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二十八 *直之視点
しおりを挟む長椅子に小さくなって座る豊信を、宥める様に寄り添う香子。
そして、出られないので豊春が座る一人掛けの椅子の膝立てに座る麗華。
行儀良く座っていた先程とは違い、ふてぶてしい態度だ。
「風祭 貞継様より命を受け、私は一人娘である沙保里様、婿養子の豊信様との間に産まれた沙弥様の保護の為、貞継様の遺言書の通りに、貞継様の所有する財産、経営されていた風祭貿易の権利を保管しておりました」
「……………え?……貴方………婿養子って何ですか………貴方はお義父様の実子じゃ………」
「っ!」
「貞継様の懸念では、豊信様は外に香子という女性に入れあげておられるのをご存知で、沙保里様を蔑ろにされてらっしゃる、と感じ取られ、ご自分の死後、孫娘である沙弥様をご心配されておられたので、戸籍を豊信様の実子ではなく、貞継様は沙弥様お産まれ後、養女になさいました」
「な…………何だと………」
「遺言書は三通。一通は沙弥様、一通は西園寺家ご当主、西園寺前公爵。直之様の父君に。そして、一通は豊信様がご存知であろう内容でございます」
「……………ふざけるな!俺には、沙弥が二十歳になる迄、財産は使わせない、と………沙弥が死に繋がる事の無い様に、と、結婚もさせるな、子供を作らせるな………これぐらいしかあの爺さんは残さなかった!沙弥が全部持って行く、と考えた俺は、受取る筈の遺産を、沙弥に全部奪われるのは真っ平ごめんだ!だから、知識等入れさせず、馬鹿な娘にして育てたんだ!それなのに、あの爺さんは沙弥を養女にしただと!今迄、会社を切り盛りしてきたのは俺だ!何故奪われなきゃならん!」
「……………経営不振、脱税に借金していた口で切り盛りしていたとよく言えるな………風祭」
「わ、若造風情に呼び捨てされてたまるか!」
激高して、直之に怒鳴る豊信だが、直之や田辺は至って冷静だ。
「続けますが宜しいですか?豊信様」
「聞くに耐えん!沙弥を連れて帰るぞ!」
「連れて帰る………ねぇ……では、次は誘拐犯になると?」
「な、何だと!」
「そうでしょう?沙弥は俺の妻になったのです。妻自身が、実家に帰省する、というなら誘拐ではありませんが、無理矢理連れて行かれたら誘拐になりますよ」
「沙弥は俺の娘だ!親の許可無く結婚なんぞさせん!第一、遺言書にもあったではないか!二十歳迄、俺の保護下で面倒を見ろ、と!」
「…………先生」
「はい…………貞継様のその他二通の遺言書には、豊信様宛の遺言書より密に書かれております。実質、豊信様への遺言書は端折り書きと思って下さい………正式文章は、沙弥様宛の遺言書が優先されます………其方には、結婚可能年齢になり、当人沙弥が望む場合のみ、遺産相続を可能するが、配偶者なる者の見極めは西園寺公爵の判断により、配偶者への分配を許可する物とする…………配偶者、いわば直之様でございますが、直之様は沙弥様とお話あった結果、風祭貿易の経営権利は西園寺貿易へ委託し、風祭 豊信以外の社員は西園寺貿易社員へと移行。土地、屋敷は、豊信様、豊信様の夫人、お子様は居住許可を剥奪し、直ちに退去せよ、と決められました」
「ふ、ふざけるなぁぁぁぁっ!」
「そうよ、あの屋敷は私達の者よ!」
「奪われてたまるか!」
「私達は何処に住めと言うの!元はと言えば沙弥が私達の言う事を聞かないからじゃないの!」
至極当然の罵倒の風祭の面々。
そんな輩を無視した直之は、正芳に合図を送った。
「…………」
一礼して正芳は出て行ったが、風祭の者達は気付きもしない。
「あぁ、あとそれと………豊春君……だったかな………良かったですね、風祭伯爵」
「な、何がだ………」
「昨夜、貴方のご子息が、とある令嬢を傷者にしようとしてましたが…………そのご令嬢………ご婚約発表が皇室から近々発表されるそうです」
「……………皇室………皇室だと!」
「もし、俺が止めなかったら、如何なってた事か……………いやぁ、罪を重ねますね、貴方達一家は………ご息女といい、いい性格をされてますよ………我が妻、沙弥が良く純真で美しく育ったのか、俺には理解に苦しむが……」
「わ、私は罪を犯してないわ!」
「そう、言いますか?………今頃………貴女の許婚である藤原侯爵家に、警察も踏み込んでる事でしょうね………藤原侯爵も罪を重ねて、芋づる式で処罰されて下さい」
「い、一体何をした!」
豊信が、直之に怒鳴る。
すると、其処に来たのは呼び出された沙弥だった。
「直之様」
「…………沙弥、此方においで」
「…………はい………」
「「沙弥!」」
「お姉様!」
「姉さん!」
「大丈夫だ、この者達は自ら出て行く」
「…………は、はい……」
沙弥は何か言いたげではあるが、鬼の形相で睨んで来る四人に震え、直之の傍を離れられない。
「そうだ、続きを言わねばな………風祭家には脱税の容疑で公安警察が突入してます。そして、藤原家には藤原侯爵の婦女暴行容疑で警察から逮捕状が出ていますので、今は何方の家に行っても、貴方達は捕まるでしょうね………風祭家の女中や家令達も今、主人が居ないので如何なっているのやら、興味はありますが、俺達は新婚なので、そろそろお帰り頂けません?」
「ふざけた事言いおって!若造が!」
「帰って頂けないなら、此方に警察呼びましょうか?それとも豊春君の未遂に関して、軍司令官の閣下に頼み軍を呼びましょうか」
「……………くっ!帰るぞ!」
「貴方!何処へ!」
「知るか!……………クソッ!…………なっ………何だお前達は!」
応接室を豊信達が出ると、沙弥が産まれた頃迄働いていた女中達や家令達が、豊信を睨んでいた。
「よくも沙弥お嬢様を!」
「沙保里様を!」
「出てけっ!」
「うわっ!止めろ!俺は貴族だぞ!」
「許さないわ!今に見てなさい!」
雑巾やら水、挙句に卵や小麦粉等、食材を豊信達に投げ付けていた。
「ははははははっ!やるなぁ、皆」
「だ、誰が掃除すると思ってるんです!直之様!あぁぁぁっ!管理がぁぁぁぁっ!」
智史だけは嘆いてはいたが、皆の心情は分かるので、涙を浮かべていた。自分もまたその心情を子供の頃から聞いていたのだろう。
その夜、直之も含め、玄関ホールの大掃除をする羽目になったのは言うまでもない。
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