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成人編
過去との再会⑤
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ここには嫌な思い出が沢山ある。けれど、ほんの微か、兄様や優しい使用人の皆と過ごした楽しかった思い出も残っているんだ。だから、大切で捨てきれない場所に変わりはない。
「使用人総出で坊ちゃんを探したのですよ。一体今までどちらに?」
問われて、頭を悩ませる。魔王城だとは流石に答えられない。
「とっても愛おしいと思える場所だよ。大切な家族ができたんだ」
考えた末、口から出てきたのは心からの本音だった。皆のことを思い浮かべると、心が温かくなる。同時に切なさが過ぎり、心を微かに暗くした。魔王城を飛び出して、まだ一日目。
だというのに、もう皆に会いたくなっている。ノクスに好きだと伝えて、一緒にケーキを食べたいと考えてしまう。
「安心致しました」
「安心?」
「ええ、坊ちゃんは自分の居場所を見つけることができたのですね」
僕の居場所……。
瞳が潤んで、泣きそうになる。たしかに、僕にとって魔王城はくつろげる、唯一の居場所だったから。できることなら、もっとあの場所で過ごしていたかったよ。
「そういえば、最近なにか変わったことはなかった? 例えば第一王子と第二王子のこととか」
悲しい気持ちを振り払うように、話題を振れば、ギルが微かに表情を暗くする。変化に気がついて、どうしたのだろうか? と疑問に思う。
「国王が病で床に着き、それに代わって第一王子が政治を行っておられるようなのです。それからというもの、第一王子側の勢力が魔族との戦争のための準備を始め、税は上がる一方。武器の素材となる魔獣狩りのため近辺の村の男達も駆り出されており、今や食うのもやっとの民が増えてしまいました」
「……そんな。勇者は見つかっていないはずなのに……」
僕はずっと魔王城に匿われ、隠されていた。だから、戦争が起こるなんてあるはずないのに。
「十年前、人間領全体に勇者が誕生したという御触れが出されました。しかし、一向に勇者は姿を現さず、民は王族が嘘をついているのではないかと噂し始めたのです」
ノクスの部屋の前で聞いた、血眼になって勇者を探しているという言葉が頭を過ぎる。民の不信感を払拭するためには、なにがなんでも勇者を見つける必要があったんだね。でも、それと戦争がどう関係しているというの?
「つい最近になって、反魔族側に位置し、宰相も務めておられるサリバン公爵様が、勇者は既に魔王の手によって殺されたのではないかと仰られたのです。それを鵜呑みにされた第一王子様が魔族との戦争を無理矢理決められたとか……」
「たしか第二王子は魔族肯定派だったはずだよね」
「ええ。ですが、実権を我が物顔で握っておられる第一王子様によって、魔族に味方する間者という名目で牢に捕らえられてしまったのです」
「そんな横暴なことがまかり通るはずがない!?」
「……ええ、わしもそう思うのですが……話せるのはここまでです」
唖然としてしまう。十年の間にそんな大変なことが起きていたなんて思いもしなかった。もし、ノクスや皆がこのことを知っていて、僕に隠していたとするなら、それはどうして?
万が一、勇者である僕が見つかってしまったら、確実に戦争は起きてしまう。僕が望む望まないは関係なく、王族は僕を捨て駒にするだろう。人間と魔族の争いは年を重ねる毎に激化していると聞いたことがある。
僕は皆に守られていたのだと思う。守るために、僕だけを争いから遠ざけていたとするなら……。
僕はどうしたらいい? どうするべきなのかな。世界を守りたいと口では言える。けれど、実際に戦争を止め、人間と魔族の和平を築き上げるのは容易なことではない。それに、皆が必死に守ろうとしてくれたのに、自分から足を踏み入れていいのだろうか。
「止める機会は今しかないぞ」
オレオールが念を押すように言う。ジルが驚いて、オレオールを見た。剣が喋るなんて、誰だって驚いてしまうよね。
「……もしや、その剣は勇者の……」
「……ジル、僕は勇者なんだ」
誰かに自分から勇者だと伝えるのは初めてのことで、少しだけ緊張する。告げられた事実に、しばらく放心していたジルは、突然僕の手を力強く握りしめてきた。
「逃げてもいいのですよ」
「ジル……」
「坊ちゃんは昔から苦労をされてきた。成長されてからも、重荷を背負う必要などないのです」
