてくれてありがとう。とても助かったわ」

 それだけ言うと、ルシアナはエーリクを置いて応接間の前へと行き、扉をノックする。

「失礼いたします」
「っちょっと! 誰も入っていいなん、て……」

 返事を待たず動いた扉に、先ほど聞こえたものと同じ声が飛んでくる。しかし、扉を開けたルシアナの姿を見て、中で叫んでいた少女だけでなく、同じく室内にいたギュンターやメイドたちも驚いたようにルシアナを見つめた。

「ごきげんよう。シルバキエ公爵邸へようこそいらっしゃいました、リーバグナー公爵令嬢」
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