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<第二巻:温厚無慈悲な奴隷商人>

第十五話:奴隷商人は奴隷が拉致されたと断定する

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 この日、朝から夕方まで情報収集に躍起になっていた。
 この世界には携帯電話がないので、各地に行かせた者たちの動向は屋敷に戻るまでわからない。
 なんとも不便な世界だ。

 伝書鳩で奴隷商会ギルドのメンバーたちにも情報を求める文書をマリレーネから送っているはずだが、その返信も気になる。
 俺は、奴隷たちの元いた集落に訪れてみたが、そもそも廃墟になっているところが多く、手がかりはなかった。予想はしていたが、悲惨な状況の村もあり、奴隷たちがこんなところに戻りたいと思うわけがないとの思いが強まった。
 それなら、王都だろうか。

 一度に五人が失踪するとなると、それなりに準備が必要だ。だが、そんなそぶりは感じられなかった。ということは、眠らせて拉致した線も考えられる。なにしろ、屋敷は高い塀で囲まれているが、警備する者は置いていなかった。
 夜中に誰かが屋敷に侵入し、眠らせて拉致することは可能か……いや、間取りを知っている者は限られている。適当に侵入したわけじゃないだろう。つまり、事前に準備が必要だったはずだ。

「旦那様。暗くなってきます。屋敷に戻ってみんなの様子を聞きましょう」
「ああ、そのつもりだ。しっかり掴まっていろよ。飛ばすぞ」

 俺は、馬を走らせると背中にパオリーアの暖かい感触が伝わって来る。女の子と二人乗りを夢見ていた時期があるが、まさかこんな形で叶うとは……。今度、ゆっくりと馬で散歩デートしてみたいものだ。
 そのためにも、早く真相を掴まなければならない。

「帰ったぞ! マリレーネはいるか?」
「はいっ、ここにいますよ! 大広間でみなさんお待ちです」

 広間には、ライラをはじめ、アーヴィアやハイル、カップル奴隷もいた。また、奴隷たちも集められている。
 俺が入ると、全員が腰を折って礼を取る。うん、土下座するよりスマートに見えるな。

「ライラ。さっそくだが、現状を話してくれ」
「はい。まず、王都の自警団たちも捜索してくださるように依頼して、すでに各地に聞き込みを開始したと報告が来ています。ただ、今のところ足取りはつかめていません。さきほど、自警団から屋敷の裏手で荷車の跡があるのが発見されていますので、奴隷たちは荷車で逃げたものかと」

「そうか、わかった。他に何かわかったことはないか?」

 俺は、広間にいる者をぐるっと見回す。マリレーネが奴隷環スレイブリングを持って来た。

「奴隷たちの部屋から、これが……全員の物が置いてありました」
「やはり、外していたか。真っ先に部屋に入った者は、なぜ気づかなかったんだ?」
「それが、隠すように布団の下に入れられていたので……」

 奴隷環を外すことができるのは、魔法が使える者だ。さらに、部屋の間取りを知る者で、奴隷たちが全員性奴隷も辞さない覚悟を持っていることを知る者だ。
 俺は、ハイルを見た。いつになく真剣な顔で、うつむいている。いつもの奴ならパオリーアかマリレーネのおっぱいばかり見ているはずだ。俺も人のことは言えないが、あいつはチラ見ではなくジッと見るのであからさまだ。けしからん。

「ハイル。どうした? いつもと様子が違うが、何か知っているのか?」
「いっ、いいえ……し、知らないです」
「そうか。俺はお前を信用している。この屋敷の者は全員が家族だ。お前もうまい料理を作ってくれて、奴隷たちに料理を教えてくれる仲間だ。裏切るとは思っていないよ。何か知っていることがあったら、言ってくれないか?」

 顔を強張らせているハイル。こいつ、絶対なんか知ってるだろう。
 ライラも何かを感じたのだろう。目がつり上がり、赤い髪が逆立っているのではないかと思うほどイライラしているのが感じられた。

