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第二十八話 期待
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原作のレナンドルは、学園卒業後、ジェルヴェの手を取り、ノース、もといブランシュ家から出奔した。そして、そのまま、魔法研究者としてのキャリアを、ニンフィールド魔法研究所で積むことになった。
しかし、ノースはこれに激しく反発した。ブランシュ家の後継者を拉致したとして、連邦王国に宣戦布告、レナンドル奪還を謳った侵略の火蓋を切って落とした。
同時に、ノースでは、これを機に連邦王室を滅ぼし、ブランシュ家がニンフィールドを統べるべきであるという世論が湧き上がる。
責任を感じたレナンドルは、研究所でのキャリアを一時中断、連邦王室騎士として王太子直々の叙勲を受け、自らノースによる侵略行為を制圧した。
その一騎当千の戦いぶりはすぐさま伝説となり、それまで針の筵だったレナンドルは、一転英雄として連邦に受け入れられることとなる。
しかし、そんな矢先。
レナンドルが開発した、限られた人間以外は所在を忘れてしまう魔法によって、緊密に守られていた筈だった王太子夫妻が、ノースの手の者によって暗殺されてしまったのだ。
レナンドルはすぐさま異変を察知して、親友たちを守るため、現場に駆け付けたが、だからこそ間が悪く、王太子夫妻殺害の現行犯として、捕らえられてしまった。
それも、ニンフィールド王室騎士団の団長であった、ベランジェの手によって。
これにより、レナンドルは、世紀の大悪人として世間からの憎悪の的となり、処刑された。
と、されていたのだ。
しかし、ノースに王太子夫妻の居場所を漏洩したのは、レナンドルではなく、ベランジェだった。
元々、大陸との融和や、王太子が掲げていたとある政策のことで、内心激しく反目していたベランジェ。
兄への不信感を抱いていた彼の心につけこんだノースの貴族たちは、自分たちの悪事の隠れ蓑として、ベランジェを傀儡王に仕立て上げようと企み……ベランジェもまた、ノースが誇る強大な魔法技術に魅せられたことで、ノースの悪事に加担することを選んだのだ。
彼は、天才で、どんなに努力しても勝てなかった兄に、幼少期からコンプレックスを抱えていた。そんなベランジェにとって、兄をも圧倒する埒外の神童であるレナンドルの存在は、まさに救いだった。
しかし、そんなレナンドルもまた、兄にゾッコンで、決して自分には振り向いてくれなかった。それにより、一層コンプレックスと歪んだ憧れを肥え太らせていった。
ベランジェはレナンドルを捕らえたのち、表向きは処刑したとして、密かに手元で生かすことにした。
では、生かされたレナンドルがどうなったか……彼の素体は、プリエンの魔の手に落ちたのである。
彼の人間離れした魔力量に目を付けたマッドサイエンティスト、プリエン伯によって、非人道的な実験に利用され、プリエンの魔鉱石を精製するための苗床として、15年もの間、生きたまま魔力と生命力を搾り取られ続けたのだ。
赤い魔鉱石の力で作られた永久機関に核として取り込まれたレナンドルは、絶えず死に匹敵する苦しみに苛まれながら、しかして死ぬことだけは許されず、自分の魔力を、生命の殺傷に特化した禍々しい魔鉱石に変えられ続けた。これは、無辜の民衆の幸福を願ってやまなかったレナンドルにとっては、これ以上ない尊厳の冒涜だった。
そんな永劫の苦しみの最中にあった彼を、真実にたどり着いた主人公が救い出す。愛してやまなかった親友夫妻の子に希望の光を見たレナンドル。
永久機関に囚われていた彼の寿命は、その不死の呪縛から脱したことで、幾ばくも無いほどまで損耗していたことが発覚する。
彼は残りの命全てを主人公に捧げることを誓い、やがて、主人公を、希望の光を守るために。
自身が生み出してしまった全ての魔鉱石を道連れに、この世から跡形も残らず消えることを選んだのである。
