上 下
57 / 97
<第二巻:温厚無慈悲な奴隷商人>

第十四話:奴隷商人は奴隷に逃げられる

しおりを挟む
 
 この世界にも契約書というものが存在する。
 商人ギルドに立ち寄って、そのへんを詳しく聞いてきたが商行為での契約書というものは存在していた。お互いの合意を文書にまとめ、双方で保管するという俺の元いた世界とよく似ていた。さらに、公証人にも提出することで、王様のお墨付きを得ることができるのだという。

 俺の知る限り奴隷契約に関しては契約書を交わしていない。奴隷の売買契約というものはジュンテが奴隷の買主に対して行っているが、奴隷自体が契約を結ぶことがない。それはそうだろう、奴隷となった時から道具や家畜と同じ扱いなのだから。
 さらに、ライラの紹介で会ってきた王都の文官に、国法での奴隷についても聞いてきた。
 これについても、奴隷の売買は奴隷商会が行うことなど奴隷商人側の権利を守るものばかりだった。
 奴隷の権利は何一つ取り決められていない。

 なぜ、俺が法律について調べたかというと、実はルイとミアのことだ。お忘れだろうか、カップル奴隷を。
 俺が、辺境の村チョルルの奴隷商人トラファのおっさんから、譲り受けた二人の奴隷。
 そもそも、奴隷の男女が一緒に住んだりしていいものなのかが気になったのだ。そして、もしも結婚や出産となった時に、法律的にはどうなるのだろうかと。
 たとえば、ルイとミアとの間に子供が生まれたとして、その子供は奴隷なのか、それとも平民なのか……さっぱりわからん。
 奴隷の身分になったものを、一般人に戻す方法についても、誰に聞いても、前例がないという。

 そんなわけで、俺は自室にこもりっきりで奴隷の権利について法制化できないかと、先ほどからウンウンとない知恵を絞って考えていた。
 できれば奴隷の権利も確立させたい。

「旦那様、そろそろお食事の時間ですが、どういたしましょうか?」
「ああ、すぐ行く」

 俺は、奴隷の権利について調べたことをノートに書き終え、パタンと閉じた。パオリーアが覗き込むが、見られても問題ない。日本語で書いているのだから誰も読めないはず。

「旦那様は、不思議な文字をお書きになりますね。それは、どちらの国の文字なのですか?」
「遠い国だ。知らなくてもいい。さぁ、夕食に行くぞ」

 屋敷の食堂は、に十人が座れるほどの大きなテーブルがある。そこに、俺とライラ、三人の奴隷が座ると、ハイルと奴隷たちが食事を運んできた。

「お待たせしました! 本日のメインはオムライスに玉子スープ、フルーツサラダでございます」

 ハイルは、満面の笑みで皿を俺のところに持ってきた。うん、オムライスっていいな、この世界でのオムライスも悪くない。
 ケチャップではなく、あんかけオムライスだ。
 葛粉と芋粉でとろみをつけて、苦味の少ない自然な味わいで俺の好みの味に仕上がっている。さすが、ハイルだ。

「どうでしょうか?」

 ハイルが、笑顔で俺に聞いているようで、目はパオリーアを見ている。こいつ、パオリーアが美味しそうに食う姿を見て喜んでいるぞ。けしからん奴だ。

「あいかわらず美味しいな。だが、マリレーネにはこの量では物足りないかもしれないな」
「そ、そんなことないよ! そんなに食いしん坊みたいに言わないでくださいよ」

 マリレーネガ、赤面して言う。さらにハイルが、「おかわりもありますよ」と言うと、笑いが起きて和やかに食事が進んだ。


「旦那様……お聞きになりましたか?」

 今まで静かに食事をしていたライラが、小声で俺に話しかける。なぜ、小声なんだ? ナイショの話でもあるのか……

「なんのことだ?」
「実は……ハイルのことなのですが、ちょっと気になることがありまして」

 ライラは、パオリーアに目配せすると、パオリーアがポケットから一枚の紙を取り出した。
 諜報屋に頼んでいた、ハイルの身辺調査だった。

「つい、先ほど届きまして、勝手ですが私が先に目をとさせていただきました」
「俺より先に見るのはいただけないな。次からは俺が開封してから見ろよ」

 ライラとパオリーアは頭を下げて、次からはそうしますと答えた。
 俺は、その調査結果を見て、一箇所気になる点が見つかった。

「ライラは、ハイルのことを知っていたのか?」
「いいえ、王宮でも私は公女さまや後宮の女たちの指導をしていたものですから、料理人については誰一人顔を知りません」

 ライラは、王宮で礼儀作法を教えていた。同じ王宮にいたというハイルのことを知っていそうだが、ほとんど料理人は厨房から出ないので見たことがないと言う。
 調査結果には、王宮料理人で副料理長を務めていると書かれていた。さすが、料理が上手なだけはある。
 いや、ちょっと待てよ。務めていると書いてあると言うことは、現在も副料理長ということだ。追い出されたと言っていたが、嘘だったのか?

