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<第二巻:温厚無慈悲な奴隷商人>
第十四話:奴隷商人は奴隷に逃げられる
しおりを挟むこの世界にも契約書というものが存在する。
商人ギルドに立ち寄って、そのへんを詳しく聞いてきたが商行為での契約書というものは存在していた。お互いの合意を文書にまとめ、双方で保管するという俺の元いた世界とよく似ていた。さらに、公証人にも提出することで、王様のお墨付きを得ることができるのだという。
俺の知る限り奴隷契約に関しては契約書を交わしていない。奴隷の売買契約というものはジュンテが奴隷の買主に対して行っているが、奴隷自体が契約を結ぶことがない。それはそうだろう、奴隷となった時から道具や家畜と同じ扱いなのだから。
さらに、ライラの紹介で会ってきた王都の文官に、国法での奴隷についても聞いてきた。
これについても、奴隷の売買は奴隷商会が行うことなど奴隷商人側の権利を守るものばかりだった。
奴隷の権利は何一つ取り決められていない。
なぜ、俺が法律について調べたかというと、実はルイとミアのことだ。お忘れだろうか、カップル奴隷を。
俺が、辺境の村チョルルの奴隷商人トラファのおっさんから、譲り受けた二人の奴隷。
そもそも、奴隷の男女が一緒に住んだりしていいものなのかが気になったのだ。そして、もしも結婚や出産となった時に、法律的にはどうなるのだろうかと。
たとえば、ルイとミアとの間に子供が生まれたとして、その子供は奴隷なのか、それとも平民なのか……さっぱりわからん。
奴隷の身分になったものを、一般人に戻す方法についても、誰に聞いても、前例がないという。
そんなわけで、俺は自室にこもりっきりで奴隷の権利について法制化できないかと、先ほどからウンウンとない知恵を絞って考えていた。
できれば奴隷の権利も確立させたい。
「旦那様、そろそろお食事の時間ですが、どういたしましょうか?」
「ああ、すぐ行く」
俺は、奴隷の権利について調べたことをノートに書き終え、パタンと閉じた。パオリーアが覗き込むが、見られても問題ない。日本語で書いているのだから誰も読めないはず。
「旦那様は、不思議な文字をお書きになりますね。それは、どちらの国の文字なのですか?」
「遠い国だ。知らなくてもいい。さぁ、夕食に行くぞ」
屋敷の食堂は、に十人が座れるほどの大きなテーブルがある。そこに、俺とライラ、三人の奴隷が座ると、ハイルと奴隷たちが食事を運んできた。
「お待たせしました! 本日のメインはオムライスに玉子スープ、フルーツサラダでございます」
ハイルは、満面の笑みで皿を俺のところに持ってきた。うん、オムライスっていいな、この世界でのオムライスも悪くない。
ケチャップではなく、餡かけオムライスだ。
葛粉と芋粉でとろみをつけて、苦味の少ない自然な味わいで俺の好みの味に仕上がっている。さすが、ハイルだ。
「どうでしょうか?」
ハイルが、笑顔で俺に聞いているようで、目はパオリーアを見ている。こいつ、パオリーアが美味しそうに食う姿を見て喜んでいるぞ。けしからん奴だ。
「あいかわらず美味しいな。だが、マリレーネにはこの量では物足りないかもしれないな」
「そ、そんなことないよ! そんなに食いしん坊みたいに言わないでくださいよ」
マリレーネガ、赤面して言う。さらにハイルが、「おかわりもありますよ」と言うと、笑いが起きて和やかに食事が進んだ。
「旦那様……お聞きになりましたか?」
今まで静かに食事をしていたライラが、小声で俺に話しかける。なぜ、小声なんだ? ナイショの話でもあるのか……
「なんのことだ?」
「実は……ハイルのことなのですが、ちょっと気になることがありまして」
ライラは、パオリーアに目配せすると、パオリーアがポケットから一枚の紙を取り出した。
諜報屋に頼んでいた、ハイルの身辺調査だった。
「つい、先ほど届きまして、勝手ですが私が先に目をとさせていただきました」
「俺より先に見るのはいただけないな。次からは俺が開封してから見ろよ」
ライラとパオリーアは頭を下げて、次からはそうしますと答えた。
俺は、その調査結果を見て、一箇所気になる点が見つかった。
「ライラは、ハイルのことを知っていたのか?」
「いいえ、王宮でも私は公女さまや後宮の女たちの指導をしていたものですから、料理人については誰一人顔を知りません」
ライラは、王宮で礼儀作法を教えていた。同じ王宮にいたというハイルのことを知っていそうだが、ほとんど料理人は厨房から出ないので見たことがないと言う。
調査結果には、王宮料理人で副料理長を務めていると書かれていた。さすが、料理が上手なだけはある。
いや、ちょっと待てよ。務めていると書いてあると言うことは、現在も副料理長ということだ。追い出されたと言っていたが、嘘だったのか?
