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幸せ

昔の俺にだって(幸せな記憶が)

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結局、すいが何をしに来たのか分からないまま、気が付けば姿が消えていた。

いや、そもそも野生の生き物の行動に人間の方が勝手に意味を求めすぎてるんだろうな。思わせぶりに現れたように見えたのも、人間の側がそういう想像をしてしまっただけだしな。

ただ、あいつの姿を見たことがきっかけで、俺は、昔のことを、辛かったり苦しかったりという以外の記憶を思い出した訳で、そういう形での意味はあったのかもしれない。

そうだ。昔の俺にだって楽しかったり幸せだったりって記憶はあった筈なんだ。両親は優しくて、俺と妹をとても大切にしてくれていた。

確か、犬がいたな。うちの飼い犬だったのかそれとも隣の家の犬がすごく懐いていたのだったかは曖昧だが、とにかくすごく優しい目をした大きな犬がいて、よく遊んでいたのを思い出した。

白い犬だ、真っ白くて長くて柔らかい毛がふわふわしてて……

ああ、ちょうど今のひそかみたいな感じだな。

はは……なんか連想ゲームみたいにしていろいろ思い出してくるじゃないか。

家の近くに公園があって、そこにリスに似た小動物が住んでて、それがよく家の庭にも入り込んできてて、まだ小さかった妹がそれに餌付けして、

『かいたい!』

って駄々をこねて両親を困らせたということもあったっけ。

……

……

ちくしょう……、俺にだってこんな幸せな記憶があったんじゃないか……

ああでも、幸せだったからこそ、その後の過酷な状況が辛くて心を閉ざさずにいられなかったというのもあるのかもしれないな……

本当に人生ってのはままならないものだって思い知らされるよ。

だが、今またその幸せを取り戻せてるっていうのも事実なのか。

『禍福は糾える縄の如し』とはよく言ったものだ。

もう二度と俺には幸せなんてと諦めてたのに、これだもんな。

もちろん今でも辛いことはある。じんようれんを亡くしたことはとても辛い。だが、ある意味では納得できる辛さでもある。

その部分がかつてのそれとはまったく違う気もするよ。

そうだな……同じ最期を看取るにしたって、あんなに苦しんで苦しんでボロボロになって死んでいくのを看取るのとは違ってて当然か……

こうして俺に甘えてくれてるひそかにも、確実に<その時>は近付いてる。それを思うと胸が苦しくなるが、それでも、妹を看取った時のことを思えばまだ納得はできる気はする。

俺にとっては決して長い時間じゃなかったが、ひそかにとってはきっと長かっただろうな。なにしろ、昔の彼女の<仲間>はもう一人も残っていないようだし。

遺伝子解析ではボノボ人間パパニアンの寿命は四十年くらいとみられてたが、実際に四十年も生きられる個体は稀だろう。それを思えば、な。

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