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一人暮らし先
第二十五話
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◆◆◆
(小鳥遊side)
月見里が俺の部屋を「タバコくさい」と非難したあの金曜日から一週間が経った。
そして今日は、俺が月見里の一人暮らし先に行く日だ。
月見里が暮らしている場所は治安が良い町で有名なところだった。あいつらしい場所の選び方だ。
マンションは俺が暮らしているところとそれほどランクは変わらないようだったが、生意気にも新築の最上階だ。それに駅からも近い。さすが課長代理サマである。
「来たぞ」
「おう。入れ」
月見里が暮らすところに招かれたのは、おそらく俺がはじめてだろう。
一体どんな私生活を送っているのだろうかと、よく社員たちが想像しては盛り上がっている。
あいつのことだから、神経質なまでに整理整頓されていて、嫌気がさすほど清潔にしているのだろう。
そんなことを考えながら、案内されるままにリビングに入った。
「……」
「まあ座れよ」
「どこに座ればいいんだ? おい」
俺の想像の斜め上をいく光景に唖然とした。
何も、ない。
八畳のリビングに、照明とカーテン以外の家具が何もない。
「お前こんなところでどうやって暮らしてんの?」
「あー。ここは使ってない。広すぎんだよ、ここ」
「リビング使ってないってどういうこと」
「俺、だいたい寝室しか使ってないから」
月見里はそう言って、寝室に続くドアを開けた。
「……独房?」
「なんて失礼なヤツだ」
寝室に押し込まれているのは、寝心地の悪そうな狭いベッドと、本や資料がびっしり並んでいる本棚、そして仕事用の大きなデスクだけだった。衣服類はクローゼットにしまってあるのだろうが……。テレビやオーディオなどの娯楽品なんてひとつも見当たらない。
「お前生きてて楽しい?」
「さっきから失礼なヤツだなっ。そこまで楽しくねえよっ」
「だろうな」
さっきまで仕事をしていたのだろう。少し仕事用デスクの上が乱れている。
唯一生活感がある場所が仕事用デスクなんて……
こいつは本当に仕事(とセックス)しかしたいことがないんだな。
月見里が当たり前のようにデスクチェアに座った。
俺の座るところがなかったので、ベッドに腰掛けることにした。ベッドからほんのり月見里のにおいがする。
なにやら月見里がスマホをいじっている。
「この前美味いもんいっぱい食べさせてもらったからな。俺も張り切ったぞ」
なんだと。月見里の手料理が食えるというのか。一体何を作ってくれ――
「寿司の出前頼んだから。お前寿司いけるよな?」
「……ああ。まあ好きだ。好きだが」
「好きだが、なんだよ」
「別に」
出前が届くまで、俺は月見里の暮らしているところを見て回った。寝室以外はほぼ空き家。キッチンは一度も使ったことがないのかキラッキラだ。冷蔵庫があるにはあるが、中にはミネラルウォーターくらいしか入っていなかった。
「……お前のことが可哀そうになってきた」
「おい!? 人んちじろじろ見て回った感想がそれか!?」
「そうだな。非常に残念だ。仕事以外とことんポンコツなんだな、お前」
「なんでこんなボロクソ言われなきゃいけないわけ!? お前もう帰れ!!」
「寿司食ってお前抱いてからな」
「……」
抱く、というワードに月見里が頬を赤らめた。今さら何を照れているんだ。
月見里は俺に背を向けたままボソリと言った。
「……なんか俺、性欲強くなったかも」
「あれ以上にか? 病院行った方がいいんじゃないか」
「うるさいなっ。お前のせいだ絶対」
月見里が振り返り、恨みがましい目で俺を見る。
「お前が毎回あんな抱き方するから」
相変わらず遠回しな言い方しかしないな、こいつは。
「週に一度じゃ足りないか?」
「……」
「だったら金曜以外も誘えばいいだろう。前に一度したみたいに」
月見里はムスッと俯き、小さく首を横に振る。
「お前とは週に一度だけにしようと思ってる」
「は?」
こいつまさか。
「おい。あのアプリ消したんじゃなかったのか」
「消したよ。消したけど……。新しい名前でまた始めようかなって」
「お前なに言ってんの? 金曜は俺に抱かれて? 足りない分はアプリで捕まえた男に頼ろうとしてる?」
「……うん」
ふざけているのか。どうして他の男に抱かれたがるんだこいつは。根っからの淫乱なのか。
俺がいるのに。週一で足りないなら俺がいくらでも抱くのに。
……なぜ俺はこんなに怒っているんだ? それに「俺がいるのに」ってなんだ。
別に月見里は俺の恋人でもなんでもないのに――
その考えに行きついた途端、胸がじくっと痛んだ気がした。
動揺と怒りを抑えようと、俺は目を閉じ深呼吸をした。
そのとき、月見里の声が聞こえてきた。
「……これ以上お前の体に慣らされたら、他の男とできなくなりそうで」
その言葉に、たまらず俺は立ち上がった。ズカズカと歩き、月見里に詰め寄る。
「――……」
俺以外の男とできなくなることを、なぜ不安に思うことがある。
そう言いそうになったが、声にはならなかった。
「……好きにしろ。だが、どうせお前は満足できない」
「……」
「それに、あんな危険な目に遭っておいて、よく同じことをしようと思えるな。感心するよ」
こんなこと言ってやるな。月見里だって分かっている。一番怖いと思っているのは月見里だ。
「次何かあっても助けてやらないからな」
違うだろう。俺が言うべき言葉はそんなことじゃない。
「……分かってる」
「また汚いおっさんに中出しされればいいさ」
「っ……」
