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幼少期編
一緒に食べたら美味しさ倍増だよね
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「魔王様、側近が集まっておりますが」
「この状態ではどうにもできまい。本日の会議は中止にする」
誰かの会話する声が聞こえてきて、意識が浮上する。優しい香りのするなにかに抱きしめられているのに気がついて、目を開ければ、ノクスと目が合ってびっくりしてしまった。
「起きたのか」
「僕……あ……このまま寝ちゃってっ!」
慌ててノクスから離れようとすると、抱きかかえられていたために、バランスを崩して下へ落ちそうになった。咄嗟に大きな手が支えてくれる。なにをしているんだと、深紅の瞳に見つめられて、ごめんなさいって小さくつぶやいた。
「眠いなら寝ていろ」
「ううん。もう眠くない。あの、ありがとう。一緒に寝てくれたんでしょう?」
「かまわん。丁度いい。朝食を食べるぞ」
「え……いいの?」
「かまわんと言っている。行くぞ」
僕を抱いたまま、ノクスが部屋に備え付けられているテーブルまで向かう。僕を膝に乗せた状態で椅子に腰かけたノクスは、ベアトリスが用意してくれたパンを、小さく手でちぎって口元へと運んでくれた。素直に口を開けると、ふわふわの食感とバターの風味が口いっぱいに広がる。美味しすぎて、与えられるだけ次から次に食べ続けてしまう。
「美味しい!」
「パン以外も食え」
「いいの?」
「好きな物を食べればいい」
「そうするから下ろしてくれる?」
「駄目だ。お前はまだ幼い。スープをこぼして火傷でもされたら困る」
言いながらフォークで肉を掬い、口元へと持ってきてくれる。仕方なく口を開けて、肉を咀嚼した。ノクスは怖そうな雰囲気をまとっているのに、意外と過保護なんだって思う。
「口についているぞ」
僕が取るよりも先に、ハンカチで口元を拭ってくれる。真剣な表情でパンのカスを取ってくれているノクスがやけにかっこいい。顔が至近距離にあって、なんだかドキドキしてしまう。こんな風に接せられると、味わったことのない不思議な感じが心を包み込むんだ。
嬉しくて、幸せ。それにノクスになら甘えても大丈夫かもしれないって安心できる。
「ねえ、僕ねケーキっていうの食べてみたい」
「食べたことがないのか?」
「うん。いつも兄様が食べてるのを見てるだけだったから、すごく食べてみたいんだ」
「どんなケーキがいいのか言ってみろ」
「えーとね、真っ白なクリームに、真っ赤なチゴの実が沢山乗ってるの」
説明を終えると、ノクスがベアトリスにケーキのことを頼んでくれる。了承の返事をしたベアトリスが厨房に行くために、部屋を出ていく。その背中を見つめながら、本当に食べられるんだ!って期待感が胸を覆う。
しばらくして、生クリームで細やかにデコレーションされた大きなホールケーキが運ばれてきた。真っ赤なチゴの実の上に、妖精の鱗粉みたいにキラキラとした粉砂糖が、これでもかという程に降り積もっている。真ん中には、砂糖で造られた可愛らしい鳥型の人形が乗せられていた。
「わあ~~~! 美味しそう! ねえ、ノクスもそう思うでしょう!」
「そうだな」
見ているだけでも口内が甘味で満たされてしまいそうだ。食べるのが勿体なくて、手が出ない。
「食べないのか」
「食べる!」
ケーキはいつも兄様のためのものだった。どれだけ望んでも、両親はクリームの端すら与えてはくれなかったから。けれど、このケーキは兄様のものではないんだ。ノクスとベアトリス、それからつくってくれた人が僕のために用意してくれた、僕だけのケーキ。横に控えていたベアトリスがケーキを切り分けてくれる。