「おいっ! さっさと言え。なにを知ってるんだ!」
「し、知らなかったんだ。知らなかったんだよ」
「なにをだ!」

 ライラの一括に、ハイルがあっさりと白状しそうになった。やはりこいつか。
 俺は、ハイルを俺の部屋に連れて行くことにした。ライラとマリレーネが腕を取って連行して行く。
 ちょっと、引っ付きすぎなのが気に食わないが、逃げられても面倒だから黙っていた。

「お前たちは、全員自分の部屋に戻っていいぞ」

 俺は、立ち尽くす奴隷たちを見て言うと、一人のエルフが手をあげて話し始めた。

「あの……旦那様。あの子たちが逃げるとは考えられません。このお屋敷よりも良い生活ができるところなんてないのですから。きっと、あの子たちの意思に反して連れ去られたのだと思います」
「だろうな。それはわかっている。あの五人に何か変わったところはなかったか? お前たちは魂が視れるのだろう?」

 エルフは、驚いた顔で俺を見るとにこりと笑った。

「旦那様は何でもお見通しなのですね。はい、私は魂を見ることができます。あの子たちは、昨日の夕食の頃は普通でした。何か悪事を考えているときは魂に揺らぎが感じられますが、そんなこともなく本心から安心している時に出る色を発していました」
「ということは、就寝後の可能性があるってことだな」

 エルフはうなずく。とりあえず、みんなを部屋に戻し、カップル奴隷も家に戻るように伝えた。

 ◆

 ハイルは、床に跪かされてライラが背に座っていた。まるで女王様だ。いいなぁ、なんて思ってなんていないぞ。

「さぁ、聞かせてくれ。お前が奴隷たちを拉致したのか?」
「違います。俺は頼まれただけだ。まさか、奴隷を拉致するために調べさせられていたなんて思いもしなかった」

 ビシッと入るの尻に鞭を走らせるライラは、上から怒声を浴びせる。

「おいっ、いったいなにを調べていた!」
「いてっ! ぶたないでくれ。お願いだ、話すから……」

 ハイルは、泣きそうな顔をして俺の方を見上げる。助けてほしいという顔だが、俺はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いてやった。

「まずは、奴隷たちはどこに行ったんだ?」
「そ、それは知らない。本当だ! ぎゃっ!」

 ライラが、入るのこめかみに拳を押し付けて、グリグリと回す。おぉー、これは痛いんだよなあ。

「おらおら、知らないのなら想像しろ。さあ、言え! 言わないとお前のケツの穴にこの鞭の柄を突っ込むぞ!」

 ライラさん、今日は女王様モードだ。その格好といい、ぜったい女王様が似合ってますよ。
 涙を浮かべるハイルを見て、ライラを止める。

「情報を集めていたそうだが、なにを集めていた?」
「聞かれたのだ。奴隷たちの部屋はどこかと。それに、奴隷たちで性奴隷に向いた奴らはいるのかと」
「ほぉ、性奴隷かどうかなんてハイルにはわからないだろう」

 いったい、誰がそんな情報を欲しがっていたのだ。

「だから、俺は毎日奴隷たちと話をして、今後売られたらどうしたいのかって話をしていたんだ。それで、あの部屋の奴隷たちが性奴隷に向いていると教えたんだ」
「旦那様に、タメ口はやめろっ!」

 ライラの鞭が尻を叩くと背を反らせて痛がったハイルは、はい、すみませんでしたと床に頭をこすりつけた。

「ライラもそのへんでいいぞ。ハイルは全部を話ししてくれるはずだ。なあ、ハイル」
「はい。もちろんです。ニート様に逆らうことは絶対にしません」
「では、誰にその情報を伝えた? 名前くらいは知ってるんだろうな」

 ハイルの話では、王宮の厨房に出入りする業者が、俺の奴隷の情報を教えてくれたら白金貨二枚出すとそそのかしたらしい。独立して店を構えようと思っていたハイルは、たまたま食堂で俺たちが料理人を探していることを聞きつけて、請け負ったというのだ。
 まぁ、信じられないし謎な部分も多いが、大筋ではそうなのだろう。

