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男子との抗争にジュリー覚醒

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 みちのく学院大学のプロレス研究会は、今年の春にできたばかりで、ジュリーの高校時代の同級生の青山昇と中村直人が立ち上げたらしい。青山がいうには、おてんばプロレスがあるんだったら、イケメンプロレスがあってもいいだろうといういい分。いいも何も「青山君たちが一方的に仕かけてきたことじゃないのよ」と涼子は思ったが、ようやく仲直りをした浅子のお父さんもお母さんは「男女の対決だなんて、おもしろいじゃないの」と興味しんしんであった。
 当事者のひとりでもあるジュリーはというと、「涼子先輩や浅子先輩には迷惑をかけません。私がひとりで闘います」だなんて、やけに神妙な顔つき。元・同級生で、しかも元・同性(いや、今も同性か)の青山らが、現・女子大生のジュリーにケンカを仕かけてくるという構図には、ジュリー自身も戸惑っているようだ。
 「いや、彼らの狙いはベルト。ていうよりも、ニューおてんば温泉の名物の座かな。ジュリーとの対決をだしにして、きっと有名になりたいだけでしょ」。涼子はつとめて冷静にふるまったが、ジュリーを泥沼の抗争の中心に据えるのだけは避けたかった。
 「彼らなりの売名行為だよ。たたきつぶすしかないわね」とうなずき返す浅子。ついこの間まで両親のことで思い悩み、露天風呂で大粒の涙を流したとは思えないほど、力強い言葉だった。
 よーし、こうなったらジュリーのことは、私たちが守ってみせる。男子なんかに負けるものか。涼子は、そう心に誓っていた。
 ところがである。なんとあきれ返ったことに、浅子のお父さんがイケメンプロレス入りを表明し、浅子のお母さんが、なんとなんとなんとイケメンプロレスのマネージャーについてしまった。浅子のお母さんいわく、イケメンを率いる美人マネージャーというふれ込みだったが、自分のことを“美人”と思っているのは、おそらく浅子のお母さんだけだろう。
 「それに」とボヤかずにいられなかったのは浅子である。「お父さんがイケメンって、なんなのよー。イケメンどころか、ツケメンみたいな顔をしているくせに」。
 浅子がいう“ツケメン”というのが、どういうものかは意味不明だったが、一時は離婚の危機に瀕していた夫婦が、まさかイケメン軍団と手を組むなんて、んもうっ、完全にわけがわからない。涼子と浅子は顔を見合わせて、いきり立つしかなかった。
 イライライライラ。浅子のイライラを感じとった涼子は、浅子の苛立ちを鎮めるべく、やけ酒ならぬ「やけ風呂」を決め込むことにした。一旦浅子のオーバーヒートを鎮めたうえで、態勢を立て直すしかないだろうと涼子は考えたのである。
 浅子は「やけ風呂、三軒ぐらいハシゴしましょうか」とかなんとか、調子のいいことをいっていたが、心中には深い霧が立ち込めているに違いない。今度はお母さんやお父さんを敵にまわさなければならないなんて。誰がどう考えても無謀な話だったが、じつはこれも浅子のお母さんの策略だったりしてね、と涼子はひそかに思っていた。
 女ふたりのやけ温泉。心は乱れきっていても、どっぷりと温泉につかっていると、お肌がすべすべになり、血流もよくなって、体の隅々まで整うから不思議である。この“整う”というのが大切なのかしらと涼子は思っていた。まねごととはいえ、女子プロレス界のスターを夢見て活動を始めた、おてんばプロレス。夕闇に包まれた山並みをバックに、こうして背中を流し合っていると、プロレスを通じて出会った仲間との運命を感じずにはいられない。浅子の大きな背中に向かって、涼子が話しかけた。
 「ねぇ、浅子のお父さんがイケメンというのは笑えるけど、お母さんの方は、おてんば市にとっても、いい話題づくりになると思ったんじゃないの? なんだったら、いつかお母さんとも温泉に入ってみたいわね。地域おこしに賭ける想いとか、熱い話が聞けるかもしれないし」。
