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幼少期編

魔王城に自室ができました②

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窓から見える景色をぼーっと眺める。人間の住む場所となんら変わらない美しい空。見える街並みは色に溢れ、心を和ませる。ここはどこなのだろう。人間と魔族の住む土地は、高く険しい山と深い森に阻まれて交わることはない。

魔王に連れてこられたということは、もしかするとここは魔族の住む土地なのではないだろうか。そう見当をつけてみるけれど、だからといって怖いとは思わなかった。この世でなによりも怖いものは、人から受ける憎悪だと知っているから。

「失礼致します。魔王様からソル様のお世話を申し付けられました。ベアトリスでございます」

しばらく景色を眺め続けていたら、銀髪を後ろで結い、綺麗な金色の瞳をした女の人が部屋に入ってきた。

「僕のお世話?」
「はい。身の回りのことなどは、私にお任せ下さい」

無表情のまま、淡々と義務的な内容だけを口にするベアトリス。椅子から降りて、そんな彼女の前に向かうと、よろしくねって手を差し出す。でも、見つめられるだけで握り返してはくれない。どこか、警戒しているかのような雰囲気を感じて、手を引っ込める。

「僕、自分のことは自分でできるよ。だから、大丈夫」

口元に笑みを作る。僕のために誰かの手を煩わせることはしたくはない。身の回りのことは、ずっと自分でやってきていた。だから、迷惑はかけられない。

「魔王様から直々の御命令ですので」
「でも……」

淡々とした声で否定されてしまい、それ以上はなにも言えなくなってしまった。まずは身なりを整えるからと、お風呂に入るように促される。それから、髪も梳かしてもらい、衣装も新しい物と交換された。一連の作業はすべて僕が借りている部屋の中で行われ、言われた通り一歩も外には出ていない。

「へへ」
「どうかされましたか?」

突然笑いだした僕に、ベアトリスが訝しげな視線を向けてくる。新しく肌触りのいい衣装をペタペタと手で触りながら、自然と頬がゆるむ。胸元にフリルのあしらわれたシャツに、白銀の糸で刺繍の施された銀のウェストコート。同色のトラウザーズは滑らかで履き心地がいい。

「こんなに素敵な衣装初めて着たから嬉しくて」
「……そうですか」
「それにね、温かいお湯に触れたのも、髪を梳かしたのも、久しぶりなんだ!あとねっ、誰かにこんな風に親切にしてもらえるのが嬉しかったんだ」
「っ、これが仕事ですから」

ベアトリスがそっぽを向く。まるで、照れているような仕草が可愛くて、笑みを深めた。人と触れ合うのってこんなにも嬉しいことなんだって、初めてわかった気がしたんだ。

「随分と楽しそうだな」

照れているベアトリスを眺めていたら、部屋にノクスが来た。笑顔の僕を見て眉を寄せたのがわかる。ベアトリスはお辞儀をすると、部屋から出ていってしまう。

二人きりになると、ノクスが僕の前へと視線を合わせるように屈んだ。彼の深紅の瞳はいつ見ても美しく、吸い込まれてしまいそう。

「部屋は気に入ったか?」
「うん! とっても素敵。それに、見て! こんなに素敵な衣装も用意してくれて、髪も綺麗にしてくれたんだ。僕、とっても嬉しい」

ノクスの前で、大きく手を広げてクルリと回ってみせる。

「そうか。ソルの金糸の髪がいっそう美しく輝いている。アクアマリン色の瞳がよく映えるな。ベアトリスはいい仕事をしたようだ」
「あのね、僕こんなに優しくしてもらうの初めてで、びっくりしているんだ。ノクスはどうして僕にこんなにもよくしてくれるの?」

森で出会った瞬間、心がざわつくような不思議な感覚を覚えた。僕とノクスは、出会う運命だったのだと言われているような気がしたんだ。けれど、ノクスも同じように感じてくれているのかはわからない。僕だけが感じているとしたら、少しだけ寂しいとも思う。

「放置して死なれては困るからだ。それに、ソルはまだ幼すぎる」
「たしかに僕は十歳だけど、いろんなこと出来るよ。お裁縫に、水汲みに、お掃除、それから……」
「そのようなことは今後一切するな」
「でも、お世話になってばかりじゃ申し訳ないよ。それに、優しくしてもらうのは許されないんだ」

僕は兄様を傷つけた。魔力にあてられて、兄様の体調が悪化したことはわかっているし、それを受け入れて償わなければならないことも知ってるんだ。両親は僕が普通の十歳であることを許さなかった。勉強はこっそりしていたけれど、大人のように働くことを強要されていたから、誰かに頼ることが難しい。

「おいで」
「え……」

僕の言葉を聞き終えたノクスが、おもむろに腕を広げる。戸惑い、固まっている僕のことを、自ら胸に抱き、包み込んでくれた。その熱が心へとゆっくりと染み込んでいく。

街で、同年代の子供たちが親に抱きしめられているのを見つめながら、羨ましいと何度も思っていた。両親じゃなくていいから、誰か僕のことを受け入れてくれないだろうか。

その願いを叶えてくれたのは、ノクスだった。

「子供は素直に大人に甘えておくものだ」
「……僕、普通の子供でいていいの?」
「ああ、かまわない」
「わがまま言ってもいい?」
「言えばいい」

大きな手が頭を撫でてくれる。不思議だ。おとぎ話に出てくる魔王は、人を苦しめて怖いことをする酷い人なのに。ノクスはそれとは真逆のように感じる。居心地のいい胸の中に包まれていると、涙が溢れてきて、数年ぶりに声を出して大泣きした。

そんな僕のことをノクスはずっと抱きしめてくれていて、ときどき戸惑いがちに背を撫でられる。まだ来たばかりのこの場所には、欲しかったものが沢山あって、それを与えてくれたのはノクスだ。

「あり、がとうっ」
「その顔の方が子供らしいな」

泣き顔を覗き込みながら、ノクスが微かにくっと喉を鳴らす。無表情の奥に、優しさを含む笑みを垣間見た気がしてドキリと胸が跳ねる。手で涙を拭われて、そのままベッドへと運ばれた。そうして、眠りにつくまで、ノクスは僕のことを抱きしめてくれていた。

朝起きて、隣にノクスが眠っていることに安堵する。温もりを欲して、胸に顔を埋めれば、そのまま抱きしめられて、思わず笑みが漏れた。目を閉じて、微睡みを堪能する。頭を優しく撫でられて、最初は驚いたけれど、最後は心地良さに負けてそのまま、また深い眠りについた。
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