そして、それと同時、レナンドルとその力に執着するあまり、魔力を生み出す源とされる第二頸椎を、レナンドルの魔力によって生み出された魔鉱石にまるまる置き換えていたベランジェは、魔力欠乏に悶え苦しみながら死することとなったのだった。
+++
とは言え。とは言え、である。
いくらこの先起こり得る可能性を知っていたところで、今のベランジェ王子は、なんの悪事にも手を染めていない、品行方正で明朗快活な16歳の少年。
彼が入学してから早3カ月が経過し、それなり以上に彼とかかわりを持ったが、本当にあの傍若無人傲岸不遜プリンスことジェルヴェと兄弟なのか疑わしいほど、気取ったところのない、とってもいい子なのだ。
しかも、あのジェルヴェが身近にいるから劣等感を感じざるを得なかったのは分かるが、弛まぬ努力に裏打ちされた実力と、一年生らしからぬほど卓越した知識力を持ちあわせ、あの魔法魔導馬鹿であるレナンドルとも対等に議論してみせたくらいだった。
勿論1学年では断トツの成績優秀者。その上、誰にも分け隔てない真摯で誠実な人となりで、同級生は勿論、教員や先輩からの信頼も集めてやまない。
ジェルヴェはそんな弟のことをこれでもかと溺愛しているし、レナンドルもリューシェ様も彼のことをよく気にかけて、何かと世話を焼いている。
いくら裏で何をしていたからと、名君として誰からも慕われていただけはあると言うことだろうか。まあ、王太子夫妻に心から信頼されていなければ、あの裏切りは成立しなかったのだ。それだけの人間的な魅力がベランジェにあったということは確かだろう。
何せ彼は、ジェルヴェ以外を決して信用しなかった専属騎士リュシアン・ラブレーの目すらも、15年もの間欺き通していたのだから。
何より。ああ、そう、困ったことに。
「本日もご指導ありがとうございました、シルヴィ先輩!」
「と、とんでもございませんわ、ベランジェ殿下……」
「先輩……何度も言うようですが、くれぐれも遠慮せず、僕のことはベルとお呼びください。学園では身分など関係ありませんし、貴女は僕の尊敬する先輩なんですから」
「そんな、畏れ多い」
「駄目、でしょうか……?」
「ウッ……」
とまあ、このように、この少年、この年で恐るべき人心掌握のプロフェッショナルなのである。謙虚さはもとより、ジェルヴェのような強かさも同様に持ち合わせ、いとも容易くこちらを翻弄してくるのだ。自分の魅力をミクロン単位で理解していなきゃ出せない破壊力。私は恐れおののくほかなかった。
何でも、彼が最も得意とする魔法は、私と同様、風魔法であるらしいのだ。そのよしみでついつい意気投合してしまった私たちは、あれよあれよと実践的な魔法研究に勤しむのがお決まりとなり、こうして頻繁に手合わせするようになったのである。
始めはレナンドルに手ほどきを受けていたベランジェだが、レナンドルはジェルヴェ同様、天才肌ゆえの感覚派なところがある。ベランジェはガチガチの理論派なので、同様に理論派である私にお鉢が回ってきたというだけの話ではあるのだが。
何せ、話が合う。波長が合ってしまう。それは向こうも同じであるのか、そんなつもりは全くなかったにもかかわらず、随分と懐かれてしまったらしい。
ちなみにこの手合わせにはリューシェ様もいらっしゃることが多い。ベランジェは兄を超えることを目標にしており、打倒ジェルヴェを引き続き掲げるリューシェ様とは同盟関係なのだ。
たまにこの三人で商業区のカフェに繰り出しては、魔法のことや、ジェルヴェとレナンドルの話、アトラム生としての仕事の相談を受けたりしている。
慎重に動向を伺おうと決めていたのにこのザマ。何せ、疑うのが申し訳なくなってくるくらいには、よく気が利いて優しい子なのだ。
そもそも、人の本質を見抜くことに長けていて、彼女が意図せずうちに、相手の本質をさらけ出させてしまう、独特のオーラを持つリューシェ様が、ここまで気にかけているのだ。