 「うーん、どうなんだろう。ただお祭り騒ぎが好きなだけじゃないかな。かきまわしてばかりで、ホントにごめんね」と浅子が詫びてきたが、百戦錬磨の涼子にしてみれば、何が起きるかわからないジグザグロードは、もはや手慣れたものだった。
 「ジュリーのことを考えると、ちょっと複雑ではあるけどね。みんなで力を合わせて、いい方向へ持って行こうよ」。温泉もさることながら 、露天風呂から見えるパノラマのような大自然が、涼子の想いを後押ししてくれた。
 「ま」とワンテンポ置きながら、「この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ。危ぶめば道はなしっていうことよね」と涼子。ポジティブにとらえれば、もっとおもしろいことが起きる前ぶれかもしれない。何しろここで道を閉ざすわけにはいかないのである。浅子やカー子、ジュリーという同志を得て、私は女子プロレスをきわめることにした。おてんば市という地域を大切にしながらも、いつの日か必ずもっと大きな大海原へと旅立ってみせる。その第一歩が今なのだ。
 「やるっきゃないでしょ」という涼子に、本気を出したら手がつけられない、まるで眠れる獅子のようなスーパーアサコが「おう」と吠えた。涼子が風呂桶で浅子の背中を洗い流すと、浅子は「ニューおてんば温泉最高~っ」といい、両手で決めのポーズをとってみせた。浅子と出会ってよかったと、涼子は心の底から叫びたい気持ちだったのである。涼子にとって、浅子は人生の盟友そのものだった。
 「女子プロレスに、男子が殴り込み。本当に強いのはどっちだ!?」という場内アナウンスに、今や女子プロレスの聖地になりつつある、ニューおてんば温泉の宴会場がワーッと沸いた。観客数百八十名の満員御礼。後ろの方には立ち見客もいた。
 今日はダブルメインの二試合が予定されていた。
〇RKクイーン&ジュリー vs イケメン中村&IKEMENアサコズファーザー
〇スーパーアサコ vs イケメン青山
 スーパーアサコとイケメン青山の一戦は、もちろんタイトルマッチである。そしてRKクイーン&ジュリーとイケメン中村&IKEMENアサコズファーザーの試合には、新設されたタッグのベルトが賭けられた。IKEMENアサコズファーザーは、これがレスラーとしてのデビュー戦。浅子や浅子のお母さんの猛反対を押しきって、ついにレスラーとして歩みを始めることになったのだ。イケメン軍団のセコンドでは、超ド派手なメイクを決めたIKEMENアサコズマザーが、わがもの顔でうろついていた。新たなトレードマークのつもりなのか、流行りのキャラクターのぬいぐるみを子どもたちにばらまいていた。
 とにもかくにも、場内はすごい盛り上がり。大会自体はチャリティーを目的としたものだったが、おてんば温泉での世紀の一戦を観たいと思っている人たちの飲食がこれまたすごい。「生ビールおかわり」とか「味噌ラーメンふたつ」とか、オーダーの数が半端ではないのだ。こりゃ、お金の雨も降るわけだと涼子は思っていた。
 ほくほく顔のIKEMENアサコズファーザーとIKEMENアサコズマザー。一時は離婚の危機に見舞われていたはずなのに、今じゃすっかりラブラブ。今日は「IKEMENS」という刺しゅうが施された、お揃いのTシャツまで着ている。今日の主役は、どう考えてもこのふたりだったりして。
 「ガ~ン」ではなく、「カーン」という軽やかなゴングの音。それなりに儲かっているのか、念願のゴングを購入できたのは、ニューおてんば温泉のおかげだった。え、ゴングなんて一体いくらぐらいするのかしらと涼子は思っていたが、せめて景気よくゴングを打ち鳴らしたいというIKEMENアサコズファーザー大社長たっての希望だったらしい。本物のゴングをどっからか手に入れてくるなんて。まさにニューおてんば温泉様様。
