アンリアルロジック〜偽りの法則〜

いちどめし

文字の大きさ
22 / 63
第四話 boy's side 『被虐と加虐』

1-3 爽風

しおりを挟む
 お互いに部活や習い事のせいで昨日は放課後にすら時間が取れず、大原との勉強会は今日の始業前ということになった。
 普段よりも一時間以上早く家を出ると、まだそう見慣れてもいない藤葉までの風景はいつもよりも白く、静かで、穏やかだ。玄関を出た瞬間に感じた肌寒さは、堪能できなかった去年の冬がそっと別れを告げに来ているようで心地よく、懐かしい。
 時間以上に余裕のある気分で教室に入ると、窓際の前から三つ目の席の女子と目が合った。細くて、小さくて、少しくせ毛。他に人のいない静かさのせいか、あるいはどこまでも落ち着いた朝の空気のせいか、大原の座り姿は薄いガラス板を連想させた。
「よう、早いじゃん」
 距離感を掴みかねているせいでぶっきら棒なおれの挨拶に、大原は弾かれたみたいに立ち上がっておはようと返した。
「お願いしたの、こっちだし、待たせるわけにはいかないって思って」
 見た目通りの高い声。見た目からは意外なほど大きな声。その声は矢野たちとわいわい言っているときと変わらなくて、だけど今は――そして昨日おれと話したときは――明らかな早口である。
 今まで、大原のことを意識して見たことはなかったけれど、こうして改めてこの同級生を前にしてみると、なんだか小動物でも見ているような気分になってくる。
「どこでやる?」
「どっ、どこでもいいよ。仲里くんの席まで行ってもいいかな」
「ああ、いいや。おれがそっち行くよ」
 目も合わせずに言いながら自分の机にカバンを置き、筆箱を取り出して窓際の席に向かった。前の席に座って向き合うと、大原は慌てたようにきょろきょろした後、視線を窓の外に逃がした。
「で、分からないって、どこ」
 教科書の問題をいくつか解説してやると、大原は応用問題を自力で解くことができるまでになった。教室に人が増えていくに連れて大原の正答率は上がり、笑顔は増えて、緊張しているようだった喋り方も、親しげなものに変わっていった。
「ありがとね、仲里くん。教えるの上手で、びっくりしちゃったよ」
 席の主が登校してきたので、良いタイミングだと思い席を立つと、大原が後を追うようにして立ち上がってくる。おれよりも頭一つ分以上背の低い大原は、がんばって上を見上げる格好になった。くせのあるセミロングがふわりと揺れて、くせのある甘ったるい匂いが零れ落ちた。
 中学の頃にも、何度か友達に勉強を教えたことがある。高校に入ってからこうして人に教えることは初めてだったけれど、その当時よりはうまく教えることができた気がするし、その友人たちよりも大原は理解が早かった。
「じゃあ、小テストがんばれよ」
 席に戻ると、既に登校していた矢野が、薄っすらと笑った。おれに向けてか、大原に向けてか。きっと、おれが大原に勉強を教えてやったことに対して笑ったのだなと思った。
 その笑顔は満足そうで、嬉しそうで。おれは満たされたような、照れくさいような、少し息の詰まるような気分になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...