兄への劣等感をどうにかしさえすれば、彼が道を踏み外さないように誘導することも不可能では無いんじゃないか……そんなことを思ってしまうくらいには、私もすっかり絆されてしまっているのだった。
しかし、ノースはこれに激しく反発した。ブランシュ家の後継者を拉致したとして、連邦王国に宣戦布告、レナンドル奪還を謳った侵略の火蓋を切って落とした。
同時に、ノースでは、これを機に連邦王室を滅ぼし、ブランシュ家がニンフィールドを統べるべきであるという世論が湧き上がる。
責任を感じたレナンドルは、研究所でのキャリアを一時中断、連邦王室騎士として王太子直々の叙勲を受け、自らノースによる侵略行為を制圧した。
その一騎当千の戦いぶりはすぐさま伝説となり、それまで針の筵だったレナンドルは、一転英雄として連邦に受け入れられることとなる。
しかし、そんな矢先。
レナンドルが開発した、限られた人間以外は所在を忘れてしまう魔法によって、緊密に守られていた筈だった王太子夫妻が、ノースの手の者によって暗殺されてしまったのだ。
レナンドルはすぐさま異変を察知して、親友たちを守るため、現場に駆け付けたが、だからこそ間が悪く、王太子夫妻殺害の現行犯として、捕らえられてしまった。
それも、ニンフィールド王室騎士団の団長であった、ベランジェの手によって。
これにより、レナンドルは、世紀の大悪人として世間からの憎悪の的となり、処刑された。
と、されていたのだ。
しかし、ノースに王太子夫妻の居場所を漏洩したのは、レナンドルではなく、ベランジェだった。
元々、大陸との融和や、王太子が掲げていたとある政策のことで、内心激しく反目していたベランジェ。
兄への不信感を抱いていた彼の心につけこんだノースの貴族たちは、自分たちの悪事の隠れ蓑として、ベランジェを傀儡王に仕立て上げようと企み……ベランジェもまた、ノースが誇る強大な魔法技術に魅せられたことで、ノースの悪事に加担することを選んだのだ。
彼は、天才で、どんなに努力しても勝てなかった兄に、幼少期からコンプレックスを抱えていた。そんなベランジェにとって、兄をも圧倒する埒外の神童であるレナンドルの存在は、まさに救いだった。
しかし、そんなレナンドルもまた、兄にゾッコンで、決して自分には振り向いてくれなかった。それにより、一層コンプレックスと歪んだ憧れを肥え太らせていった。
ベランジェはレナンドルを捕らえたのち、表向きは処刑したとして、密かに手元で生かすことにした。
では、生かされたレナンドルがどうなったか……彼の素体は、プリエンの魔の手に落ちたのである。
彼の人間離れした魔力量に目を付けたマッドサイエンティスト、プリエン伯によって、非人道的な実験に利用され、プリエンの魔鉱石を精製するための苗床として、15年もの間、生きたまま魔力と生命力を搾り取られ続けたのだ。
赤い魔鉱石の力で作られた永久機関に核として取り込まれたレナンドルは、絶えず死に匹敵する苦しみに苛まれながら、しかして死ぬことだけは許されず、自分の魔力を、生命の殺傷に特化した禍々しい魔鉱石に変えられ続けた。これは、無辜の民衆の幸福を願ってやまなかったレナンドルにとっては、これ以上ない尊厳の冒涜だった。
そんな永劫の苦しみの最中にあった彼を、真実にたどり着いた主人公が救い出す。愛してやまなかった親友夫妻の子に希望の光を見たレナンドル。
永久機関に囚われていた彼の寿命は、その不死の呪縛から脱したことで、幾ばくも無いほどまで損耗していたことが発覚する。
彼は残りの命全てを主人公に捧げることを誓い、やがて、主人公を、希望の光を守るために。
自身が生み出してしまった全ての魔鉱石を道連れに、この世から跡形も残らず消えることを選んだのである。
そして、それと同時、レナンドルとその力に執着するあまり、魔力を生み出す源とされる第二頸椎を、レナンドルの魔力によって生み出された魔鉱石にまるまる置き換えていたベランジェは、魔力欠乏に悶え苦しみながら死することとなったのだった。
+++
