身代わりの花は甘やかに溶かされる

まるでスポンジ

①

エーデルシュタイン公爵家に行った日の数ヶ月後に、僕はついに彼等の家族に迎え入れられた。エレノアは顔合わせの日から週2日程、宮殿に遊びに来ては話し相手になってくれる。今日はエレノアは来れない日。サンルームで1人、のんびりとアップルパイを頬張っていたら、アデルバード様が入ってきて近づいてきた。

「おはようリュカ。ああ、口についてしまっているよ」

隣に腰掛けたアデルバード様が、僕の口元に指を這わせながらくすりと笑う。彼の指先にはアップルパイのカスが付いていて、羞恥心に駆られて近くにあったナフキンでそれを拭き取ろうと試みる。なのに、彼はなにを思ったのかそれを口に運んで、甘いねって呟いた。

一気に顔に熱が上がって、相変わらず心臓に悪いなって内心で思う。
「今日はリュカにプレゼントがあるんだよ」
下げていた顔を上げると、アデルバード様が自身の脇に置かれていた本を差し出しながら満面の笑みを浮かべてくれた。

「星が欲しいと言っていたからこれを君に。少し難しい本だけれど受け取ってくれるかい？」
「はいっ、嬉しいです」

受け取り、恐る恐る本を開く。思わず感嘆の声を上げてしまう。沢山の星々の絵とその種類が書かれていて、まるで星空に触れているように思える。とても興味がそそられるけれど、字が読めない僕にはこの本の半分も意味を理解できないだろうとなと悲しくなった。

「……字が……」
「ねえ、リュカ。もし、君が望むなら教師をつけることも出来る。学んでみる気はあるかい？」

僕は本の背表紙を撫でながら、彼の言葉に耳を傾けた。
この本を読んでみたい。
今までは気にはなっていても、なにかを学ぶということに強い興味はそそられなかった。けれど、アデルバード様がこの本を僕にプレゼントしてくれて、初めて字が読めないことに歯痒さを感じたんだ。

強い興味に引かれるように、アデルバード様の瞳を見返し、字を学びたいと答えた。ロペス公爵家にいた頃は望んでも学ぶことは出来なかったけれど、今なら彼の力を借りて学ぶことができる。

今の僕ではエレノアを守ると誓ってもなにも出来やしないし、アデルバード様がどんなに素敵な本をくれたとしてもそれを理解することは不可能だ。
だから、努力しないといけない。

「学びたいです」
「リュカがそう望むなら私は叶えるだけだ」

引き寄せられて至近距離で微笑まれる。それに応えるように微笑み返して、どちらともなくお互いの唇を合わせた。

いつの間にか自然と彼を受け入れている。今まだにこの気持ちの名前すらわからない。学ぶことでその答えも知れるかもしれないってなんとなくなく思う。

「……ありがとうございます」
「いいんだよ。リュカが喜んでくれると私も嬉しいんだ。丁度、私の家庭教師をしていた方がいたんだけれど、彼は随分な歳でね。娘が職を引き継いだそうなんだよ。優秀だという噂だし、身辺もきちんとしているからリュカの家庭教師にどうかと思っていたんだ」

言いながら、本当に嬉しそうに笑うアデルバード様の胸の中に閉じ込められて、好きだなって思う。
好きで、大好きで、彼を僕だけの物にしておきたくて、彼の隣に並べるような人間になりたいと強く願った。

「アデルバード様、僕頑張ります」
「無理だけはしないで」

おでこにキスをされて、甘い香りに包まれながらしばらくの間抱きしめ合う。そうしていると、心地が良すぎて少しずつ眠くなってきた。

しばらくは寝るのを耐えていたけれど、ついに耐えきれなくなって船を漕ぎ始める。

「こら、胸の中で眠っては襲われても文句は言えないよ」

アデルバード様がなにかを言っていたけれど眠気に負けてしまっている頭では彼が言っている言葉は上手く聞き取れない。うーんって意味もなく相槌を打ちながら彼の胸の中で目を閉じた。

「……無防備すぎるのも困りものだな」

アデルバード様がなにか呟いている気がしたけれど、その声は上手く聞き取ることはできなかった。