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一人暮らし先
第二十四話
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「あれっ。月見里さん、今日は定時上がりじゃないんですかっ?」
時計の針が五時を指したと同時に、隣の席の女性社員――キムラさんがそう尋ねてきた。
俺はパソコンに目を向けたまま答える。
「ん? そうだね。まだちょっと仕事残ってるし」
「えっ? でも今日金曜ですよ!?」
「うん。それがどうしたの?」
「……!! いえっ!! なんでもありません!!」
キムラさんは勢いよく立ち上がり、ナカムラさんを連れてオフィスを出て行った。
「元気だなあ、キムラさん……」
しばらくして、小鳥遊がタバコ休憩から戻ってきた。
わざわざ俺の席まで来て、不思議そうに訊く。
「月見里。キムラさんとナカムラさんに何か言ったか?」
「え? 別に何も。なんで?」
「お前がやっと婚約者と別れたようだ、と噂していた」
「……そうか」
俺の反応が意外だったようだ。
「それだけか?」
「あんまり気にしないことにした。訂正しようとしても逆効果だしな」
「……なるほどな」
「ま、今までの噂の中では一番真実に近いんじゃないか? だって俺、実際は彼女すらいないんだから」
「……」
小鳥遊がチラッとカトウさんとサトウさんを見た。ヒソヒソ話をしていた二人はサッと同時に顔を背ける。
「嘘っぱちの噂が流れていた方がまだマシだったと思うぞ」
そう呟いてから、小鳥遊は自分の席に戻った。
「……?」
意味が分からん。いもしない婚約者がどうのと騒がれるより、独り身だと噂されたほうがずっとマシだろう。
◇◇◇
夜六時、小鳥遊が退社した。俺はその後一時間仕事をしてからオフィスを出ることにした。
いつもと違う路線に乗り、いつもと違う駅で降りる。おそらくこれからは月に二、三度、この駅で降りることになるのだろう。
マップを頼りに目的地に向かい、途中で手土産に酒とつまみを買った。
「よ」
「入れ」
目的地のマンションで待っていたのは、もちろん小鳥遊だ。
小鳥遊はすでにシャワーを浴びたのだろう。ラフな格好で出迎えた。
俺が小鳥遊の一人暮らし先を訪れるのは、これで二度目になる。
一度目はゲロの残り香が充満していたので気付かなかったが――
「お前んち、タバコくさぁ……」
「あぁ?」
「えー……帰っていい?」
「いいわけないだろう。座れ」
「うぇー……」
まるで喫煙所。まるで喫煙可のカラオケ室。まるで喫煙可のホテル。
「ファブリーズない……?」
「あるけど」
「振っていい?」
「いいけど。お前のそういうところ嫌い」
「俺もお前のタバコくさいところ嫌い」
俺たちはしばらく睨み合った。やっぱり俺とこいつは、体以外の相性が最悪だと思う。
カーテンとラグをファブリーズでびしょびしょにしているとき、小鳥遊に呼ばれた。
「お前アホなの? ファブのにおいで鼻もげそうなんだけど。振りすぎ」
「タバコのにおいよりマシだろ」
「どっちもどっちだと思うけど。それよりメシできたから食え」
ダイニングテーブルには、ローストビーフやカルパッチョ、ピザやパスタなど、レストランかと見まがうほどの美しく盛り付けられた料理が並んでいた。
俺は料理を見つめながら口をあんぐり開ける。
「こ、これ。お前が作ったのか?」
「簡単なものばかりだけどな」
「どこが簡単なんだ……?」
「ローストビーフとカルパッチョは肉と魚切っただけだし。ピザ生地とパスタ生地はホームベーカリーにこねさせただけだし――」
「ホームベーカリー!? 持ってんの!?」
「持ってるけど。お前持ってないの?」
小鳥遊が鼻で笑った。いや、持っていないのが普通だろうが。
「お前、普段からこんなの食べてんの……?」
「メシ食うことくらいしか楽しみないしな……。月見里は普段何食べてんの?」
「え、俺? 俺は……」
言えない。ほぼ毎日カップ麺だなんて言えない。
「どうせカップ麺くらいしか食ってないんだろ。ハッ」
「うっ……」
「三大欲求、性欲に全振りしてるもんな、お前」
課長、俺やっぱりこいつのこと嫌いです。絶対仲良くないです俺たち。
俺はイライラしながらダイニングチェアに腰掛ける。
「で? 料理好きの小鳥遊くんは、俺のために頑張って料理してくれたんだ?」
「……」
なぜそこで黙る。否定しろや。
「……見ての通り、作りすぎたからいっぱい食え」
