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まるでスポンジ
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学びたいと決心した次の日から、今まで無為に過ごしていた時間を使って勉強をするようになった。勉強を始めて既に3日程が経っている。
まずは文字の読み方と書き方からゆっくりと覚えていこうってアデルバード様が言ってくれて、それに甘える形で自分のペースで勉強を始めようと思っていた。
けれど、それは少し難しかったみたい。
「まったくっ!また間違っていますわ。どうして何度も同じ間違いをするのかしら」
「……ごめんなさい……」
勉強を教えてくれているフローレンス=ワトソン先生は、とても厳しい人。1度教えたことを僕が間違えてしまうことが許せないのか、間違える度に叱責されて、何度もやり直しさせられる。その行為は、まるで自分が罪人になったような心地を与えてくるんだ。
間違う僕が悪いのだから、罪人と変わりないのかもしれないって、怒られすぎて疲弊した頭で思ってしまう。
学びたいと言ったのは僕だから、必死に手を動かして何度も何度も同じことを繰り返して頭の中に叩き込んでいく。
アデルバード様が選んだ先生だから、頑張ったらきっと褒めてくれるはずだ。
彼女はとても優秀な人で、あまり要領の良くない僕を見ているともどかしい気持ちになるんだと思う。
「ほらっ、また書き順を間違えていますよ!なんですかそのみっともない字は。ただでさえなにも出来ないのですから、この位のことすぐに覚えて貰わないと困ります」
「……はい、ごめんなさい」
僕の知らない知識を学ぶことはとても楽しいと思う。けれど、この高圧的な指導のせいなのから数日しか勉強していないのに、とても辛く感じて逃げ出したい気持ちに駆られる。
けど、逃げたりなんてしない。
僕はアデルバード様の隣に立っても恥ずかしくない人間になりたいし、エレノアが自慢できるくらい素敵な兄になりたい。
だから、苦しくても辛くても、僕は大丈夫だって自分に言い聞かせる。
今までもそうやって生きてきた。
「リュカ様そろそろ休憩の時間です」
ラナが紅茶を持ってきてくれて、それに気がついてほっと全身から力を抜く。そんな僕の気の抜けた表情を、目敏く目に止めたフローレンス先生が睨みつけてきた。
彼女の目が休憩なんてする暇はないって言っていて、身体を強ばらせてしまう。慌ててラナに向かって無理矢理笑顔を作り、まだ休憩は大丈夫って伝えた。
「しかし、あまり根を詰められてはお身体を壊してしまいます」
退室を渋るラナに緩く首を横に振って、大丈夫だともう一度伝える。
このくらいなんともない。
学ばせて貰えること自体がありがたいことなんだから、少し厳しい位で音を上げるなんて駄目だ。
「先生、頑張りますから。次はどれをしたらいいですか?」
「……リュカ様……」
先生に教えを乞う僕を、ラナが心配そうに見ていたことには気づいたけれど、あえて見て見ぬふりをしてしまった。
頑張らないと……。
出来損ないの僕は人よりも、もっと沢山頑張らないと駄目なんだ。
だから、心配かけてごめんねって心の中で謝ってペンを手に取った。
先生が来られない日は、先生から課題が沢山出されて、それを必死にこなしながら、時間を過ごした。
合間にアデルバード様が会いに来てくれて、その時間だけが今の僕には心が安らげる瞬間だ。
「数日会わない間に随分とやつれたのではないかい?」
「……そんなことないです」
「……そうか。リュカがそう言うならそうなんだろうね。勉強の方はどうかな?」
勉強のことに触れられて、ついぴくりと身体が反応してしまう。けれど、アデルバード様はそのことには触れてこなくて、ただいつもの優しげな笑みを浮かべながら僕のことを見つめている。
「とても楽しいです。まるで世界が開けていくみたいで、とてもわくわくしています」
勉強自体は楽しいと思う。
今言ったことは本音だった。
知らなかったことを知れるというのは本当に楽しくてわくわくしてしまう。自分の狭かった世界が広がっていくような気分になるんだ。
だから、先生のことはあえて言わない。
怒られるのが怖くて、彼女のことが苦手なんて子供の駄々みたいだって思ったから。
「僕、少しだけ字が読めるようになったんです!」
そう言ってアデルバード様から貰った星の図鑑を広げると、1部を指さして声を出して読んで聞かせた。そうしたらアデルバード様はとても驚いた顔をした後に、すごく愛おしいものでも見るみたいに僕を見つめ、優しく頭を撫でてくれた。
「こんな短期間でそんなに文字を読めるようになるなんて凄いことだよ。この本は本当に難しい本なのに。まるでリュカはスポンジのようだ」
「スポンジですか?」
「例えが変だったかな?とても、覚えが早くて優秀って言いたかったのだけれど」
「……スポンジ……。ふふ、なんだか面白い例えですね。アデルバード様に褒めてもらえてとても嬉しいです」
彼に褒めてもらった瞬間、辛いことや悲しいことは全部吹っ飛んで、この瞬間のために頑張ってるんだって嬉しくなった。
頑張ったら彼はもっと褒めてくれるだろうか。
もっともっと頑張ろう。沢山褒めて欲しい。
彼に必要だと思われたい。
いつか、アデルバード様や周りのみんなに、なにも出来ないなら要らないって言われることを凄く恐れている。だからこそ、今知らないことを少しずつ吸収できていることに喜びよりも安堵感を感じていた。
だから、僕は大丈夫。
僕ならもっと頑張れる。
「アデルバード様、僕一杯頑張ります。だから、また……褒めてくださいね」
「ああ、沢山褒めてあげるよ。でもね」
アデルバード様は僕のおでこに自分のおでこをくっつけて、困ったように笑いながら言葉を続けた。
「無理だけはしてはいけないよ」
