上 下
37 / 69
成人編

過去との再会⑤

しおりを挟む
ここには嫌な思い出が沢山ある。けれど、ほんの微か、兄様や優しい使用人の皆と過ごした楽しかった思い出も残っているんだ。だから、大切で捨てきれない場所に変わりはない。

「使用人総出で坊ちゃんを探したのですよ。一体今までどちらに?」

問われて、頭を悩ませる。魔王城だとは流石に答えられない。

「とっても愛おしいと思える場所だよ。大切な家族ができたんだ」

考えた末、口から出てきたのは心からの本音だった。皆のことを思い浮かべると、心が温かくなる。同時に切なさが過ぎり、心を微かに暗くした。魔王城を飛び出して、まだ一日目。 
だというのに、もう皆に会いたくなっている。ノクスに好きだと伝えて、一緒にケーキを食べたいと考えてしまう。

「安心致しました」
「安心?」
「ええ、坊ちゃんは自分の居場所を見つけることができたのですね」

僕の居場所……。
瞳が潤んで、泣きそうになる。たしかに、僕にとって魔王城はくつろげる、唯一の居場所だったから。できることなら、もっとあの場所で過ごしていたかったよ。

「そういえば、最近なにか変わったことはなかった? 例えば第一王子と第二王子のこととか」

悲しい気持ちを振り払うように、話題を振れば、ギルが微かに表情を暗くする。変化に気がついて、どうしたのだろうか? と疑問に思う。

「国王が病で床に着き、それに代わって第一王子が政治を行っておられるようなのです。それからというもの、第一王子側の勢力が魔族との戦争のための準備を始め、税は上がる一方。武器の素材となる魔獣狩りのため近辺の村の男達も駆り出されており、今や食うのもやっとの民が増えてしまいました」
「……そんな。勇者は見つかっていないはずなのに……」

僕はずっと魔王城に匿われ、隠されていた。だから、戦争が起こるなんてあるはずないのに。

「十年前、人間領全体に勇者が誕生したという御触れが出されました。しかし、一向に勇者は姿を現さず、民は王族が嘘をついているのではないかと噂し始めたのです」

ノクスの部屋の前で聞いた、血眼になって勇者を探しているという言葉が頭を過ぎる。民の不信感を払拭するためには、なにがなんでも勇者を見つける必要があったんだね。でも、それと戦争がどう関係しているというの?

「つい最近になって、反魔族側に位置し、宰相も務めておられるサリバン公爵様が、勇者は既に魔王の手によって殺されたのではないかと仰られたのです。それを鵜呑みにされた第一王子様が魔族との戦争を無理矢理決められたとか……」
「たしか第二王子は魔族肯定派だったはずだよね」
「ええ。ですが、実権を我が物顔で握っておられる第一王子様によって、魔族に味方する間者という名目で牢に捕らえられてしまったのです」
「そんな横暴なことがまかり通るはずがない!?」
「……ええ、わしもそう思うのですが……話せるのはここまでです」

唖然としてしまう。十年の間にそんな大変なことが起きていたなんて思いもしなかった。もし、ノクスや皆がこのことを知っていて、僕に隠していたとするなら、それはどうして?

万が一、勇者である僕が見つかってしまったら、確実に戦争は起きてしまう。僕が望む望まないは関係なく、王族は僕を捨て駒にするだろう。人間と魔族の争いは年を重ねる毎に激化していると聞いたことがある。

僕は皆に守られていたのだと思う。守るために、僕だけを争いから遠ざけていたとするなら……。

僕はどうしたらいい? どうするべきなのかな。世界を守りたいと口では言える。けれど、実際に戦争を止め、人間と魔族の和平を築き上げるのは容易なことではない。それに、皆が必死に守ろうとしてくれたのに、自分から足を踏み入れていいのだろうか。

「止める機会は今しかないぞ」

オレオールが念を押すように言う。ジルが驚いて、オレオールを見た。剣が喋るなんて、誰だって驚いてしまうよね。

「……もしや、その剣は勇者の……」
「……ジル、僕は勇者なんだ」

誰かに自分から勇者だと伝えるのは初めてのことで、少しだけ緊張する。告げられた事実に、しばらく放心していたジルは、突然僕の手を力強く握りしめてきた。

「逃げてもいいのですよ」
「ジル……」
「坊ちゃんは昔から苦労をされてきた。成長されてからも、重荷を背負う必要などないのです」

オレオールとジルの言葉に心が揺らぐ。今なら引き返せる。ノクスの元に戻って、出ていったことを謝ればいい。でも……でもね、それはできないんだ。だって、勇者として生を受けたのには意味があると思うから。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

異世界召喚されて勇者になったんだけど魔王に溺愛されてます。

BL
不幸体質な白兎(ハクト)はある日、異世へ飛ばされてしまう。異世界で周りの人々から酷い扱いをされ、死にかけた白兎を拾ったのは魔王、ジュノスだった。 優しい魔王×泣き虫な勇者の溺愛BL小説 ・自己満足作品 ・過去作品のリメイク ・Rが着く話は※を付けときます ・誤字脱字がありましたらそっと報告して頂けると嬉しいです

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

処理中です...