「パオリーアは、しばらくハイルの様子を見張っていてくれ。アーヴィアは、料理中の様子を不審な点がないか目を光らせておけ。一体、何が目的なのだ?」
「おそらく……これは想像の域を出ませんが、スパイではないかと」
おいおい、俺の屋敷に誰がスパイなんてするんだ? これと言って思い当たるふしもないのだが……。
「厨房では変わった様子はありませんが、それ以外は奴隷たちに何やら話しかけている姿はよく見かけます。女の子にちょっかいを出しているだけだと思って気に留めていませんでしたが、これからは何を話ししていたのか聞いておきます」
「ああ、そうしてくれ」
◆
それから数日、ハイルに特に変わった様子は見られなかった。いつものように、庭先で作業している奴隷を見つけてはちょっかいを出している程度だ。これと言って不審な点もないという。
ハイルは、夕食後の片付けを終えるとダバオにある家へ馬に乗って帰る。馬通勤というやつだ。白馬に乗り、さっそうと屋敷に現れると奴隷たちがざわつくのが気に食わないが、たしかにかっこいい。まるで王子様だ。
べつに、ハイルを意識したわけではないが俺も馬の練習をしはじめた。元の俺は乗馬が得意だったからなのか、乗りこなすのに時間はかからなかった。だが、ハイルほどキャーキャー言ってもらえないのがつらい。
「旦那さまの乗馬のお姿、久しぶりに拝見できてうれしいです。以前はよく乗っておられましたものね」
パオリーアが、馬から降りた俺の腕にすがりついて、おっぱいタッチで褒めてくれた。言葉より、行動で示してくれるってうれしいね。何よりのご褒美だ。
「そうか……その頃の記憶がなくてな。乗りこなすのもやっとだ。まだ、昔のようにはできん」
「いいえ、もう以前と同じくらい乗りこなせておいでです。さすが旦那さまです。以前、よく馬で奴隷たちを引きずっておられたときも、今のようにニコニコして楽しそうでしたから」
あれ、今なにやら聞こえてきましたが……奴隷を引きずっていたと……ニコニコして?
わー、俺って奴隷たちにそんなことをしていたのか!
「あの時は奴隷たちに可哀想なことをしたな。みんなその後は元気なのか?」
「旦那さま、お忘れでしたら思い出されない方が……奴隷たちが死ぬまで引きずっておられたのですよ。もうお忘れになってください」
「はあ……そうだな。聞くんじゃなかった……」
その時、ライラが慌てて屋敷から走ってくるのが見えた。大きなおっぱいが上下にバインバインと揺れているが、それどころではないのはライラの様子を見てわかる。なんだ、何かあったのか?
「旦那さまにご報告が! 昨夜から奴隷が五人いなくなっています。朝食に現れない者がいるため、見に行かせたら姿が見えないと」
「馬鹿な。奴隷環は正常に動いているはずだ! 屋敷の何処かにいるんじゃないのか?」
「いま、探していますが、おそらく逃げたのかと……」
専属の三人の奴隷以外は奴隷環は正常に作動させていた。あれを解除できるのは、俺だけだ。
「外を確認してくる。爆死しているかもしれん!」
俺は、馬を走らせ屋敷の外へ行くと塀沿いに一周走ったが、それらしいものはなかった。
忽然と、夜のうちに消えた奴隷たち五人。自分たちでは奴隷環は外すことはできないはず。となると、解除した者がいるはずだ。
魔法が使えるものなら可能か……
「ライラ。逃げた奴隷たちの名前を教えてくれ。出身地は履歴書に書いてある。そこへまずは捜索に行くぞ!」
「はいっ! すぐ手配します」
「パオリーアは、アーヴィアとマリレーネを俺の部屋に集めてくれ。指示を出す」
俺は、頭の中をフル回転させた。奴隷に逃げられるなんてことは想像していなかった。まさか、連れ去られたのか?
その可能性もある。となると、出身の村には戻っていないだろう。王都か……
俺は、ライラから聞いた奴隷のプロフィールを調べる。奴隷五人に共通点は特にない。同じ部屋であることと獣人族で性奴隷の志願者という点だけだ。まさか、エッチがしたくて逃げたということもないだろう。だとしたら、やはり連れ去られたのか。
ライラとアーヴィアには、王都へ行き治安官へ通報し、自警団にも捜索が頼めないか聞いてくるように命じた。
俺とパオリーアは、馬で出身地へと向かう。マリレーネは屋敷の警備だ。
俺たちは、初動が肝心とばかりに短時間で打ち合わせして、すぐに行動に移した。
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