「ん"ん"っ……」
作りすぎるなよ。何してんだよお前。さっきまでの威勢はどこいった。「口に合うかな」みたいな、ちょっと不安そうな顔をするな。かわっ……。かわっ……。ンンッ。
時計の針が五時を指したと同時に、隣の席の女性社員――キムラさんがそう尋ねてきた。
俺はパソコンに目を向けたまま答える。
「ん? そうだね。まだちょっと仕事残ってるし」
「えっ? でも今日金曜ですよ!?」
「うん。それがどうしたの?」
「……!! いえっ!! なんでもありません!!」
キムラさんは勢いよく立ち上がり、ナカムラさんを連れてオフィスを出て行った。
「元気だなあ、キムラさん……」
しばらくして、小鳥遊がタバコ休憩から戻ってきた。
わざわざ俺の席まで来て、不思議そうに訊く。
「月見里。キムラさんとナカムラさんに何か言ったか?」
「え? 別に何も。なんで?」
「お前がやっと婚約者と別れたようだ、と噂していた」
「……そうか」
俺の反応が意外だったようだ。
「それだけか?」
「あんまり気にしないことにした。訂正しようとしても逆効果だしな」
「……なるほどな」
「ま、今までの噂の中では一番真実に近いんじゃないか? だって俺、実際は彼女すらいないんだから」
「……」
小鳥遊がチラッとカトウさんとサトウさんを見た。ヒソヒソ話をしていた二人はサッと同時に顔を背ける。
「嘘っぱちの噂が流れていた方がまだマシだったと思うぞ」
そう呟いてから、小鳥遊は自分の席に戻った。
「……?」
意味が分からん。いもしない婚約者がどうのと騒がれるより、独り身だと噂されたほうがずっとマシだろう。
◇◇◇
夜六時、小鳥遊が退社した。俺はその後一時間仕事をしてからオフィスを出ることにした。
いつもと違う路線に乗り、いつもと違う駅で降りる。おそらくこれからは月に二、三度、この駅で降りることになるのだろう。
マップを頼りに目的地に向かい、途中で手土産に酒とつまみを買った。
「よ」
「入れ」
目的地のマンションで待っていたのは、もちろん小鳥遊だ。
小鳥遊はすでにシャワーを浴びたのだろう。ラフな格好で出迎えた。
俺が小鳥遊の一人暮らし先を訪れるのは、これで二度目になる。
一度目はゲロの残り香が充満していたので気付かなかったが――
「お前んち、タバコくさぁ……」
「あぁ?」
「えー……帰っていい?」
「いいわけないだろう。座れ」
「うぇー……」
まるで喫煙所。まるで喫煙可のカラオケ室。まるで喫煙可のホテル。
「ファブリーズない……?」
「あるけど」
「振っていい?」
「いいけど。お前のそういうところ嫌い」
「俺もお前のタバコくさいところ嫌い」
俺たちはしばらく睨み合った。やっぱり俺とこいつは、体以外の相性が最悪だと思う。
カーテンとラグをファブリーズでびしょびしょにしているとき、小鳥遊に呼ばれた。
「お前アホなの? ファブのにおいで鼻もげそうなんだけど。振りすぎ」
「タバコのにおいよりマシだろ」
「どっちもどっちだと思うけど。それよりメシできたから食え」
ダイニングテーブルには、ローストビーフやカルパッチョ、ピザやパスタなど、レストランかと見まがうほどの美しく盛り付けられた料理が並んでいた。
俺は料理を見つめながら口をあんぐり開ける。
「こ、これ。お前が作ったのか?」
「簡単なものばかりだけどな」
「どこが簡単なんだ……?」
「ローストビーフとカルパッチョは肉と魚切っただけだし。ピザ生地とパスタ生地はホームベーカリーにこねさせただけだし――」
「ホームベーカリー!? 持ってんの!?」
「持ってるけど。お前持ってないの?」
小鳥遊が鼻で笑った。いや、持っていないのが普通だろうが。
「お前、普段からこんなの食べてんの……?」
「メシ食うことくらいしか楽しみないしな……。月見里は普段何食べてんの?」
「え、俺? 俺は……」
言えない。ほぼ毎日カップ麺だなんて言えない。
「どうせカップ麺くらいしか食ってないんだろ。ハッ」
「うっ……」
「三大欲求、性欲に全振りしてるもんな、お前」
課長、俺やっぱりこいつのこと嫌いです。絶対仲良くないです俺たち。
俺はイライラしながらダイニングチェアに腰掛ける。
「で? 料理好きの小鳥遊くんは、俺のために頑張って料理してくれたんだ?」
「……」
なぜそこで黙る。否定しろや。
「……見ての通り、作りすぎたからいっぱい食え」
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