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第二話 男爵令嬢①
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学園の教室は今日も重苦しい空気に包まれている。
数日前、廊下で風の攻撃魔法を当てられそうになって倒れた公爵令嬢は今日も登校していなかった。
この教室の担任教師は仮病に決まっているから気にするな、と言うのだが、たとえ仮病であってもこのままでは済まないであろうことは、王太子にはわかっていた。
この国の王家には金がない。令嬢の実家である裕福な公爵家からの支援は、王家としても国としても絶対に失えないものだった。
あのとき子爵令息が風の攻撃魔法を放ったのは王太子の命令ではなかったけれど、だからといって氷の公爵と呼ばれている令嬢の兄が許すとは思えない。
自分は王太子だ。
取り巻きの行動にも責任を持たなくてはいけないとわかっている。管理責任があるのだ。
(いざとなれば私が頭を下げるしかないか。……愛しい彼女にだけは累が及ばぬようにしなくては)
隣の席の男爵令嬢を見つめると、彼女は王太子の視線に気づいて微笑みかけてきた。
花の咲くような笑みだ、と王太子は胸が温かくなるのを感じた。
同時に婚約者の公爵令嬢の凍りついたような表情を思い出し、憂鬱な気分になる。どうしてあんな女が婚約者なのだろうと溜息をつきかけたとき、教室の扉が開いた。
怪訝そうな声が教室のあちこちから上がる。
入って来たのは担任教師ではなかった。
担任教師は若くて見た目が良く、だれに対しても明るく友好的な男性で学園の生徒達に人気があった。その彼が唯一毛嫌いしているのが公爵令嬢だった。薄汚い心根を見抜いていたのだろう、と王太子は思っていた。
(ん? なぜアイツが……)
入って来たのは王家の影だった。
王太子は立太子の際に祖父である国王から紹介されていたが、教室のほかの生徒達は見知らぬ人間の登場にざわめき始めた。
騒ぐ生徒達を窘めることもせず、本来姿を見せることのない王家の影は話し始める。
「貴方達の担任教師は国家反逆罪で逮捕されました。現在は近衛騎士による拷問中です」
ガタン、と音がして隣の席の男爵令嬢が立ち上がる。
「なにそれっ! アタシ知らないわっ! 嘘よっ! 先生がなにしたって言うのよ!」
「貴女のお腹にいるあの男の子どもを王太子殿下の種だと偽って、この国を簒奪しようとしていました」
「……子ども?」
呆然と呟いた王太子に、王家の影が尋ねる。
「殿下の種ですか?」
「ち、違う! 結婚前に純潔を失った人間を王家に入れることは出来ない。たとえ相手が私でもだ。だから、私は彼女とそんな行為はしていない!」
「はい。男爵令嬢が誘惑しても乗ってこないものだから、お腹が目立つようになる前に王太子殿下を弑して、殿下の遺児だと言い張ろうとしていたのです」
「なにが悪いのよっ!」
男爵令嬢の叫びに、王太子は全身の血が冷たくなった。
彼女はなおも言葉を続ける。
「穢れた王家の血なんてどうなってもいいじゃない! 素晴らしい先生の子どもが国王になるほうがこの国のためになるわっ!」
王家の影は教室を見回した。
「それがあの男の持論でしたね。さすがに王太子殿下の前では言わなかったようですが、王家や高位貴族の血は穢れているから低位貴族のほうが価値があり素晴らしい存在だと主張していました。……女を口説くためだけに」
「アンタに先生のなにがわかるのよっ!」
数日前、廊下で風の攻撃魔法を当てられそうになって倒れた公爵令嬢は今日も登校していなかった。
この教室の担任教師は仮病に決まっているから気にするな、と言うのだが、たとえ仮病であってもこのままでは済まないであろうことは、王太子にはわかっていた。
この国の王家には金がない。令嬢の実家である裕福な公爵家からの支援は、王家としても国としても絶対に失えないものだった。
あのとき子爵令息が風の攻撃魔法を放ったのは王太子の命令ではなかったけれど、だからといって氷の公爵と呼ばれている令嬢の兄が許すとは思えない。
自分は王太子だ。
取り巻きの行動にも責任を持たなくてはいけないとわかっている。管理責任があるのだ。
(いざとなれば私が頭を下げるしかないか。……愛しい彼女にだけは累が及ばぬようにしなくては)
隣の席の男爵令嬢を見つめると、彼女は王太子の視線に気づいて微笑みかけてきた。
花の咲くような笑みだ、と王太子は胸が温かくなるのを感じた。
同時に婚約者の公爵令嬢の凍りついたような表情を思い出し、憂鬱な気分になる。どうしてあんな女が婚約者なのだろうと溜息をつきかけたとき、教室の扉が開いた。
怪訝そうな声が教室のあちこちから上がる。
入って来たのは担任教師ではなかった。
担任教師は若くて見た目が良く、だれに対しても明るく友好的な男性で学園の生徒達に人気があった。その彼が唯一毛嫌いしているのが公爵令嬢だった。薄汚い心根を見抜いていたのだろう、と王太子は思っていた。
(ん? なぜアイツが……)
入って来たのは王家の影だった。
王太子は立太子の際に祖父である国王から紹介されていたが、教室のほかの生徒達は見知らぬ人間の登場にざわめき始めた。
騒ぐ生徒達を窘めることもせず、本来姿を見せることのない王家の影は話し始める。
「貴方達の担任教師は国家反逆罪で逮捕されました。現在は近衛騎士による拷問中です」
ガタン、と音がして隣の席の男爵令嬢が立ち上がる。
「なにそれっ! アタシ知らないわっ! 嘘よっ! 先生がなにしたって言うのよ!」
「貴女のお腹にいるあの男の子どもを王太子殿下の種だと偽って、この国を簒奪しようとしていました」
「……子ども?」
呆然と呟いた王太子に、王家の影が尋ねる。
「殿下の種ですか?」
「ち、違う! 結婚前に純潔を失った人間を王家に入れることは出来ない。たとえ相手が私でもだ。だから、私は彼女とそんな行為はしていない!」
「はい。男爵令嬢が誘惑しても乗ってこないものだから、お腹が目立つようになる前に王太子殿下を弑して、殿下の遺児だと言い張ろうとしていたのです」
「なにが悪いのよっ!」
男爵令嬢の叫びに、王太子は全身の血が冷たくなった。
彼女はなおも言葉を続ける。
「穢れた王家の血なんてどうなってもいいじゃない! 素晴らしい先生の子どもが国王になるほうがこの国のためになるわっ!」
王家の影は教室を見回した。
「それがあの男の持論でしたね。さすがに王太子殿下の前では言わなかったようですが、王家や高位貴族の血は穢れているから低位貴族のほうが価値があり素晴らしい存在だと主張していました。……女を口説くためだけに」
「アンタに先生のなにがわかるのよっ!」
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