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泊めてください。
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「……へ!?」
思ってもみなかった言葉に、私の声が裏返る。
耳は確かに『結婚』という単語を拾った。
けれど、神楽さんの視線は前に向いていて、まるで冗談だったかのように続けたのだ。
「ほら、コーヒー屋さんに着くよ」
窓の外を見れば、見慣れた街並みが流れていた。
昨日までと同じ朝の景色。
それなのに、いろいろなことがありすぎて胸の奥は落ち着かないままだった。
「帰りは迎えに来るから」
「えっ……あの、今日は店長に―――」
「店長は忙しいかもしれないだろ? ほら、いってらっしゃい」
車が店の前に停まり、運転手が静かにドアを開けた。
私は慌てて頭を下げる。
「あ、ありがとうございました……」
「気をつけてね」
車のドアが閉じられ、リムジンは音もなく走り去っていった。
私は呆然とその後ろ姿を見つめ、裏口から店に回り込む。
(け、結婚……って言った? いやいや、聞き間違い……だよね?)
更衣室で制服に着替えながら必死に否定する。
神楽さんの名前は、昨日初めて知ったところだ。
年齢も知らなければ、どんな仕事をしているのかも知らない。
昨日の非日常的な出来事が頭に残っているから、そんな幻聴を聞いたに違いない。
そうに決まっている―――はずだ。
「きっと……聞き間違い!」
ロッカーをバンと閉め、気持ちを切り替えるようにフロアへ向かう。
「おはようございます」
キッチン側から入ると、店長が電話を終えたところだった。
「おはよう。……ふう、朝から電話でバタバタだわ」
「珍しいですね。こんな朝早くに電話とか……」
「私も驚きだったわよ」
そんな会話をしながら、私はいつも通り豆の種類や冷蔵庫の中身を確認していく。
けれど心ここにあらずで、ミルクの残量を見ながらため息をついた。
(今がチャンス……? お願いしてみようかな……)
そう思った私は、すぅー…っと店長に近寄っていった。
そして―――
「店長、あの……」
「なーに?」
「あの……厚かましいお願いなんですけど。今日……泊めてもらえませんか?」
言った瞬間、店長が驚いた顔をして私を見た。
「…‥何かあった?」
「えっと……家出しました」
「えぇっ!?」
「詳しくはピークが終わってからで……」
時計の針はオープンを告げる時刻をさしている。
お客の姿が見え、慌ただしい一時間が始まるのだ。
カランカラン……
「いらっしゃいませ」
「キリマンジャロお願いします」
「かしこまりました」
「ラテお願いしますー」
「少々お待ちくださいませ」
こうして始まった慌ただしい時間。
私は一旦、目の前の仕事に集中したのだった・
―――――
「ふー……乗り切ったわね」
客足が途切れ、明らかにピークタイムが過ぎ去ると、私と店長はコーヒー豆の補充を始める。
機械を順番に掃除し、次のピークタイムの準備をするのだ。
「ですね」
「……で? 何があったっていうの?」
「……それが……」
コーヒー豆を補充しながら、私は昨日の出来事をかいつまんで話した。
翔太がアパートを引き払い、働かずに私の部屋に転がり込むと言ってきたこと。
幻滅して飛び出したこと。
そして、神楽さんに保護されたことを―――。
「うわ……それ、やっぱり別れたほうがいいよ」
「『別れたい』って伝えたんです。でも……聞き入れてくれなくて」
言葉を続けようとした、そのときだった。
窓の向こうに見慣れた人影が見えたのだ。
「……っ!」
私は慌てて身をかがめ、カウンターの下に隠れた。
跳ねる心臓を抑えるように胸に手を置き、気配を殺す。
すると、ドアが開いたことを知らせるベルの音が店内に響いたのだ。
「……いらっしゃいませ」
店長は何事もないかのように、笑顔でそう言った。
すると、入ってきたお客はコーヒーの銘柄を言うのではなく、こう聞いたのだ。
「……あの、水瀬かえでって来てます?」
その声は、聞き慣れた声だった。
(翔太だ……)
私は口を押えて息を潜めた。
すると店長がその気配を感じ取ってくれたのか―――
「今日はお休みです」
「……そうですか。すんません」
翔太はそのまま出ていったようで、扉が閉まる音が聞こえた。
そして、しばらくして店長が小さく声をかけてくれたのだ。
「もう大丈夫。帰ったわよ」
「……すみません」
安堵と罪悪感で胸がざわつく。
だが仕事中のため、私は立ち上がって再び作業に戻ったのだ。
「―――で、どうするの?」
「……帰ったら、また別れられない気がして。だから、今日泊めてほしいんですー……」
そう言うと、店長は少し困ったように眉を寄せた。
そして、申し訳なさそうに……本当に申し訳なさそうにこう言ったのだ。
「……ごめんね。事情があって、泊めてあげられないの」
「……ですよね。すみません……」
無理なお願いだとわかっていた。
それでも口にしてしまった自分が情けなくて、深いため息が漏れる。
(帰るしかない? でも……翔太が待ってる。どうしよう……)
私は悩みながら、ただ目の前の仕事をこなしていったのだった。
思ってもみなかった言葉に、私の声が裏返る。
耳は確かに『結婚』という単語を拾った。
けれど、神楽さんの視線は前に向いていて、まるで冗談だったかのように続けたのだ。
「ほら、コーヒー屋さんに着くよ」
窓の外を見れば、見慣れた街並みが流れていた。
昨日までと同じ朝の景色。
それなのに、いろいろなことがありすぎて胸の奥は落ち着かないままだった。
「帰りは迎えに来るから」
「えっ……あの、今日は店長に―――」
「店長は忙しいかもしれないだろ? ほら、いってらっしゃい」
車が店の前に停まり、運転手が静かにドアを開けた。
私は慌てて頭を下げる。
「あ、ありがとうございました……」
「気をつけてね」
車のドアが閉じられ、リムジンは音もなく走り去っていった。
私は呆然とその後ろ姿を見つめ、裏口から店に回り込む。
(け、結婚……って言った? いやいや、聞き間違い……だよね?)
