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第四話 boy's side 『被虐と加虐』
1-3 爽風
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お互いに部活や習い事のせいで昨日は放課後にすら時間が取れず、大原との勉強会は今日の始業前ということになった。
普段よりも一時間以上早く家を出ると、まだそう見慣れてもいない藤葉までの風景はいつもよりも白く、静かで、穏やかだ。玄関を出た瞬間に感じた肌寒さは、堪能できなかった去年の冬がそっと別れを告げに来ているようで心地よく、懐かしい。
時間以上に余裕のある気分で教室に入ると、窓際の前から三つ目の席の女子と目が合った。細くて、小さくて、少しくせ毛。他に人のいない静かさのせいか、あるいはどこまでも落ち着いた朝の空気のせいか、大原の座り姿は薄いガラス板を連想させた。
「よう、早いじゃん」
距離感を掴みかねているせいでぶっきら棒なおれの挨拶に、大原は弾かれたみたいに立ち上がっておはようと返した。
「お願いしたの、こっちだし、待たせるわけにはいかないって思って」
見た目通りの高い声。見た目からは意外なほど大きな声。その声は矢野たちとわいわい言っているときと変わらなくて、だけど今は――そして昨日おれと話したときは――明らかな早口である。
今まで、大原のことを意識して見たことはなかったけれど、こうして改めてこの同級生を前にしてみると、なんだか小動物でも見ているような気分になってくる。
「どこでやる?」
「どっ、どこでもいいよ。仲里くんの席まで行ってもいいかな」
「ああ、いいや。おれがそっち行くよ」
目も合わせずに言いながら自分の机にカバンを置き、筆箱を取り出して窓際の席に向かった。前の席に座って向き合うと、大原は慌てたようにきょろきょろした後、視線を窓の外に逃がした。
「で、分からないって、どこ」
教科書の問題をいくつか解説してやると、大原は応用問題を自力で解くことができるまでになった。教室に人が増えていくに連れて大原の正答率は上がり、笑顔は増えて、緊張しているようだった喋り方も、親しげなものに変わっていった。
「ありがとね、仲里くん。教えるの上手で、びっくりしちゃったよ」
席の主が登校してきたので、良いタイミングだと思い席を立つと、大原が後を追うようにして立ち上がってくる。おれよりも頭一つ分以上背の低い大原は、がんばって上を見上げる格好になった。くせのあるセミロングがふわりと揺れて、くせのある甘ったるい匂いが零れ落ちた。
中学の頃にも、何度か友達に勉強を教えたことがある。高校に入ってからこうして人に教えることは初めてだったけれど、その当時よりはうまく教えることができた気がするし、その友人たちよりも大原は理解が早かった。
「じゃあ、小テストがんばれよ」
席に戻ると、既に登校していた矢野が、薄っすらと笑った。おれに向けてか、大原に向けてか。きっと、おれが大原に勉強を教えてやったことに対して笑ったのだなと思った。
その笑顔は満足そうで、嬉しそうで。おれは満たされたような、照れくさいような、少し息の詰まるような気分になった。
普段よりも一時間以上早く家を出ると、まだそう見慣れてもいない藤葉までの風景はいつもよりも白く、静かで、穏やかだ。玄関を出た瞬間に感じた肌寒さは、堪能できなかった去年の冬がそっと別れを告げに来ているようで心地よく、懐かしい。
時間以上に余裕のある気分で教室に入ると、窓際の前から三つ目の席の女子と目が合った。細くて、小さくて、少しくせ毛。他に人のいない静かさのせいか、あるいはどこまでも落ち着いた朝の空気のせいか、大原の座り姿は薄いガラス板を連想させた。
「よう、早いじゃん」
距離感を掴みかねているせいでぶっきら棒なおれの挨拶に、大原は弾かれたみたいに立ち上がっておはようと返した。
「お願いしたの、こっちだし、待たせるわけにはいかないって思って」
見た目通りの高い声。見た目からは意外なほど大きな声。その声は矢野たちとわいわい言っているときと変わらなくて、だけど今は――そして昨日おれと話したときは――明らかな早口である。
今まで、大原のことを意識して見たことはなかったけれど、こうして改めてこの同級生を前にしてみると、なんだか小動物でも見ているような気分になってくる。
「どこでやる?」
「どっ、どこでもいいよ。仲里くんの席まで行ってもいいかな」
「ああ、いいや。おれがそっち行くよ」
目も合わせずに言いながら自分の机にカバンを置き、筆箱を取り出して窓際の席に向かった。前の席に座って向き合うと、大原は慌てたようにきょろきょろした後、視線を窓の外に逃がした。
「で、分からないって、どこ」
教科書の問題をいくつか解説してやると、大原は応用問題を自力で解くことができるまでになった。教室に人が増えていくに連れて大原の正答率は上がり、笑顔は増えて、緊張しているようだった喋り方も、親しげなものに変わっていった。
「ありがとね、仲里くん。教えるの上手で、びっくりしちゃったよ」
席の主が登校してきたので、良いタイミングだと思い席を立つと、大原が後を追うようにして立ち上がってくる。おれよりも頭一つ分以上背の低い大原は、がんばって上を見上げる格好になった。くせのあるセミロングがふわりと揺れて、くせのある甘ったるい匂いが零れ落ちた。
中学の頃にも、何度か友達に勉強を教えたことがある。高校に入ってからこうして人に教えることは初めてだったけれど、その当時よりはうまく教えることができた気がするし、その友人たちよりも大原は理解が早かった。
「じゃあ、小テストがんばれよ」
席に戻ると、既に登校していた矢野が、薄っすらと笑った。おれに向けてか、大原に向けてか。きっと、おれが大原に勉強を教えてやったことに対して笑ったのだなと思った。
その笑顔は満足そうで、嬉しそうで。おれは満たされたような、照れくさいような、少し息の詰まるような気分になった。
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