「パオリーアは、しばらくハイルの様子を見張っていてくれ。アーヴィアは、料理中の様子を不審な点がないか目を光らせておけ。一体、何が目的なのだ?」
「おそらく……これは想像の域を出ませんが、スパイではないかと」

 おいおい、俺の屋敷に誰がスパイなんてするんだ? これと言って思い当たるふしもないのだが……。

「厨房では変わった様子はありませんが、それ以外は奴隷たちに何やら話しかけている姿はよく見かけます。女の子にちょっかいを出しているだけだと思って気に留めていませんでしたが、これからは何を話ししていたのか聞いておきます」
「ああ、そうしてくれ」


 ◆


 それから数日、ハイルに特に変わった様子は見られなかった。いつものように、庭先で作業している奴隷を見つけてはちょっかいを出している程度だ。これと言って不審な点もないという。
 ハイルは、夕食後の片付けを終えるとダバオにある家へ馬に乗って帰る。馬通勤というやつだ。白馬に乗り、さっそうと屋敷に現れると奴隷たちがざわつくのが気に食わないが、たしかにかっこいい。まるで王子様だ。
 べつに、ハイルを意識したわけではないが俺も馬の練習をしはじめた。元の俺は乗馬が得意だったからなのか、乗りこなすのに時間はかからなかった。だが、ハイルほどキャーキャー言ってもらえないのがつらい。

「旦那さまの乗馬のお姿、久しぶりに拝見できてうれしいです。以前はよく乗っておられましたものね」

 パオリーアが、馬から降りた俺の腕にすがりついて、おっぱいタッチで褒めてくれた。言葉より、行動で示してくれるってうれしいね。何よりのご褒美だ。

「そうか……その頃の記憶がなくてな。乗りこなすのもやっとだ。まだ、昔のようにはできん」
「いいえ、もう以前と同じくらい乗りこなせておいでです。さすが旦那さまです。以前、よく馬で奴隷たちを引きずっておられたときも、今のようにニコニコして楽しそうでしたから」

 あれ、今なにやら聞こえてきましたが……奴隷を引きずっていたと……ニコニコして?
 わー、俺って奴隷たちにそんなことをしていたのか!

「あの時は奴隷たちに可哀想なことをしたな。みんなその後は元気なのか?」
「旦那さま、お忘れでしたら思い出されない方が……奴隷たちが死ぬまで引きずっておられたのですよ。もうお忘れになってください」
「はあ……そうだな。聞くんじゃなかった……」


 その時、ライラが慌てて屋敷から走ってくるのが見えた。大きなおっぱいが上下にバインバインと揺れているが、それどころではないのはライラの様子を見てわかる。なんだ、何かあったのか?

「旦那さまにご報告が! 昨夜から奴隷が五人いなくなっています。朝食に現れない者がいるため、見に行かせたら姿が見えないと」
「馬鹿な。奴隷環スレイブリングは正常に動いているはずだ! 屋敷の何処かにいるんじゃないのか?」
「いま、探していますが、おそらく逃げたのかと……」

 専属の三人の奴隷以外は奴隷環は正常に作動させていた。あれを解除できるのは、俺だけだ。

「外を確認してくる。爆死しているかもしれん!」

 俺は、馬を走らせ屋敷の外へ行くと塀沿いに一周走ったが、それらしいものはなかった。
 忽然と、夜のうちに消えた奴隷たち五人。自分たちでは奴隷環は外すことはできないはず。となると、解除した者がいるはずだ。
 魔法が使えるものなら可能か……


「ライラ。逃げた奴隷たちの名前を教えてくれ。出身地は履歴書プロフィールに書いてある。そこへまずは捜索に行くぞ!」
「はいっ! すぐ手配します」
「パオリーアは、アーヴィアとマリレーネを俺の部屋に集めてくれ。指示を出す」

 俺は、頭の中をフル回転させた。奴隷に逃げられるなんてことは想像していなかった。まさか、連れ去られたのか?
 その可能性もある。となると、出身の村には戻っていないだろう。王都か……


 俺は、ライラから聞いた奴隷のプロフィールを調べる。奴隷五人に共通点は特にない。同じ部屋であることと獣人族で性奴隷の志願者という点だけだ。まさか、エッチがしたくて逃げたということもないだろう。だとしたら、やはり連れ去られたのか。


 ライラとアーヴィアには、王都へ行き治安官へ通報し、自警団にも捜索が頼めないか聞いてくるように命じた。
 俺とパオリーアは、馬で出身地へと向かう。マリレーネは屋敷の警備だ。

 俺たちは、初動が肝心とばかりに短時間で打ち合わせして、すぐに行動に移した。

しおりを挟む
感想 90

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

伝説の霊獣達が住まう【生存率0%】の無人島に捨てられた少年はサバイバルを経ていかにして最強に至ったか

藤原みけ@雑魚将軍2巻発売中
ファンタジー
小さな村で平凡な日々を過ごしていた少年リオル。11歳の誕生日を迎え、両親に祝われながら幸せに眠りに着いた翌日、目を覚ますと全く知らないジャングルに居た。 そこは人類が滅ぼされ、伝説の霊獣達の住まう地獄のような無人島だった。 次々の襲い来る霊獣達にリオルは絶望しどん底に突き落とされるが、生き残るため戦うことを決意する。だが、現実は最弱のネズミの霊獣にすら敗北して……。 サバイバル生活の中、霊獣によって殺されかけたリオルは理解する。 弱ければ、何も得ることはできないと。 生きるためリオルはやがて力を求め始める。 堅実に努力を重ね少しずつ成長していくなか、やがて仲間(もふもふ?)に出会っていく。 地獄のような島でただの少年はいかにして最強へと至ったのか。

召喚されたリビングメイルは女騎士のものでした

think
ファンタジー
ざっくり紹介 バトル! いちゃいちゃラブコメ! ちょっとむふふ! 真面目に紹介 召喚獣を繰り出し闘わせる闘技場が盛んな国。 そして召喚師を育てる学園に入学したカイ・グラン。 ある日念願の召喚の儀式をクラスですることになった。 皆が、高ランクの召喚獣を選択していくなか、カイの召喚から出て来たのは リビングメイルだった。 薄汚れた女性用の鎧で、ランクもDという微妙なものだったので契約をせずに、聖霊界に戻そうとしたが マモリタイ、コンドコソ、オネガイ という言葉が聞こえた。 カイは迷ったが契約をする。

処理中です...