やめろ。そんなこと言うな。
絶対に嫌だ。月見里に誰かが中出しするなんて……いや、繋がっているところを想像しただけで反吐が出そうだ。
(小鳥遊side)
月見里が俺の部屋を「タバコくさい」と非難したあの金曜日から一週間が経った。
そして今日は、俺が月見里の一人暮らし先に行く日だ。
月見里が暮らしている場所は治安が良い町で有名なところだった。あいつらしい場所の選び方だ。
マンションは俺が暮らしているところとそれほどランクは変わらないようだったが、生意気にも新築の最上階だ。それに駅からも近い。さすが課長代理サマである。
「来たぞ」
「おう。入れ」
月見里が暮らすところに招かれたのは、おそらく俺がはじめてだろう。
一体どんな私生活を送っているのだろうかと、よく社員たちが想像しては盛り上がっている。
あいつのことだから、神経質なまでに整理整頓されていて、嫌気がさすほど清潔にしているのだろう。
そんなことを考えながら、案内されるままにリビングに入った。
「……」
「まあ座れよ」
「どこに座ればいいんだ? おい」
俺の想像の斜め上をいく光景に唖然とした。
何も、ない。
八畳のリビングに、照明とカーテン以外の家具が何もない。
「お前こんなところでどうやって暮らしてんの?」
「あー。ここは使ってない。広すぎんだよ、ここ」
「リビング使ってないってどういうこと」
「俺、だいたい寝室しか使ってないから」
月見里はそう言って、寝室に続くドアを開けた。
「……独房?」
「なんて失礼なヤツだ」
寝室に押し込まれているのは、寝心地の悪そうな狭いベッドと、本や資料がびっしり並んでいる本棚、そして仕事用の大きなデスクだけだった。衣服類はクローゼットにしまってあるのだろうが……。テレビやオーディオなどの娯楽品なんてひとつも見当たらない。
「お前生きてて楽しい?」
「さっきから失礼なヤツだなっ。そこまで楽しくねえよっ」
「だろうな」
さっきまで仕事をしていたのだろう。少し仕事用デスクの上が乱れている。
唯一生活感がある場所が仕事用デスクなんて……
こいつは本当に仕事(とセックス)しかしたいことがないんだな。
月見里が当たり前のようにデスクチェアに座った。
俺の座るところがなかったので、ベッドに腰掛けることにした。ベッドからほんのり月見里のにおいがする。
なにやら月見里がスマホをいじっている。
「この前美味いもんいっぱい食べさせてもらったからな。俺も張り切ったぞ」
なんだと。月見里の手料理が食えるというのか。一体何を作ってくれ――
「寿司の出前頼んだから。お前寿司いけるよな?」
「……ああ。まあ好きだ。好きだが」
「好きだが、なんだよ」
「別に」
出前が届くまで、俺は月見里の暮らしているところを見て回った。寝室以外はほぼ空き家。キッチンは一度も使ったことがないのかキラッキラだ。冷蔵庫があるにはあるが、中にはミネラルウォーターくらいしか入っていなかった。
「……お前のことが可哀そうになってきた」
「おい!? 人んちじろじろ見て回った感想がそれか!?」
「そうだな。非常に残念だ。仕事以外とことんポンコツなんだな、お前」
「なんでこんなボロクソ言われなきゃいけないわけ!? お前もう帰れ!!」
「寿司食ってお前抱いてからな」
「……」
抱く、というワードに月見里が頬を赤らめた。今さら何を照れているんだ。
月見里は俺に背を向けたままボソリと言った。
「……なんか俺、性欲強くなったかも」
「あれ以上にか? 病院行った方がいいんじゃないか」
「うるさいなっ。お前のせいだ絶対」
月見里が振り返り、恨みがましい目で俺を見る。
「お前が毎回あんな抱き方するから」
相変わらず遠回しな言い方しかしないな、こいつは。
「週に一度じゃ足りないか?」
「……」
「だったら金曜以外も誘えばいいだろう。前に一度したみたいに」
月見里はムスッと俯き、小さく首を横に振る。
「お前とは週に一度だけにしようと思ってる」
「は?」
こいつまさか。
「おい。あのアプリ消したんじゃなかったのか」
「消したよ。消したけど……。新しい名前でまた始めようかなって」
「お前なに言ってんの? 金曜は俺に抱かれて? 足りない分はアプリで捕まえた男に頼ろうとしてる?」
「……うん」
ふざけているのか。どうして他の男に抱かれたがるんだこいつは。根っからの淫乱なのか。
俺がいるのに。週一で足りないなら俺がいくらでも抱くのに。
……なぜ俺はこんなに怒っているんだ? それに「俺がいるのに」ってなんだ。
別に月見里は俺の恋人でもなんでもないのに――
その考えに行きついた途端、胸がじくっと痛んだ気がした。
動揺と怒りを抑えようと、俺は目を閉じ深呼吸をした。
そのとき、月見里の声が聞こえてきた。
「……これ以上お前の体に慣らされたら、他の男とできなくなりそうで」
その言葉に、たまらず俺は立ち上がった。ズカズカと歩き、月見里に詰め寄る。
「――……」
俺以外の男とできなくなることを、なぜ不安に思うことがある。
そう言いそうになったが、声にはならなかった。
「……好きにしろ。だが、どうせお前は満足できない」
「……」
「それに、あんな危険な目に遭っておいて、よく同じことをしようと思えるな。感心するよ」
こんなこと言ってやるな。月見里だって分かっている。一番怖いと思っているのは月見里だ。
「次何かあっても助けてやらないからな」
違うだろう。俺が言うべき言葉はそんなことじゃない。
「……分かってる」
「また汚いおっさんに中出しされればいいさ」
「っ……」
やめろ。そんなこと言うな。
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