「……は、い」
無理なんてしてないです。
だって、僕は人よりも何倍も努力しないと駄目だから。
まずは文字の読み方と書き方からゆっくりと覚えていこうってアデルバード様が言ってくれて、それに甘える形で自分のペースで勉強を始めようと思っていた。
けれど、それは少し難しかったみたい。
「まったくっ!また間違っていますわ。どうして何度も同じ間違いをするのかしら」
「……ごめんなさい……」
勉強を教えてくれているフローレンス=ワトソン先生は、とても厳しい人。1度教えたことを僕が間違えてしまうことが許せないのか、間違える度に叱責されて、何度もやり直しさせられる。その行為は、まるで自分が罪人になったような心地を与えてくるんだ。
間違う僕が悪いのだから、罪人と変わりないのかもしれないって、怒られすぎて疲弊した頭で思ってしまう。
学びたいと言ったのは僕だから、必死に手を動かして何度も何度も同じことを繰り返して頭の中に叩き込んでいく。
アデルバード様が選んだ先生だから、頑張ったらきっと褒めてくれるはずだ。
彼女はとても優秀な人で、あまり要領の良くない僕を見ているともどかしい気持ちになるんだと思う。
「ほらっ、また書き順を間違えていますよ!なんですかそのみっともない字は。ただでさえなにも出来ないのですから、この位のことすぐに覚えて貰わないと困ります」
「……はい、ごめんなさい」
僕の知らない知識を学ぶことはとても楽しいと思う。けれど、この高圧的な指導のせいなのから数日しか勉強していないのに、とても辛く感じて逃げ出したい気持ちに駆られる。
けど、逃げたりなんてしない。
僕はアデルバード様の隣に立っても恥ずかしくない人間になりたいし、エレノアが自慢できるくらい素敵な兄になりたい。
だから、苦しくても辛くても、僕は大丈夫だって自分に言い聞かせる。
今までもそうやって生きてきた。
「リュカ様そろそろ休憩の時間です」
ラナが紅茶を持ってきてくれて、それに気がついてほっと全身から力を抜く。そんな僕の気の抜けた表情を、目敏く目に止めたフローレンス先生が睨みつけてきた。
彼女の目が休憩なんてする暇はないって言っていて、身体を強ばらせてしまう。慌ててラナに向かって無理矢理笑顔を作り、まだ休憩は大丈夫って伝えた。
「しかし、あまり根を詰められてはお身体を壊してしまいます」
退室を渋るラナに緩く首を横に振って、大丈夫だともう一度伝える。
このくらいなんともない。
学ばせて貰えること自体がありがたいことなんだから、少し厳しい位で音を上げるなんて駄目だ。
「先生、頑張りますから。次はどれをしたらいいですか?」
「……リュカ様……」
先生に教えを乞う僕を、ラナが心配そうに見ていたことには気づいたけれど、あえて見て見ぬふりをしてしまった。
頑張らないと……。
出来損ないの僕は人よりも、もっと沢山頑張らないと駄目なんだ。
だから、心配かけてごめんねって心の中で謝ってペンを手に取った。
先生が来られない日は、先生から課題が沢山出されて、それを必死にこなしながら、時間を過ごした。
合間にアデルバード様が会いに来てくれて、その時間だけが今の僕には心が安らげる瞬間だ。
「数日会わない間に随分とやつれたのではないかい?」
「……そんなことないです」
「……そうか。リュカがそう言うならそうなんだろうね。勉強の方はどうかな?」
勉強のことに触れられて、ついぴくりと身体が反応してしまう。けれど、アデルバード様はそのことには触れてこなくて、ただいつもの優しげな笑みを浮かべながら僕のことを見つめている。
「とても楽しいです。まるで世界が開けていくみたいで、とてもわくわくしています」
勉強自体は楽しいと思う。
今言ったことは本音だった。
知らなかったことを知れるというのは本当に楽しくてわくわくしてしまう。自分の狭かった世界が広がっていくような気分になるんだ。
だから、先生のことはあえて言わない。
怒られるのが怖くて、彼女のことが苦手なんて子供の駄々みたいだって思ったから。
「僕、少しだけ字が読めるようになったんです!」
そう言ってアデルバード様から貰った星の図鑑を広げると、1部を指さして声を出して読んで聞かせた。そうしたらアデルバード様はとても驚いた顔をした後に、すごく愛おしいものでも見るみたいに僕を見つめ、優しく頭を撫でてくれた。
「こんな短期間でそんなに文字を読めるようになるなんて凄いことだよ。この本は本当に難しい本なのに。まるでリュカはスポンジのようだ」
「スポンジですか?」
「例えが変だったかな?とても、覚えが早くて優秀って言いたかったのだけれど」
「……スポンジ……。ふふ、なんだか面白い例えですね。アデルバード様に褒めてもらえてとても嬉しいです」
彼に褒めてもらった瞬間、辛いことや悲しいことは全部吹っ飛んで、この瞬間のために頑張ってるんだって嬉しくなった。
頑張ったら彼はもっと褒めてくれるだろうか。
もっともっと頑張ろう。沢山褒めて欲しい。
彼に必要だと思われたい。
いつか、アデルバード様や周りのみんなに、なにも出来ないなら要らないって言われることを凄く恐れている。だからこそ、今知らないことを少しずつ吸収できていることに喜びよりも安堵感を感じていた。
だから、僕は大丈夫。
僕ならもっと頑張れる。
「アデルバード様、僕一杯頑張ります。だから、また……褒めてくださいね」
「ああ、沢山褒めてあげるよ。でもね」
アデルバード様は僕のおでこに自分のおでこをくっつけて、困ったように笑いながら言葉を続けた。
「無理だけはしてはいけないよ」
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無理なんてしてないです。
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