「その行商人は、いつも来る奴なのか?」
「はい。商会ギルドに所属している者で、名はナッパという者です」

 野菜を主に売ってるナッパというヤツか。そいつを自警団に突き出すか。俺は、アーヴィアを呼び自警団に伝えるように指示した。
 もう夜だから、明日の朝でいいぞ。夜に女の子が出歩いて痴漢にあってもいけないからな。

「そいつは何のために情報をお前に集めてくれるようにと言ったんだ?」
「俺には、お屋敷とのパイプが欲しいからとしか。買って欲しい食材があると言うから……それで、俺は料理人になった時に食材をナッパから買うことにしたんだ」

 なるほどな。そいつは野菜を屋敷に運び込むふりをして、何か仕掛けたのかもしれないな。だが、昼間だ。夜に拉致するには時間がかかりすぎる。

「他にはなにを?」
「俺は、性奴隷に向いている奴隷なんて何で知りたいのかと聞いたんです。そうしたら、ナッパは性奴隷が欲しいからだって言うだけで詳しくは教えてくれませんでした」
「なるほどな。そんな理由で、出荷前の奴隷を調べるだろうか。お前はバカなんだな、バカだろう?」
「はい、私はバカです……こんな騒ぎを起こしてしまって。申し訳ありません」

 意外と素直なので、お灸を据えるタイミングを逃してしまった。まぁ、いいか。こいつは、この屋敷でこのまま飼い殺しにしておこう。

「パオリーア。悪いが部屋から裏口までに何か手がかりがないか調べて見てくれ。眠らせて運んだのなら引きずった跡があるかもしれない。わずかな傷も見逃すなよ」
「かしこまりました。さっそく調べてきます」

 ぺこりと頭を下げてパオリーアは部屋を出た。アーヴィアに手伝ってやれと言うとアーヴィアも部屋を出る。

「旦那様。ウチは? ウチはなにをしたらいいんでしょうか?」
「マリレーネは、ハイルを牢にぶち込んで来てくれ。この屋敷の地下室に牢屋があるのを知っているか?」
「はい……忘れたわけではありません。以前、旦那様に……」
「いいから、言わなくてもいいから!」

 過去の俺の所業は聞きたくない。俺、そんなことしましたっけ?ってとぼける余裕もない。

 ハイルたちも出ると、ライラだけが残った。何か、言いたそうにしている。

「どうした、ライラ」
「あのぉ、旦那さまぁ……やっと二人っきりになれましたわ」

 ニタリと笑うライラ。ドン引きの俺。

「こんな時に、まさか抱いてくれとは言わないだろうな」
「そ、そんなこと、思っても言いませんよ!」

 やっぱり思っていたんだな。まぁ、今夜は今さらジタバタしてもどうしようもない。明日にナッパを探し出して奴隷たちを連れ戻そう。

「ライラ、風呂に入るぞ」
「はいっ! おぉ、お背中をお流しします……わ、私のおっぱいで……」
「いや、そういうのはいいから。一緒でもかまわないが、俺に指一本触れるなよ」
「くぅーっ、そんな、蛇の生殺し状態……はぁ、はぁ……で、では」
「お、おいっ。ここで脱ぐな。脱衣所で脱げよ、気が早いわっ!」

 いきなり、パンツを脱ごうとするライラを制止して、風呂場に連れて行く。
 なんだかんだで、ライラをそばに置いたのはもう一つの気がかりを話し合うためだった。
 自警団は王都とその周辺だけが範囲で、それ以外はそれぞれの村の自警団に頼む必要がある。奴隷たちが、どこに拉致されたのかわからないが、王都圏から離れていたら、戦力のない俺たちは連れ戻すことができない。
 そのため、ライラに相談していたのだ。けっして、エッチなことはしていない。


 翌日、伝書鳩が各地から戻って来た。
 その中で、有力な情報が見つかった。綺麗な貫頭衣を着た奴隷五人が、辺境の村の領主の元へと運び込まれたという。
 王都の自警団は、辺境の村までは行ってくれない。治安官に頼み、腕の立つ者を護衛にして俺は、その辺境の村へ向かった。
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