とは言え。とは言え、である。
いくらこの先起こり得る可能性を知っていたところで、今のベランジェ王子は、なんの悪事にも手を染めていない、品行方正で明朗快活な16歳の少年。
彼が入学してから早3カ月が経過し、それなり以上に彼とかかわりを持ったが、本当にあの傍若無人傲岸不遜プリンスことジェルヴェと兄弟なのか疑わしいほど、気取ったところのない、とってもいい子なのだ。
しかも、あのジェルヴェが身近にいるから劣等感を感じざるを得なかったのは分かるが、弛まぬ努力に裏打ちされた実力と、一年生らしからぬほど卓越した知識力を持ちあわせ、あの魔法魔導馬鹿であるレナンドルとも対等に議論してみせたくらいだった。
勿論1学年では断トツの成績優秀者。その上、誰にも分け隔てない真摯で誠実な人となりで、同級生は勿論、教員や先輩からの信頼も集めてやまない。
ジェルヴェはそんな弟のことをこれでもかと溺愛しているし、レナンドルもリューシェ様も彼のことをよく気にかけて、何かと世話を焼いている。
いくら裏で何をしていたからと、名君として誰からも慕われていただけはあると言うことだろうか。まあ、王太子夫妻に心から信頼されていなければ、あの裏切りは成立しなかったのだ。それだけの人間的な魅力がベランジェにあったということは確かだろう。
何せ彼は、ジェルヴェ以外を決して信用しなかった専属騎士リュシアン・ラブレーの目すらも、15年もの間欺き通していたのだから。
何より。ああ、そう、困ったことに。
「本日もご指導ありがとうございました、シルヴィ先輩!」
「と、とんでもございませんわ、ベランジェ殿下……」
「先輩……何度も言うようですが、くれぐれも遠慮せず、僕のことはベルとお呼びください。学園では身分など関係ありませんし、貴女は僕の尊敬する先輩なんですから」
「そんな、畏れ多い」
「駄目、でしょうか……?」
「ウッ……」
とまあ、このように、この少年、この年で恐るべき人心掌握のプロフェッショナルなのである。謙虚さはもとより、ジェルヴェのような強かさも同様に持ち合わせ、いとも容易くこちらを翻弄してくるのだ。自分の魅力をミクロン単位で理解していなきゃ出せない破壊力。私は恐れおののくほかなかった。
何でも、彼が最も得意とする魔法は、私と同様、風魔法であるらしいのだ。そのよしみでついつい意気投合してしまった私たちは、あれよあれよと実践的な魔法研究に勤しむのがお決まりとなり、こうして頻繁に手合わせするようになったのである。
始めはレナンドルに手ほどきを受けていたベランジェだが、レナンドルはジェルヴェ同様、天才肌ゆえの感覚派なところがある。ベランジェはガチガチの理論派なので、同様に理論派である私にお鉢が回ってきたというだけの話ではあるのだが。
何せ、話が合う。波長が合ってしまう。それは向こうも同じであるのか、そんなつもりは全くなかったにもかかわらず、随分と懐かれてしまったらしい。
ちなみにこの手合わせにはリューシェ様もいらっしゃることが多い。ベランジェは兄を超えることを目標にしており、打倒ジェルヴェを引き続き掲げるリューシェ様とは同盟関係なのだ。
たまにこの三人で商業区のカフェに繰り出しては、魔法のことや、ジェルヴェとレナンドルの話、アトラム生としての仕事の相談を受けたりしている。
慎重に動向を伺おうと決めていたのにこのザマ。何せ、疑うのが申し訳なくなってくるくらいには、よく気が利いて優しい子なのだ。
そもそも、人の本質を見抜くことに長けていて、彼女が意図せずうちに、相手の本質をさらけ出させてしまう、独特のオーラを持つリューシェ様が、ここまで気にかけているのだ。
兄への劣等感をどうにかしさえすれば、彼が道を踏み外さないように誘導することも不可能では無いんじゃないか……そんなことを思ってしまうくらいには、私もすっかり絆されてしまっているのだった。
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