 メインの一試合目は、細身のジュリーが巨体のIKEMENアサコズファーザーを不意討ちのスモールパッケージホールドで丸め込み、いきなりスリーカウントを奪うという大波乱が起きた。時間にして一分二十八秒。IKEMENアサコズファーザーは「何が起きたんだよー。俺はまだまだやれるぞ」と悔しさを露わにしたが、浮かばれなかったのは、むしろイケメン中村の方である。何しろ一秒たりともリングで闘うことなく、試合が終わってしまったのだから。IKEMENアサコズファーザーからむしりとるようにしてマイクをつかむと、中村は「おい、ジュリー!」と叫んだ。
 「こんなんじゃ、俺は納得してねえからな。今度は一対一の勝負で、負けた方がここ(髪)を刈られるっていうのはどうだ。俺もお前も高校時代は野球部だった。あの頃の丸刈りが懐かしいよなぁ、ジュリー。今のお前は、すっかり女子大生を気どっているようだが、もういっぺん坊主頭にしてやるからな。覚えてろ」。
 まさかジュリーが高校球児だったなんて、そんな話は涼子にとっても初耳だった。一部の観客の間でも、ざわめきが起こっていた。当のジュリーはというと、誰がどう見てもキュートな女子が立ちすくんでいるようにしか見えない。でも、そうなのよね。ジュリーって、元・男子、いや今も男子だっけ。どう考えてもIKEMENアサコズファーザーと同性とは思えない。だって、私以上に女子なんだもんと、涼子はジュリーに対して嫉妬すら覚えるのであった。
 メインイベントの第二試合は、正真正銘の男女の対決だった。スーパーアサコ vs イケメン青山。因縁があるのという点では、ジュリーとイケメン青山の対決の方がおもしろかったのかもしれないが、それは時期尚早だと涼子は判断した。じらしてじらして、ファンの想いがピークに達したときこそ、マッチメイクのチャンスなのだ(たぶん)。
 ニューおてんば温泉の会場はというと、女子対男子というのがもの珍しいのか、それなりに沸いていた。「お姉ちゃ~ん、野郎っこのおちん〇ん、蹴っ飛ばしていいんだぞー」とかなんとか、一部には下衆な野次も聞かれたが、場慣れした浅子は「イケメンのおちん〇んをぶっ潰してやるから」と、やたら威勢のいい声。えー、ティーンエイジャーの女子が、自分の両親の前でいうかよと涼子は思ったが、浅子自身、それだけ試合を盛り上げるのに必死なのかもしれない。スーパーアサコのセコンドには涼子とジュリーが、そしてイケメン青山のセコンドには、盟友のイケメン中村がそれぞれついた。
 「カ~ン」という軽やかなゴングの音とともに、浅子が奇襲攻撃に打って出た。なんと本当にイケメン青山のあそこを蹴り飛ばしたのだ、演技とは思えないような態度で、悶絶を続けるイケメン青山。女子の涼子にはわからないが、きっと本当に痛いんだろうな。男子の体って、意外にデリケート。
 ここぞとばかりに浅子は青山への急所攻撃を続けた。ワン、ツー‥‥。レフェリーを兼任するIKEMENアサコズファーザーのカウント。珍しく「やっちゃえ、浅子さん」とわめき散らしながら、真新しいマットをバンバンと叩きまくるジュリー。浅子は一気に勝負に出た。得意のバックドロップからスコーピオンデスロック。イケメン青山がもがき苦しんでいるのを見てとると、自らスコーピオンを解き放ち、最後はアサコズラリアットの二連発で仕とめた。
 四分十一秒でスーパーアサコの完勝。すぐさまリングにあがって、浅子を抱擁したのは、試合中ずっと感情を爆発させていたジュリーだった。マイクを要求すると、「浅子さん、ありがとう。この先、どんな敵が現れようとも、みんなで力を合わせて闘いましょう」といい、この日はジュリーが締めることになった。おてんばプロレスの選手の中では一番かわいらしく、まるでアイドルのような異彩を放つジュリーが、リズムをとって「えい、えい、おてんば~っ!」と叫んだのだ。沸きあがる大歓声。
 じつはこの日、たまたま取材にきていたプロレス雑誌の編集記者の目に留まってから、ジュリーは業界誌でもとりあげられるようになった。強くてかわいいジェンダーフリーの現役女子大生レスラーがいるという話題は、インパクト絶大だった。やがてその存在はメディアでも大注目されるようになり、おてんばプロレスの知名度はさらに赤丸上昇していったのである。
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