フォークを使い、パンよりも柔らかなスポンジに切れ目を入れる。崩さないように気をつけながら掬い、口に含めば、柔らかな甘さと、舌でとろけるスポンジの食感に舌鼓を打つ。まるで、ノクスの瞳のように美しく輝きを放つチゴの実を続けざまに一口で食べれば、口内に残った甘さを、程よい酸味が中和し、極上のハーモニーを奏でてくれた。
「ふぁ~、蕩けちゃいそうだよ」
「好きなだけ食え」
「ノクスは食べないの?」
「それはお前のためのものだ。お前が食えばいい」
そう言いいながら、他の料理へと手を伸ばすノクス。ケーキとノクスを交互に見ながら眉を寄せる。どうせならノクスにも食べて欲しい。だって、こんなにも美味しいんだもの。美味しいものは皆で食べた方が絶対にもっと美味しくなると思うんだ。
「はいっ!」
「なんだ」
「ケーキだよ。口開けて」
フォークに乗せたケーキをノクスの口元に持っていく。
「僕、ノクスと一緒にケーキを食べたいんだ。わがまま聞いてくれる?」
ノクスの目を見てお願いすれば、渋々といった風だけれど頷いてくれた。口元にあったケーキを一口食べて、僕の髪を撫でてくれる。
「美味い」
「えへへ、そうでしょう」
ほらね。やっぱり皆で食べるともっと美味しくなる。それに、幸せな気持ちでいっぱいになるんだ。もっとこんな気持ちを味わっていたい。パクパクとケーキを食べながら、幸せに全身を浸す。
沢山食べて、満腹になったら眠くなってきた。睡魔と戦っていると、またノクスに口を拭かれて、ベッドへと寝かせられた。
「んー、まだ眠くないよ」
「子供は寝るのが仕事だ。大人しく寝ていろ」
大きな手で目を覆われて、渋々閉じた。好きなだけ美味しいものを食べて、温かいベッドの上で眠れる。それが、なによりも特別で幸福なことなんだって噛み締める。
「ありがとう……」
微睡みに身を浸しながら、お礼を伝えた。いつか、ノクスが僕を追い出す日が来るのかもしれない。その日までは、甘えても許されるだろうか?
(もう、前の生活に戻れないかも……)
彼の温かさを知らなかった頃には戻れやしない。そんな気がする。
「この状態ではどうにもできまい。本日の会議は中止にする」
誰かの会話する声が聞こえてきて、意識が浮上する。優しい香りのするなにかに抱きしめられているのに気がついて、目を開ければ、ノクスと目が合ってびっくりしてしまった。
「起きたのか」
「僕……あ……このまま寝ちゃってっ!」
慌ててノクスから離れようとすると、抱きかかえられていたために、バランスを崩して下へ落ちそうになった。咄嗟に大きな手が支えてくれる。なにをしているんだと、深紅の瞳に見つめられて、ごめんなさいって小さくつぶやいた。
「眠いなら寝ていろ」
「ううん。もう眠くない。あの、ありがとう。一緒に寝てくれたんでしょう?」
「かまわん。丁度いい。朝食を食べるぞ」
「え……いいの?」
「かまわんと言っている。行くぞ」
僕を抱いたまま、ノクスが部屋に備え付けられているテーブルまで向かう。僕を膝に乗せた状態で椅子に腰かけたノクスは、ベアトリスが用意してくれたパンを、小さく手でちぎって口元へと運んでくれた。素直に口を開けると、ふわふわの食感とバターの風味が口いっぱいに広がる。美味しすぎて、与えられるだけ次から次に食べ続けてしまう。
「美味しい!」
「パン以外も食え」
「いいの?」
「好きな物を食べればいい」
「そうするから下ろしてくれる?」
「駄目だ。お前はまだ幼い。スープをこぼして火傷でもされたら困る」
言いながらフォークで肉を掬い、口元へと持ってきてくれる。仕方なく口を開けて、肉を咀嚼した。ノクスは怖そうな雰囲気をまとっているのに、意外と過保護なんだって思う。
「口についているぞ」
僕が取るよりも先に、ハンカチで口元を拭ってくれる。真剣な表情でパンのカスを取ってくれているノクスがやけにかっこいい。顔が至近距離にあって、なんだかドキドキしてしまう。こんな風に接せられると、味わったことのない不思議な感じが心を包み込むんだ。