オレオールとジルの言葉に心が揺らぐ。今なら引き返せる。ノクスの元に戻って、出ていったことを謝ればいい。でも……でもね、それはできないんだ。だって、勇者として生を受けたのには意味があると思うから。
「使用人総出で坊ちゃんを探したのですよ。一体今までどちらに?」
問われて、頭を悩ませる。魔王城だとは流石に答えられない。
「とっても愛おしいと思える場所だよ。大切な家族ができたんだ」
考えた末、口から出てきたのは心からの本音だった。皆のことを思い浮かべると、心が温かくなる。同時に切なさが過ぎり、心を微かに暗くした。魔王城を飛び出して、まだ一日目。
だというのに、もう皆に会いたくなっている。ノクスに好きだと伝えて、一緒にケーキを食べたいと考えてしまう。
「安心致しました」
「安心?」
「ええ、坊ちゃんは自分の居場所を見つけることができたのですね」
僕の居場所……。
瞳が潤んで、泣きそうになる。たしかに、僕にとって魔王城はくつろげる、唯一の居場所だったから。できることなら、もっとあの場所で過ごしていたかったよ。
「そういえば、最近なにか変わったことはなかった? 例えば第一王子と第二王子のこととか」
悲しい気持ちを振り払うように、話題を振れば、ギルが微かに表情を暗くする。変化に気がついて、どうしたのだろうか? と疑問に思う。
「国王が病で床に着き、それに代わって第一王子が政治を行っておられるようなのです。それからというもの、第一王子側の勢力が魔族との戦争のための準備を始め、税は上がる一方。武器の素材となる魔獣狩りのため近辺の村の男達も駆り出されており、今や食うのもやっとの民が増えてしまいました」
「……そんな。勇者は見つかっていないはずなのに……」
僕はずっと魔王城に匿われ、隠されていた。だから、戦争が起こるなんてあるはずないのに。
「十年前、人間領全体に勇者が誕生したという御触れが出されました。しかし、一向に勇者は姿を現さず、民は王族が嘘をついているのではないかと噂し始めたのです」
ノクスの部屋の前で聞いた、血眼になって勇者を探しているという言葉が頭を過ぎる。民の不信感を払拭するためには、なにがなんでも勇者を見つける必要があったんだね。でも、それと戦争がどう関係しているというの?
「つい最近になって、反魔族側に位置し、宰相も務めておられるサリバン公爵様が、勇者は既に魔王の手によって殺されたのではないかと仰られたのです。それを鵜呑みにされた第一王子様が魔族との戦争を無理矢理決められたとか……」
「たしか第二王子は魔族肯定派だったはずだよね」
「ええ。ですが、実権を我が物顔で握っておられる第一王子様によって、魔族に味方する間者という名目で牢に捕らえられてしまったのです」
「そんな横暴なことがまかり通るはずがない!?」
「……ええ、わしもそう思うのですが……話せるのはここまでです」
唖然としてしまう。十年の間にそんな大変なことが起きていたなんて思いもしなかった。もし、ノクスや皆がこのことを知っていて、僕に隠していたとするなら、それはどうして?
万が一、勇者である僕が見つかってしまったら、確実に戦争は起きてしまう。僕が望む望まないは関係なく、王族は僕を捨て駒にするだろう。人間と魔族の争いは年を重ねる毎に激化していると聞いたことがある。
僕は皆に守られていたのだと思う。守るために、僕だけを争いから遠ざけていたとするなら……。
僕はどうしたらいい? どうするべきなのかな。世界を守りたいと口では言える。けれど、実際に戦争を止め、人間と魔族の和平を築き上げるのは容易なことではない。それに、皆が必死に守ろうとしてくれたのに、自分から足を踏み入れていいのだろうか。
「止める機会は今しかないぞ」
オレオールが念を押すように言う。ジルが驚いて、オレオールを見た。剣が喋るなんて、誰だって驚いてしまうよね。
「……もしや、その剣は勇者の……」
「……ジル、僕は勇者なんだ」
誰かに自分から勇者だと伝えるのは初めてのことで、少しだけ緊張する。告げられた事実に、しばらく放心していたジルは、突然僕の手を力強く握りしめてきた。
「逃げてもいいのですよ」
「ジル……」
「坊ちゃんは昔から苦労をされてきた。成長されてからも、重荷を背負う必要などないのです」
オレオールとジルの言葉に心が揺らぐ。今なら引き返せる。ノクスの元に戻って、出ていったことを謝ればいい。でも……でもね、それはできないんだ。だって、勇者として生を受けたのには意味があると思うから。
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