更衣室で制服に着替えながら必死に否定する。
神楽さんの名前は、昨日初めて知ったところだ。
年齢も知らなければ、どんな仕事をしているのかも知らない。
昨日の非日常的な出来事が頭に残っているから、そんな幻聴を聞いたに違いない。
そうに決まっている―――はずだ。
「きっと……聞き間違い!」
ロッカーをバンと閉め、気持ちを切り替えるようにフロアへ向かう。
「おはようございます」
キッチン側から入ると、店長が電話を終えたところだった。
「おはよう。……ふう、朝から電話でバタバタだわ」
「珍しいですね。こんな朝早くに電話とか……」
「私も驚きだったわよ」
そんな会話をしながら、私はいつも通り豆の種類や冷蔵庫の中身を確認していく。
けれど心ここにあらずで、ミルクの残量を見ながらため息をついた。
(今がチャンス……? お願いしてみようかな……)
そう思った私は、すぅー…っと店長に近寄っていった。
そして―――
「店長、あの……」
「なーに?」
「あの……厚かましいお願いなんですけど。今日……泊めてもらえませんか?」
言った瞬間、店長が驚いた顔をして私を見た。
「…‥何かあった?」
「えっと……家出しました」
「えぇっ!?」
「詳しくはピークが終わってからで……」
時計の針はオープンを告げる時刻をさしている。
お客の姿が見え、慌ただしい一時間が始まるのだ。
カランカラン……
「いらっしゃいませ」
「キリマンジャロお願いします」
「かしこまりました」
「ラテお願いしますー」
「少々お待ちくださいませ」
こうして始まった慌ただしい時間。
私は一旦、目の前の仕事に集中したのだった・
―――――
「ふー……乗り切ったわね」
客足が途切れ、明らかにピークタイムが過ぎ去ると、私と店長はコーヒー豆の補充を始める。
機械を順番に掃除し、次のピークタイムの準備をするのだ。
「ですね」
「……で? 何があったっていうの?」
「……それが……」
コーヒー豆を補充しながら、私は昨日の出来事をかいつまんで話した。
翔太がアパートを引き払い、働かずに私の部屋に転がり込むと言ってきたこと。
幻滅して飛び出したこと。
そして、神楽さんに保護されたことを―――。
「うわ……それ、やっぱり別れたほうがいいよ」
「『別れたい』って伝えたんです。でも……聞き入れてくれなくて」
言葉を続けようとした、そのときだった。
窓の向こうに見慣れた人影が見えたのだ。
「……っ!」
私は慌てて身をかがめ、カウンターの下に隠れた。
跳ねる心臓を抑えるように胸に手を置き、気配を殺す。
すると、ドアが開いたことを知らせるベルの音が店内に響いたのだ。
「……いらっしゃいませ」
店長は何事もないかのように、笑顔でそう言った。
すると、入ってきたお客はコーヒーの銘柄を言うのではなく、こう聞いたのだ。
「……あの、水瀬かえでって来てます?」
その声は、聞き慣れた声だった。
(翔太だ……)
私は口を押えて息を潜めた。
すると店長がその気配を感じ取ってくれたのか―――
「今日はお休みです」
「……そうですか。すんません」
翔太はそのまま出ていったようで、扉が閉まる音が聞こえた。
そして、しばらくして店長が小さく声をかけてくれたのだ。
「もう大丈夫。帰ったわよ」
「……すみません」
安堵と罪悪感で胸がざわつく。
だが仕事中のため、私は立ち上がって再び作業に戻ったのだ。
「―――で、どうするの?」
「……帰ったら、また別れられない気がして。だから、今日泊めてほしいんですー……」
そう言うと、店長は少し困ったように眉を寄せた。
そして、申し訳なさそうに……本当に申し訳なさそうにこう言ったのだ。
「……ごめんね。事情があって、泊めてあげられないの」
「……ですよね。すみません……」
無理なお願いだとわかっていた。
それでも口にしてしまった自分が情けなくて、深いため息が漏れる。
(帰るしかない? でも……翔太が待ってる。どうしよう……)
私は悩みながら、ただ目の前の仕事をこなしていったのだった。
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