嬉しくて、幸せ。それにノクスになら甘えても大丈夫かもしれないって安心できる。
「ねえ、僕ねケーキっていうの食べてみたい」
「食べたことがないのか?」
「うん。いつも兄様が食べてるのを見てるだけだったから、すごく食べてみたいんだ」
「どんなケーキがいいのか言ってみろ」
「えーとね、真っ白なクリームに、真っ赤なチゴの実が沢山乗ってるの」
説明を終えると、ノクスがベアトリスにケーキのことを頼んでくれる。了承の返事をしたベアトリスが厨房に行くために、部屋を出ていく。その背中を見つめながら、本当に食べられるんだ!って期待感が胸を覆う。
しばらくして、生クリームで細やかにデコレーションされた大きなホールケーキが運ばれてきた。真っ赤なチゴの実の上に、妖精の鱗粉みたいにキラキラとした粉砂糖が、これでもかという程に降り積もっている。真ん中には、砂糖で造られた可愛らしい鳥型の人形が乗せられていた。
「わあ~~~! 美味しそう! ねえ、ノクスもそう思うでしょう!」
「そうだな」
見ているだけでも口内が甘味で満たされてしまいそうだ。食べるのが勿体なくて、手が出ない。
「食べないのか」
「食べる!」
ケーキはいつも兄様のためのものだった。どれだけ望んでも、両親はクリームの端すら与えてはくれなかったから。けれど、このケーキは兄様のものではないんだ。ノクスとベアトリス、それからつくってくれた人が僕のために用意してくれた、僕だけのケーキ。横に控えていたベアトリスがケーキを切り分けてくれる。
フォークを使い、パンよりも柔らかなスポンジに切れ目を入れる。崩さないように気をつけながら掬い、口に含めば、柔らかな甘さと、舌でとろけるスポンジの食感に舌鼓を打つ。まるで、ノクスの瞳のように美しく輝きを放つチゴの実を続けざまに一口で食べれば、口内に残った甘さを、程よい酸味が中和し、極上のハーモニーを奏でてくれた。
「ふぁ~、蕩けちゃいそうだよ」
「好きなだけ食え」
「ノクスは食べないの?」
「それはお前のためのものだ。お前が食えばいい」
そう言いいながら、他の料理へと手を伸ばすノクス。ケーキとノクスを交互に見ながら眉を寄せる。どうせならノクスにも食べて欲しい。だって、こんなにも美味しいんだもの。美味しいものは皆で食べた方が絶対にもっと美味しくなると思うんだ。
「はいっ!」
「なんだ」
「ケーキだよ。口開けて」
フォークに乗せたケーキをノクスの口元に持っていく。
「僕、ノクスと一緒にケーキを食べたいんだ。わがまま聞いてくれる?」
ノクスの目を見てお願いすれば、渋々といった風だけれど頷いてくれた。口元にあったケーキを一口食べて、僕の髪を撫でてくれる。
「美味い」
「えへへ、そうでしょう」
ほらね。やっぱり皆で食べるともっと美味しくなる。それに、幸せな気持ちでいっぱいになるんだ。もっとこんな気持ちを味わっていたい。パクパクとケーキを食べながら、幸せに全身を浸す。
沢山食べて、満腹になったら眠くなってきた。睡魔と戦っていると、またノクスに口を拭かれて、ベッドへと寝かせられた。
「んー、まだ眠くないよ」
「子供は寝るのが仕事だ。大人しく寝ていろ」
大きな手で目を覆われて、渋々閉じた。好きなだけ美味しいものを食べて、温かいベッドの上で眠れる。それが、なによりも特別で幸福なことなんだって噛み締める。
「ありがとう……」
微睡みに身を浸しながら、お礼を伝えた。いつか、ノクスが僕を追い出す日が来るのかもしれない。その日までは、甘えても許されるだろうか?
(もう、前の生活に戻れないかも……)
彼の温かさを知らなかった頃には戻れやしない。そんな気がする。
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