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 時は少し遡る、沙弥が目覚めた二日前の夜。
 風祭家では大騒ぎになっていた。

「貴方!沙弥が帰ってきません!」

 沙弥の継母、香子が麗華が藤原家別邸からの帰宅後、沙弥だけが戻って来ずに、香子が麗華に確認していた所だった。
 その時、豊信が風祭家に帰宅し、香子と麗華の話を耳にする。

「何だと!家出でもしたのか!」
「そ、それが………昼に麗華と出掛けたのですが、麗華だけ帰宅したのです。沙弥には金なんて持たせてはおりませんし、行く宛等無く………」
「麗華、何処に沙弥と出掛けたんだ?」
「藤原侯爵家ですわ、お父様………お姉様は車を使わない、一人で帰ると仰るので………」

 これは麗華の嘘だ。
 麗華は沙弥が困る事、辛い事を見るのに優越感を感じる為に、酷い仕打ちをする内の一つだ。
 態と置いてきぼりにし、交通費も渡さず徒歩の帰宅をさせていた。
 風祭家から藤原家へ車では三十分も掛からないが、この日は沙弥も体調が悪いのにも関わらず、無理矢理藤原の相手をさせ、更に悪化させて放置している。しかも、藤原侯爵家別邸は、藤原が居ない間は誰も居ない屋敷になるらしく、沙弥を追い出している。
 休ませる事はせず、沙弥はフラフラとした足取りで繁華街を普段の倍以上の時間で帰らねばならなかったのだ。
 麗華が帰宅してから、普段帰宅する時間にも帰らなかった沙弥を唯一心配したのは豊春だが、この豊春も弑逆性のある性格であるので、沙弥を探しに行くと、弱った沙弥を見付け、この機に沙弥を犯していて、それを豊春は隠している。

「藤原侯爵に連絡は!」
「しましたが、帰ったから分からない、と」

 豊信は沙弥が居なくなり不機嫌になっている。
 心配で不機嫌になっているのではないのだが、それに面白くもない香子は、豊信に言い放つ。

「居ないのなら居ないで清々しますわ。家出したなら放っておきましょうよ、貴方」
「馬鹿もん!沙弥を探させろ!そもそも何故沙弥が藤原侯爵家に行くのだ!麗華の嫁ぎ先になるのだぞ!不要だろ!」
「あら、だって藤原侯爵様、私を口説きに来るんですもの。私は篤弘様の妻になるのに、義父に襲われたら困るでしょう?だから、いい相手が居るから、とお姉様を藤原様の愛人にさせたんですわ」
「……………愛人だと!………」
「良い案だと思いません事?貴方………麗華の嫁入りと同時に沙弥も藤原侯爵家で囲われて、一生風祭家の奴隷と藤原家の奴隷で使うんですよ。勿論、風祭家に沙弥を残しながら………」

 香子の入れ知恵に、豊信は気が付かなかったのだ。沙弥が二十歳迄、無事に成長させ、風祭の全てを豊信の物にする為に、とは香子に話したが、妊娠の可能性もある愛人にさせるとは、豊信も思ってもいなかった。
 妊娠もあってらならない、とも話してあったにも関わらずだ。

「妊娠もさせるな!と言わなかったか!」
「安心して下さいな、藤原様には其方は注意してもらうようにお願いしておりますわ」
「っ!」

 豊信、香子、麗華の居る片隅で、豊春は沙弥にした事を思い出す。そう、避妊等しなかった、豊春は固まっている。

「それでも確実に避妊したとは限らんではないか!」
「良いではありませんか、妊娠したらしたで産ませても…………風祭の家が認知しなければいい話。父親が誰か分からない子を、引き取るなんてしませんでしょう?産ませてまたその子も豊春の代でもコキ使えば良いのです」
「駄目だ!許さん!麗華!今後藤原家に沙弥を連れて行くな!分かったな!」
「嫌よ!そうしたら私は義父も相手させられるかもしれないのよ!」
「貴方!藤原家とは大事な取引先ではないですか!沙弥を充てがわないと、取引にヒビが入りますわ!」
「そんなものは、この屋敷の見目の良い女中を引っ張って行けばいい!」

 流石にこの豊信の一言は、聞いた女中達はざわ付いた。

「何だ、お前達………不服そうだな………平民共は貴族様のおかげで暮らしていけるのだ!恩返しぐらいしろ!麗華!今後は沙弥ではなく、女中を連れて行け!着飾らせてな!」
「わ、分かりました。お父様」
「お、お父さん………」

 激高した豊信に、恐る恐る声を掛けに行く豊春。

「ところで、姉さんの事は………」
「決まっている…………沙弥を見つけたら、外に出す事を禁ずる!あの娘は二十歳迄、自由な暮らしはさせん!」
「は、二十歳になったら如何するつもりなんですか?」
「……………野垂れ死のうと知った事ではない。最後に風祭家の大事な仕事をさせたらお払い箱だ」
「じゃ、じゃあ姉さんを僕にくれませんか?」
「何?」

 おずおずと、豊春は豊信に願い出る内容が、香子にも激高させる言葉だった。

「豊春さん!何を言っているの!」
「本気で言っているのか!豊春!」
「いいじゃないか、だってもう要らないんだろ?あと三年待てば………好きなんだ………姉さんの事………」
「異母姉なのよ!豊春!」

 麗華でさえも弟の言う戯言に詰め寄って行くのは当然だろう。

「豊春!」
「…………ぐわっ!」

 パシッ、と豊春の頬は豊信に平手打ちされ、豊春はよろめいた。

「そんな事は以ての外だ!」
「そうですよ、豊春さん!」
「嫌だからね!お姉様を貴方の妻にするなんて!」

 それぞれ思惑は違えど、反対意見は同意していた。

「は、孕んでたら如何するだよ!僕の子を!母さんは、姉さんが産んだ子を認知させず、一生風祭の家で奴隷扱いするつもりなんだろ!僕の子だったら母さんはそんな事言えるのか!」
「…………豊春……お前、沙弥に手を出したのか!」
「…………あ………」

 豊春は口を滑らせてしまった。藤原侯爵別邸からの帰り道、沙弥を襲った事を頭に過り、手を出したのを。

「答えろ!豊春!」
「…………そ、そうだよ!麗華姉さんが、沙弥姉さんを置いてきぼりにして、先に帰って来たから、迎えに行ったんだ!その時、沙弥姉さんに…………」
「置いてきぼり、だと?それで、何故お前は一緒に帰って来なかった!麗華が置いてきぼりした沙弥を迎えに行ったのに!」
「し、舌噛んで自殺謀ろうとしたから………傍に居られなくて……」
「連れ戻して来い!今直ぐにだ!」
「っ!は、はい!」

 しかし、豊春が家令と共に向かった宿屋には、沙弥の姿が無く、再び豊信の逆鱗に触れた、香子、麗華、豊春だった。
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